23話 崇高な精神
ラゼルが——死んだ。
あんなにカッコよくて、尊敬していた人が、こんな形で命を落とすなんて、信じられなかった。
街の喧騒も、雨の音も、今はただ遠く聞こえるだけだった。
「……ラゼル、さん……?」
返事はない。
何度呼んでも、彼女はもう目を開けることはなかった。
雨が降り続ける中、俺はゆっくりと立ち上がる。
事故現場には、ラゼルの荷物が散乱していた。
ロングコートのポケットから転がり落ちた小銭、
スネージヤの負荷を軽くするために持っていた薬瓶、
そして——銀行の通帳。
俺は、それを拾い上げる。
「……」
ラゼル名義の口座。
多くはないが、それでも戦場で稼ぎ、貯めてきた金が記されていた。
俺は、その場で通帳を握りしめたまま、雨に打たれる。
(……ラゼルさん。)
(お前の生き方、俺は嫌いじゃなかった。)
(でも、これは俺が引き継ぐしかないんだよ。)
俺は、濡れた髪を掻き上げながら、拳を握る。
「……ラゼルさんの精神は、俺がきっと引き継ぎます。」
静かに、誰にも聞こえないように呟く。
「だから——安心して眠ってください。」
俺は、ラゼルの口座から金を引き出すため、銀行へと足を向けた。
“ラゼルの遺志”は、俺が生かす。
ラゼルが残してくれた。俺の道のために。
俺はその日のうちに、宿屋を出た。
背中にはぎっしり詰まった現金の詰まったリュック。
いつものように、何の未練もなく、扉を開けて外へ踏み出す。
——いや、違う。
今回ばかりは、ほんの少しだけ、未練があった。
「ご主人様!」
後ろから小さな声が聞こえる。
振り返ると、ミィミが不安そうな顔で俺を見つめていた。
「どこに行くんですか……?」
俺は、リュックの肩紐を少し持ち直して、軽く笑う。
「さぁな。」
雨はもう上がっていた。
昨夜の嵐の名残か、まだ街の空気はひんやりとしている。
「当てのない旅だよ。」
ミィミは、じっと俺を見つめた。
「……」
何か言いたげな顔だったが、それでも何も言わず、ただ俺の言葉を受け止めた。
俺は軽く顎をしゃくる。
「お前はどうする?」
ミィミは、俺をじっと見つめたまま、何も言わない。
まるで何かを考えているような、でも答えを出せないような——そんな顔だった。
「……まぁ、好きにしろ。」
俺は、背を向ける。
街の門が、すぐそこに見えていた。
ここから先は、俺の道。
ラゼルはいない。
傭兵も、学園も、もう過去のものだ。
(また新しい何かを見つけるまで——俺は、進むだけだ。)
俺は、一歩を踏み出した。