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最初

朝の薄霧がまるでこの小さな町を軽いベールで包み込んでいるかのようだった。厚い雲の隙間からそっと差し込む陽光が、街並みにぼんやりとした金色の輝きをもたらしていた。


天見透真は窓辺に立ち、ぼんやりと通りの人々を見つめていたが、その心には言い表せない陰鬱な感情が空のように広がっていた。


透真の部屋はとても簡素で、本棚には無造作に並べられた小説や教科書が置かれており、部屋の隅には時々使う絵の道具が置かれていた。


かつてはこれらの趣味や本が、彼に少しばかりの慰めを与えていたが、時が経つにつれて、それらも次第に輝きを失っていった。


「たぶん、平凡が俺に定められた運命なんだろうな……」透真は自嘲気味に笑ったが、心の奥には苦々しさが残っていた。彼は母親から平凡な生活を受け入れる姿勢を受け継いでいたが、父親譲りの一抹の頑固さが、ただそのまま人生を終えることに対する抵抗を抱かせていた。


母親の声が階下から聞こえてきた。「透真、早く降りてきなさい。今日はあんたの好きなカレーライスよ。」


「うん。」彼はそう返事をしたが、心の中には以前ほどの喜びはなかった。制服に着替え、階段を下りながら、いつも通りの朝を迎える。


学校の門をくぐると、馴染みのある喧騒が彼を包み込んだ。透真は周囲を見渡し、クラスメートたちが三々五々に集まって、今日の授業や昨夜見たドラマについて話しているのを目にした。彼は軽くため息をつき、足早に教室へ向かった。これらの光景はどこまでもありふれていたが、透真には自分がこの世界と薄い霧で隔てられているかのように感じられた。


席に着いたばかりの頃、クラスで最も賑やかな人物である健太がやってきた。彼はいつも朝の自習が始まる前に透真と雑談するのが好きだった。「おい、透真。昨日、放課後にコンビニ行ってたろ?バイト結構大変らしいな、変わった客とかよくいるのか?」透真は顔を上げ、健太の元気いっぱいの顔を見て、つい微笑んでしまった。「うん、まあ、時々変な客がいるよ。」


健太の目が輝き、面白そうな話題を見つけたように見えた。「変な客?聞かせてくれよ、どんな面白いことがあったんだ?」透真は昨晩の出来事を思い出し、つい笑みをこぼした。


「昨日さ、ある客が店に入ってきて、ずっとレジを見つめてたんだ。手伝いが必要か聞いたら、ただ首を振るだけで、さらに見つめ続けてるんだよ。何か新しい支払い方法でも研究してるのかと思ったら、突然『この機械、喋るんですか?』って聞かれてさ……」健太はそれを聞くと大笑いし、机を叩きながら言った。「その人、なかなか想像力豊かだな!まるで自分がSF映画にでも入ったと思ったんじゃないか?」

透真も笑わずにはいられなかった。少しだけ気持ちが軽くなった。健太はいつもシンプルな会話を面白くしてくれるので、透真は現実との繋がりが少しだけ近く感じられた。


ちょうどその時、クラスの委員長である美智子が入ってきて、健太と透真が話しているのを見て、すぐに眉をひそめた。「健太、もう少し朝の自習に集中しなさい。他の人の邪魔をしないで。」

健太はふざけた敬礼をしてから言った。「委員長様、これは透真のストレス解消を手伝っているんだ、すごく重要なことなんだよ!」


美智子は冷ややかに彼を一瞥し、「心理カウンセラーにでもなったつもり?」と返した。そして透真に向き直り、「健太のことは気にせず、しっかり勉強しなさいね」と言った。

透真は気まずそうに笑い、軽く頷いたが、健太はまだ諦めていなかった。「透真、あまりストレス溜めるなよ。まだまだこれからだし、そんなに感傷的にならなくてもいいだろ。放課後、一緒にバスケしようぜ。リラックスしようよ。」


透真は少し迷った後、結局断った。「また今度にするよ。今日はちょっと用事があって。」

健太は仕方なく溜息をついた。「お前ってさ、本当に何でもかんでも秘密にするよな。まるでスパイみたいに。まあいいけど、次は断るなよ。」


透真は笑いながら頷いた。健太はようやく不満げに自分の席に戻った。すると今度は美智子が静かに透真に近寄ってきて、「透真、最近何か悩んでるの?もし何かあれば、相談して。できるだけ力になるから」と聞いてきた。


美智子はクラス内で「氷の美人」として知られていた。それは彼女の整った顔立ちやスラッとした体型だけでなく、霜のような冷たい雰囲気からも来ていた。美智子の黒髪はいつもきっちりと整えられ、無表情な目は無縁のメガネ越しに冷たい光を放っていて、誰も簡単には近づけないような雰囲気を持っていた。

