再会
しかし、そんなアランがお城に戻ってきたと聞いたのは、私が19歳の時だった。
いつものように周囲から同情されつつも無難に大人しく過ごしていた私。仕事は魔術書の翻訳をしている。無難に過ごすのに最適な仕事で、それなりの成果を出していた。
ある日、城内を歩いていたら、私に話しかけてくる女性が。
「あら、シャロレ。お元気かしら?」
この人はユリア。アランの兄の婚約者。つまりは海の向こうの穏やかな島を治める、小さいけれど威厳のある国の美しい令嬢。
「あ、はい。元気です」
「よかったあ。色々と変な目をまだ向けられるでしょう。両親とも長い間会えないままで、本当にかわいそうだと思って」
ああ。そうか。この人は特に私に優しいというよりは、みんなと同じことを思っていて、ただそれをわざわざ私に伝えに来るタイプなだけなんだな。
「お気遣いありがとうございます」
「気遣ってるつもりなんかないのよ。私、最近このお城に越して来たでしょう? まだね、馴染んでいるとはいいがたいわ。だから、私たち、仲良くならない?」
「あ、は、はい……」
確かにアランのお兄さんとユリアは、ついこの間まではユリアの故郷である島国で暮らしていた。どういうわけか最近このお城に引っ越してきたのだけれど。
「なら! 明日の夜、社交パーティーに一緒に行かない? ええ。間違いなく、素晴らしい時間になるわ」
い、行きたくない……。
「あ、明日はちょっと用事が……」
そこからさらに断る言い訳を連ねようと思ったけど。
「あら、用事があるのね。まあ私はこれで失礼するわ」
ユリアは去っていった。
はあ。疲れた。一人になろう。
と思ったのに。
私の方へ向かってくる人影が。
「シャロレ! お待たせ」
「あ、アラン⁈ ひ、久しぶりすぎじゃない?」
何があったのか聞きたすぎる。しかし、アランは続けた。
「説明させてほしい。僕の三年の調査の成果を」
「どういうこと……?」
「まず、君の両親は嵌められたんだ。そして僕の両親も、それに巻き込まれかけた」
「なんですって⁈」
そういえば、アランのお兄さんの話は聞くけども、アランの両親の噂は聞いたことがなかった。
「まず、シャロレの両親は、城内の機密文書を持ち出して売り捌いたとして逃亡中の罪人として扱われている」
「うん」
「そして当時、その機密文書の管理の責任を負っていたのが我が父だった。父は完全に君の両親に欺かれただけで罪には加担していないとして、君の両親に責任があると主張した。しかし、真実は我が父でも君の両親でもなく、別に犯人がいたんだ」
「ど、どうしてそんなことがわかったの?」
「シャロレが大切にしていたぬいぐるみさ。あれを僕の不注意でぺちゃんこにしてしまった」
「いいのよそれは」
「本当にすまなかった。でも、シャロレのぬいぐるみの瞳に使われていた魔石。あれは特別なものだったんだ」
「特別⁈」
「ああ。僕もかつて訪ねた工房だから間違いないと思ってね。あの魔石は、割れた時に、工房の近くの洞窟の母石にそれまで魔石に映ったもの全てを映し出す。幼い頃訪ねた時、確かに工房の人がそう教えてくれたんだ」
「映ったもの、全てを映し出す……? てことは!」
私は口を押さえた。そ、そのためにアランは三年も……?
「僕は、シャロレのうさぎのぬいぐるみに映った景色を見に、母石まで行ったんだ。ついた時には赤ちゃんのシャロレが映っていたよ。僕は毎日眺め続けた。そして三年後。決定的な瞬間が映っていたんだ」
「どういう瞬間かしら……?」
「シャロレの両親とシャロレが寝ている間、シャロレの両親が運ぶ予定の書類を機密書類にすり替える瞬間さ」
「だ、誰がそんなことを?」
「悲しいことに、僕の兄さんさ。おそらく、それを指示していたのは今の兄さんの婚約者、ユリア。彼女は兄さんより一回り年上だからね。当時はすでに色々と指示できる立ち位置だったんだよ」
「な、なんてこと……」
さっきまで話していたあのユリアが首謀……?
「でもその証拠はなかなかないわよね?」
なんてったって、もう十年以上も前のこと。魔石に映る映像を撮ることは、技術的にできないから、アランもまだ何も証拠は握ってないはず。
「その通り。けど、チャンスはある。僕たちがピンチだからこそだ」
「私たち、ピンチなの?」
驚いた私だけど、アランは真剣にうなずいた。
「ああ。なにせ、シャロレの両親を嵌めたユリアと兄さんがこっちに帰ってきた。次のターゲットは僕たちだ」
「なんでそこまで……!」
「この王国の権力が邪魔なんだよ。島国はもう、僕らの王国の隣の島ってだけでは飽き足らないんだ。ユリアは内部から権力を握ろうとしている。兄さんはユリアに惚れ込んでるから、ユリアのためなら罪でもするんだ」
「じ、じゃあどうしましょう……? 嵌められないように徹底警戒しないと」
「そうだな。そしてさらに……こちら側から復讐してしまえばいい」
アランはにやりとした。