ねっ、ちゅうしょう?
暑い外から帰って来て、エアコンもまだ効いてない暑い部屋。窓も閉め切って、熱が籠る。外では、頭が痛くなるほど蝉が元気に鳴いている。窓を閉めているのにも関わらず、耳元に鳴り響く。
私は、暑さのあまり頭がふわふわとしてきた。暑さのせいか、突拍子もないことを考えはじめた。
暑くて溶けてしまいそうだ。こうやって人が死んで、この地球から消え去っていくのか。
寒さによって滅亡した恐竜。火山の噴火によって亡くなった人々。
地球温暖化が進んでいます、と毎日のように報道されて耳にタコができるほど聞いたワード。それはすなわち、人間の絶滅は地球温暖化が原因といったところだろう。
暑くて回らなくなった頭に浮かぶ言葉は、普段考えもしない思考回路を結んでいた。考えていたのは自分なのに、意味がわからないともう一人の私が冷静に突っ込んできた。
一呼吸をついて、隣に座る彼に目をやる。エアコンの方を見て風を顔に当てようとしていた。
約一年前に、彼と付き合う事になった。彼から 『好きだ』 と言って来た。私も賢く人を思いやる彼にいつの間にか惹かれていたので、快く受けた。
あの日も、ちょうど今日のような暑い日だった。終業式も終わり、誰もいなくなって静かになった教室で日誌をまとめいた。その時、不意に言われた。近くの蝉が、私たちの会話を他の人に聞かせないとばかりに鳴いていた。
彼とは清い関係だった。手を繋ぐのにも半年以上の時間がかかった。いつもの帰り道で、彼が手を差し出した。私はその手を握ると、とても嬉しそうな顔を見せてくれた。あの時は、その距離感が心地よかった。
そんなことを思い出していると、彼の額から噴き出た汗は、頬を伝い顎から下に滴り落ちた。そして、たくさんの汗ができた道にそって流れ落ちていく。
私は、流れるのを目で追っていた。彼の落ちる汗を見ていたら、ある疑問が浮かんだ。 "あなたの熱と私の熱。どちらが熱いだろうか" と。人というのは、一度気になるとどんな手を使ってでも知りたいと思うもの。
もうすでに、一年もの付き合いがある。彼のことは大体知っている。だからこそ、この疑問の答えを私は手に入れられる自信がある。思わず、悪巧みをした笑みになってしまう。それではいけないと一瞬目線を落とし、もう一度彼に目を戻す。
「暑いね」
私は、彼の顔をじっと見つめて言った。彼は、私のことを一瞬見てまた視線をエアコンに戻した。彼の顔には、夏なのだから当たり前だろうと書かれているようだ。
「そうだね」
「この暑さで、どのくらいの人が熱中症になってると思う?」
「どうだろう。暑さ指数28度を超えるとそのリスクが高まりはじめて…… 」
彼のうんちくがはじまった。いろんなことを知っていてとても賢い彼は、一つ聞けば十返ってくる。私は話を振っておいて、半分以上を聞き流しながら生返事をする。だって、私が知りたいのはそんなことではない。私が知りたいのは ”あなたの熱さ” なのだから。
彼のように賢い人の頭の中は、どうなっているのだろうか。私は、彼のこの賢い頭を自分の熱で溶かしたくなった。私の欲は、雲のように湧いてくる。
「そっか」
たくさん説明をしたのに、短い返事だったのが気に食わないのか私の方を見てきた。そう、私は視線が絡むのを待っていた。ゆっくり口を開いて、強調をするように大きく口を動かす。
「……ねっ、ちゅうしょう?」
彼は、ベッドで一緒に座っていたところからガタンッと大きな音を立てて落ちた。彼は、私の言葉を聞いてその頭の中でどのような思考回路になったのだろうか。おそらく、この反応を見ると私の思ったままに捉えてくれたのだろう。
私は欲を、奥にしまい込んで平然を装う。覗き込むように上体を起こして、ベッド下の彼を見た。
「大丈夫?」
何も言わずに彼は、立ち上がった。そして、私の肩に手を置いて見つめられる。しっかりと顔を合わせた。
私はこの部屋の暑さと彼の熱い視線に、つい目を逸らしたくなる。でも、火をつけたのは私。そう思うと、なんだか優越感を感じる。
私の頬に一筋の汗が流れる。その汗で髪が頬に張りついた。彼は、撫でるように私の髪を後ろに流した。そのまま彼の顔が近づいてくる。顔を少し上げて、目を瞑る。軽く唇が触れる。
そのまま彼が離れていく。私は、先ほど考えていた "どちらの熱が熱いのか" の回答をまだ得られていない。肩から手を離されそうになった彼の手に指を絡ませる。首を45度傾けて顎をさりげなく引く。ほんの少し上目遣いになって囁く。
「ね、もっと」
ーーもっと、あなたの熱を私に教えて?
