かわいそうな私ですが
私はこの王国の貴族の中で一番かわいそうな少女だった。
両親が王国内で重大な不正をはたらき、処罰を恐れ、私を置いて逃亡。私は唯一、うさぎのぬいぐるみと一緒に部屋に残された。
そんな私は城内でもかなり気を遣われていた。とても幸せにはなれないだろうけど、とても不幸になることもないんだろうな。
そう思って、昔の思い出を唯一残すうさぎのぬいぐるみを抱き、眠りにつく夜だった。
アランと出会ったのはそんな日々を過ごすうちに、16歳になった頃だった。アランは私より二つ年上の18歳。ちょうど一人前の男性になったばかりの、伯爵家の次男だった。
長男はついこの間、海の向こうの穏やかな島を治める、小さいけれど威厳のある国の美しい令嬢と婚約したもんだから、アランの婚約事情にも周りは興味を持っていた。
だがアランは、とにかく身体を動かすことが好きで、毎日お仕事を有能にこなした後、運動をしていた。
そんなアランが私の部屋を訪ねてきたのは、驚きだった。私はインドア派というか、とにかく大人しく部屋に佇んで過ごしている人だったから。人付き合いも最低限という感じ。
「シャロレ!」
「はい……」
私が扉を開けたら、
「シャロレだ! ちゃんと話したことがなかったけど、僕はアラン。君を誘いにきたんだ」
「なんのお誘いでしょうか……?」
「隣国に旅した時に僕が教わった、面白いスポーツさ。でも18人いないとできないんだ」
「18人⁈」
それで私のところまでやってきたのね。
なら仕方ないか……。
「わかりました。ですが、私は激しい運動とかは苦手なのです……」
「大丈夫。基本的にあまり動くスポーツじゃないよ。走るとしても少しだけ」
「わかりました。なら支度をして向かいます」
一時間後。
「あっつ!」
動かないとは聞いていたけど、暑い中外に立たされるじゃないの!
私がやらされているのは名前もよくわからないスポーツだけど、とにかく木の棒で布を固めた球を打つというもの。私は今、球が飛んできた時にやたらと大きな手袋で球を捕る係をやらされている。
これ……果たして面白いかしら?
真剣に考えていたら、急にふらつきが。しまった。私飲み物を全然飲んでいないかも……。
目が覚めたら、アランに見つめられていた。
私、当然のごとくこんな近くで見つめられたことないから、思わず目を逸らして横を向いた。
そしたらベッドの上に……なんか耳が大きい怪物が……!
「うわっ」
と、思ったらいつも一緒のうさぎのぬいぐるみだった。すみません。やはりなんだか頭が回っていないようだ。
「本当に申し訳なかった」
アランに謝られる私。
「いえ、大丈夫よ。それよりここ……私の部屋まで運んでくれたの?」
アランはうなずいてから、
「そうだ。水を飲んだほうがいい」
とグラスを渡してくれた。
私はお腹まで布団に入ったまま、上半身を起こした。
「ありがとう……せっかくのスポーツ大会を台無しにしちゃってごめんなさい」
「謝らないで。ちゃんと説明してなかった僕の責任だ。ちょっと仲良くなりたくて先急いじゃってね」
「私と……仲良くなりたかったの?」
どこか話しやすいアラン。私は頭も回るようになってきていた。
「シャロレの持っているぬいぐるみが気になってね。これ、僕が小さい頃訪ねた工房で作られたものだと思う」
「そうなの……? 私、これどこで作られたのかも全然知らなくって。両親が残した唯一のものってだけ」
「そうか。ならもしかしたら……君の両親はは幸せになれるかもしれないね」
「どうして? 知ってるでしょう? 私の両親は不正をはたらいたのよ」
「まあ今はそういうことになっている。というかそもそもシャロレには何にも関係がないじゃないか」
私はいつ何時でも、不正で追放された貴族の娘、として見られている感覚があったから、アランの態度は不思議に思えた。同情も警戒もしていない。ただ私を運んでくれた優しさの余韻を残している。
「ま、今度夕食でも一緒に食べようよ」
「ええ、是非」
「では、僕はこれで失礼するね」
アランは静かに私の部屋を去った。
それからというもの、私とアランの話す機会は増えた。
アランは色んな人と仲が良くて社交的で、想像通りだったが、私のような人とも楽しく話すことのできる、真にコミュニケーションに長けた人だった。
そんなアランは、貴族としての務めを果たす一方で、貴族にしては珍しく、工事の仕事もやっていた。身体を動かすのが好きで、自らの意思でやっているようだ。
城内の補修をしているアランは、職人との関係も深めていた。
「アラン様はいつ結婚するんだい?」
などと聞かれては、
「わかりませんねー」
と返したりしている。
そんなアランと私に事件が起きた。
その事件の直前、私はたまたまうさぎのぬいぐるみを持って歩いていたんだ。すると向こうからアランがやってきた。
「シャロレ!」
大理石を持っていたアランは明るく片手を上げ……その時バランスを崩した。
「あっ」
私の方に大理石が落ちてきて、とっさに避けた私は……ぬいぐるみから手を離してしまった。
すると……どすん。
うさぎのぬいぐるみはぺちゃんこになっていた。
「そ、そんな……」
「申し訳ない。どう責任を取ればいいのか……」
アランは焦っていた。これは仕方のない事故。なはずなのに。
「必ず責任をとるから、待っていてほしい」
そう強く言ったアランは、その日の夜からお城を出たっきり……三年経った今でも帰ってこない。