透真は少し驚いた。普段、きっちりとした美智子が、自分のことを気にかけてくれているとは思わなかった。透真は小さな声で「大したことじゃないよ。ただ最近、少し疲れてるだけ。気にかけてくれてありがとう」と答えた。


美智子は頷き、彼に自分を大切にするようにと念押ししてから、前の席に戻り、朝の自習の準備を始めた。


その後の授業でも、透真はやはり集中できないでいた。特に数学の授業では、中村先生の説明が次第に背景音のように感じられ、透真はどうしても思考を集中させられなかった。彼は懸命に注意を集中させようとしたが、思考は知らず知らずのうちにあの本のことや、祖父とその古書に満ちた書斎に戻っていった。

中村先生は経験豊富な教師で、生徒の状態をよく把握していた。教室には多くの生徒がいたが、透真のぼんやりとした様子をすぐに見逃さなかった。この寡黙な少年は成績は悪くないが、常にどこか集中できていない様子だった。中村先生は以前からそのことに気づいており、この生徒に対して複雑な感情を抱いていた。


「透真、この問題を解いてみろ」と中村先生が突然透真に声をかけた。

透真は驚いて、一瞬呆然としてから我に返った。慌てて立ち上がり、黒板の方を見たが、公式が目に入っても頭が働かなかった。


中村先生は眉をひそめたが、それでも優しい口調で、「最近どうしたんだ?授業中にぼんやりしてることが多いが、何か悩み事でもあるのか?」と尋ねた。

透真は俯き、手で教科書をぎゅっと握った。どう説明すればいいのか分からず、あまり話す気も起きなかった。


しばらく沈黙が続くと、中村先生はため息をつき、透真のそばに歩み寄って静かに言った。「透真、お前には大きな可能性がある。でも、目の前のことに集中しなければならない。もし何か困っていることがあるなら、話してくれ。俺は聞いてやる。」透真は小さく頷いたが、心の中は重く感じられた。教室の雰囲気は元に戻ったが、透真の思考は依然としてあの本に囚われていた。


放課後、透真は予定通りコンビニのバイトへ向かった。ここでの仕事は彼にとっては慣れたもので、さほど苦にはならなかったが、今日はどこか違った。常連の中年の客が突然、「若いの、君は運命って信じるか?」と聞いてきたのだ。


透真は一瞬戸惑った。こんな場所でそんな質問をされるとは思いもよらなかった。少し考えた後、「運命ですか?まあ、そうかもしれませんね。あまり考えたことはありませんが」と答えた。


夜、家に戻った透真は書斎のドアを閉め、再び祖父が送ってくれた古書を取り出した。表紙の黄ばんだ革は、どこか古びた香りを放ち、ページに刻まれた奇妙な符号が、彼にとっては見慣れないものの神秘的に感じられた。祖父はこれまでこの本のことを透真に話したことはなかったが、このタイミングで突然送ってきたことに、透真は何か特別な意味があるような気がしていた。


透真は、祖父のかつての姿を思い出した。祖父は大学を退職した教授で、在職中は歴史や古典文学に没頭し、さまざまな古書の研究に打ち込んでいた。透真が幼い頃、よく祖父の家に遊びに行き、そこで本の香りに満ちた書斎で過ごすのが好きだった。本棚には古書や原稿が所狭しと並び、透真はよくそれらの本を手に取って眺めていた。祖父はそんな透真を微笑んで見守り、時には古い物語を聞かせてくれた。


あの頃のことは、透真にとって懐かしく温かい思い出だった。年を重ねるにつれ、透真は忙しくなり、祖父と会う機会も次第に少なくなっていった。祖父は今も変わらずあの古い家に住み、本の世界に没頭していることだろう。


透真はそっとその本を開き、胸の奥から久しぶりに懐かしい感情が湧き上がってくるのを感じた。もしかすると、祖父がこの本を送ってくれたのは、ただの本の保管を託すためではなく、あの本の香りに満ちた世界との再びの繋がりを感じてもらいたかったからかもしれない。


「しばらく、祖父に会ってないな……」透真は低く呟いた。気づけば、もうずいぶん祖父に会っていなかった。このところ、学校のプレッシャーや日々の悩みで、彼はあの純粋な子供時代の記憶から遠ざかっていた。この本は、祖父の彼への思いであり、また彼の心の奥底に残る繋がりでもあるように思えた。


透真は決めた。明日、学校の帰りに祖父の家に行ってみよう。ただ、大きな秘密を解き明かすためでも、何かの答えを見つけるためでもない。ただ単に、祖父に会いたいだけだった。そして、あの古書と物語に満ちた場所に戻り、久しぶりに懐かしい温もりと親しみを感じたいだけだった。

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