旅立ち
ルシアンの長剣はまるで稲妻のように首領に向かって鋭く突き刺さり、その剣気は空気さえも切り裂くかのように鋭かった。彼の姿はまるで天から舞い降りた神兵のごとく、剣の一撃一撃が首領の急所を正確に狙っていた。
「鬼焰丹か。」ルシアンは冷たく首領を一瞥し、その声には軽蔑が込められていた。「禁じられた薬に頼って無理やり力を高めても、自滅の道を歩んでいるだけだ。」
首領は鬼焰丹によって一時的に圧倒的な力を得ていたが、その力は不安定だった。戦いが続くにつれ、彼の動きは徐々に鈍くなり、気息も乱れ始めた。ルシアンの目には冷たい光が一瞬走り、鋭く剣を振るうと、その剣光が首領の喉をかすめ、鮮血が赤い弧を描きながら夜空に散った。
首領は喉から低い唸り声を発し、やがてそのまま硬直して倒れた。鬼焰丹による一時的な力も彼の死とともに消え去った。首領が倒れると、残りの黒衣の刺客たちは恐怖に駆られ、すぐさま退却し、夜の闇の中へと消えていった。
谷は静けさを取り戻し、透真の荒い息遣いと、リアの動揺した心臓の鼓動だけが響いていた。透真はようやく安堵の息を吐き、力尽きたように地面に膝をついた。剣を握る手はわずかに震え、額の冷汗を拭いながらルシアンを見上げ、その目には疑問と疲れが浮かんでいた。
「師匠、彼らはいったい何者なんですか?なぜあんな邪悪なものを使うのですか?」透真は息を切らしながら尋ねた。
ルシアンは剣を鞘に納め、その目は冷たく落ち着いていた。
「彼らは天機閣の刺客だ。鬼焰丹は彼らの秘薬で、短時間で無理やり境界を上げることができるが、代償は甚大だ。本物の実力者はこんな不安定な力に頼ることはない。さっきの首領も力は増したが、真の覇王境の武者とは到底比べ物にならなかった。」
「天機閣……」透真はその名を繰り返し、心の奥底に深い寒気を感じた。
ルシアンは周囲を見回し、潜在的な脅威がないことを確認すると、透真とリアに向き直り、重い責任感を帯びた表情で語った。「天機閣が鬼焰丹を使うほど、彼らはお前の父親の研究成果を狙っているということだ。」
その言葉に、ルシアンの目はさらに重く曇り、彼の胸には押しつぶされるような重苦しさが広がった。彼は周囲を警戒しつつも、心の中で問いかけていた。「これまでの自分の選択は、本当に正しかったのだろうか?」
彼はかつて、リアをこの谷に隠すことが最善の策だと信じていた。ここでなら彼女は守られ、外の危険や陰謀から遠ざけられるはずだった。
だが、時が経つにつれて、彼はその保護が彼女の成長を妨げているのではないかと疑い始めた。彼が書庫で黙って座るリアの姿を目にするたびに、その青い瞳が外の世界への憧れで輝いているのを見ると、深い罪悪感が心を締めつけた。本当に自分は正しい選択をしたのか?自分が築いたこの保護の網は、彼女にとって檻になってしまったのではないか?
ルシアンはかつて共に戦った仲間たちのことを思い返していた。彼らの中には運命に立ち向かうことを選んだ者もおり、最終的には敵の刃に倒れたが、その生命は最も輝かしい瞬間を放っていた。しかし自分は、リアにこれらの危険を避けさせ、孤立したこの谷に隠れさせることを選んだ。
「もしかしたら、私は間違っていたのかもしれない……」ルシアンは心の中で静かにため息をついた。もし彼女にもっと早くこの厳しい世界に触れさせていたなら、彼女はもっと早く自分を守る術を学び、危険に立ち向かう強さを身につけていたのではないだろうか?