焦ったく感じて、絡めた手を私の唇に近づけた。彼の喉仏がごくりと動く。それを見て、私の口角がグッと上がった。
私の肩をとんっと押して、私の背中はベッドにつく。覗き込むように私の上に覆い被さる。彼は、光を背負い輝いて見えた。その彼に両手を伸ばした。彼がかがみ込み私の腕が彼の首に回る。
唇が触れて、角度を変える。うっすらと目を開けてみると、そこには整った眉を歪めて目を固く瞑っている姿が映る。
私は、固く閉じた彼の唇を割り込んで舌を入れる。彼は驚いたのか、目を開けて離れていこうとした。それを私の腕が阻止をする。目が合ったまま、舌を絡ませる。はじめは、なかなか応じてくれなかったが慣れというのはすぐやってくる。
だんだんと激しさを増し、音を立て始める。私の声がかすかに漏れた。でもその声は、彼に食べられてしまう。
「……っ」
先ほどまで頭が痛くなるほど鳴いていた蝉の音は、全く聞こえなくなった。ここの世界には、私と彼のふたりだけ。そんな気分だ。
その世界を堪能したくなり、私は目を閉じた。
歯列をなぞり上顎を舐め取られ、舌を吸われる。口腔内全てを味わい尽くされる。リップ音を立てて唇が一瞬離れた。乱れる呼吸を整える暇もなく、また顔が降りてくる。
彼の口腔内は、とても熱い。私の熱と彼の熱は同じぐらいかもしれない。
どちらからともなく離れた。お互いの混ざり合った唾液が糸をひく。お互いに肩で息をした。おでことおでこをこつんと合わせられた。
「今日は…… ここまでにして」
彼の余裕のない声が、身体に響く。そして、顔を離した。私の頭の横においた腕も伸ばす。
彼から離れた自分の腕を、自分の顔の横におく。
私の欲は、止まることを知らない。全く進展のなかった彼をここまでたぎらせた。その私なら、その先も知ることができるだろうか?と。
彼のこの光の色と、私の欲に塗れたダークな色だとどちらが勝つんだろう?
「据え膳食わぬは男の恥、っていうのに?」
ふふふっと笑ってみせる。乱れた制服。汗ばんだ肌。高揚で染まった頬。傾げた首に、軽くしなるからだ。
どれもきっと、その先を期待させるはずなのは分かっている。分かっているから、そう見せている。
計算でやっているなんて、悪い女だなと我ながら思う。
ここまで、全く手を出してこなかったのだから。急かしすぎたのだろうか。私から視線を外して、何か考えているようだ。
「……」
「やり方が分からないの? あんな、ちゅうをしてきたのに?」
「ぅ……」
何を悩む必要が? 付き合ってもう一年なんだから、いいじゃない。
私は横についている彼の手を掴んで、自分のお腹に滑らせた。彼は、顔を真っ赤にして飛んで逃げる。
「ダメ!」
そう言って、部屋から出ていってしまう。自分の家だから良いことに、私だけ彼の部屋に置いてけぼりだ。
「前途多難ですねぇ〜」
彼から一つ回答をもらえたから、今日はよしとしよう。どちらが熱いかは、引き分け。
もしかしたら、どちらの色が勝つかなんて疑問も、引き分けかもしれない。この疑問の答えが早く知りたくなってくる。
彼の中では、卒業するまで!とか考えているかもしれませんね。
というか、作者がこの続きを書けないだけですが笑
そのせいで申し訳ないことに、彼をヘタレにしてしまった。ごめんね。笑
でも私、色んな意味で強い女の子好きなんですよね。