だが、今となっては後戻りはできない。この道を選んだ以上、前方にどれほどの棘があろうとも、リアをこの世界に送り出さねばならない。
ルシアンは透真の肩に手を置き、微かに温かみを帯びた声で言った。「よくやった、透真。しかしこれは始まりにすぎない。敵はそう簡単に諦めることはないだろう。」
透真はうなずき、疲れきった心がルシアンの言葉によって一時的に癒された。彼は、この危機がまだ終わっていないことを理解していた。
ルシアンは深く息を吸い、しばらく沈黙した後、口を開いた。「天機閣はこの世で最も神秘的な勢力だ。鬼焰丹は彼らの手段の一つに過ぎず、我々の予測を超える陰謀がまだ多くある。」
「どうして彼らは父の研究にそんなに固執しているんですか?」リアは焦りの表情を浮かべながら尋ねた。
ルシアンは彼女を見つめ、複雑な感情を抱きつつも答えた。「お前の父親が研究していたのは『別天津』だ。それは時空の創造に関わる秘宝だと言われている。天機閣はこの秘宝が天下を掌握し、さらにはこの世の理を変える力を持つと信じている。だからこそ、彼らは手段を選ばずに我々を追い続けているんだ。」
「この秘宝の力はあまりにも強大で、邪悪な手に渡れば取り返しのつかないことになる。お前の父親はそれを守ることを誓っていたからこそ、天機閣に追われ、姿を隠していた。そして……」ルシアンは言葉を途中で止めたが、リアは既に俯いていた。彼女の指は無意識に腰のリボンを撫でていた。それは母親が残した唯一の形見だった。彼女は唇を噛み締め、心の中に渦巻く言葉をどう表現すればいいのか分からなかった。長年、ルシアンは彼女にとって唯一の頼りであり、この荒れた世界での唯一の港だった。しかし今、その港が遠ざかろうとしていることで、彼女は無力さと不安に包まれていた。
「天機閣と対立している者は他にもいるのでしょうか?」透真は慎重に尋ねた。
ルシアンはしばらく沈黙し、やがて首を振った。その声には重苦しさとわずかな無力感が滲んでいた。「この世界で、天機閣に真っ向から対抗できる者はほとんどいない。彼らの力に圧倒されるか、その陰謀に迷わされる者が大半だ。反抗を試みた者たちは、ほとんどが無惨な結末を迎えている。」
透真は眉をひそめ、ルシアンが予想以上に孤立していることに気づき、驚いた様子で問いかけた。「じゃあ……師匠も一人で戦っているんですか?」
ルシアンは微かに苦笑し、少し自嘲するような眼差しを浮かべた。「私はただの流浪の剣士だ。誰にも頼らず、孤独に戦っている。かつては志を同じくする仲間を探し、天機閣に対抗しようとしたこともあったが、この何年もの間、目の前で志士たちが次々に倒れていくのを見てきた。今となっては、古い友の娘であるリアを守ることが、私にとって唯一の使命だ。」
ルシアンはリアを見つめ、その目には深い感情と悔いが込められていた。「リア、この谷でお前を守ろうとしてきたが、それは同時にお前をこの世界から遠ざけてしまったことも意味している。危険から守るつもりだったが、お前が自ら世界を知る機会を奪っていたのかもしれない。」
リアはすぐに返事をしなかった。彼女は下を向き、まるで自分の思考の中に閉じこもっているかのように黙り込んでいた。彼女の手は無意識に袖口を撫で、何かしらの安らぎを求めているようだった。ルシアンの言葉は彼女にとっては慣れないものであり、その言葉に込められた意図を完全には理解できていなかった。これまで彼女にとっての安定感が、一瞬にして揺らいでしまったように感じられたのだ。
透真はそばに立ち、リアの困惑と戸惑いに気づいたが、すぐに言葉を発することはなかった。彼女が心の中で決断するまで、しばらく黙って見守った。やがて、透真は彼女に少しの支えを与えようと試みた。「リアさん、僕があなたのそばにいます。私たちは一緒にこの困難を乗り越えられるはずです。」
リアは透真を一瞥し、彼の言葉に対してわずかな不確かさを感じたようだったが、何も言わず、ただ静かにうなずいた。その「一緒に」という言葉が何を意味するのか、彼女にはまだ完全に理解できていなかったかもしれないが、彼女もまた、自分がこれ以上ルシアンに頼ってばかりではいけないことを悟っていた。
彼女は深く息を吸い込み、小さな声で言った。「私もやってみるわ。」
ルシアンは二人を見つめ、心の中で安心感と共に不安が入り混じる複雑な感情を抱いていた。彼は、これはリアにとって大きな決断であり、成長への一歩だと理解していたが、それが彼女にとってどれほどの困難を伴うかもよく分かっていた。彼は感情を抑え、透真に向かって重々しい口調で言った。「透真、リアの安全はお前に託す。どんな困難があろうとも、必ず彼女を守るんだ。それがお前が私に果たすべき約束だ。」
透真は真剣な表情でうなずき、「わかりました。全力で彼女を守ります。リアさんを危険に晒すことは絶対にありません」と誓った。
ルシアンは最後にリアに視線を戻し、その目には深い愛情と別れの悲しみが滲んでいた。彼は彼女をそっと抱きしめ、低く優しい声で言った。「リア、世界を自分の目で見てくれ。恐れることはない、逃げることもない。」
リアはついに涙をこぼし、小さく嗚咽を漏らしたが、できる限り冷静さを保とうとした。「叔父さん、私、あなたと父と母に誇りに思ってもらえるように頑張る。」
ルシアンは微笑みながら、静かにうなずいた。「私は信じているよ。」
翌朝、薄霧がまだ谷を覆っている頃、透真とリアはルシアンに見送られながら旅立った。ルシアンは谷の入口に立ち、二人の背中が霧の中に消えていくのを見守っていた。その胸には、彼らへの深い懸念と期待が入り混じっていた。彼は、この旅が二人にとって決して容易なものではないことを知っていたが、それが彼らにとっての重要な契機になることも信じていた。
谷は再び静寂に包まれたが、ルシアンの心は決して静かではなかった。彼は遠くの山並みを見つめ、深く考え込んでいた。しばらくの間、彼は心の中で祈った。この旅がリアに成長の機会を与え、透真が自分の道を見つけることができるようにと。




