移りゆく景色
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人も疎らなホームを早足で歩き、駆けるように階段を上がり、小走りに改札口を出た。改札口から出ると、無防備な両目に真正面から西陽が刺さった。十二月の空は澄んでいて、陽の光を真っ直ぐ届ける。沈みゆく陽の光に目を細めると、澄んだ空気に遠くのビルまでくっきりと見えた。
走るのをやめ、周りを見渡しながら早足で歩く。早帰りの見慣れない夕方の風景は、早朝や深夜の終電の風景とは違い、サラリーマンやOLの代わりに、学生や買い物帰りの主婦達が、慌しさの中にもどこか心和ませる空気をそこら一帯に漂わせていた。
その空気に誘われ、久しぶりに深く息をした。冷たい空気が胸全体に広がった。いつもは駆けるように歩く場所を俺はゆったり歩き始めた。せめて早帰りの今日くらいはゆっくり歩いてもいい。
改札口のある弧線橋から階下へ下りる工事中の階段が車道の両側に伸びている。階段を階下に下る前にいつも暗闇に隠れた変わりつつある景色をしばし楽しみたくなった。駅前の再開発に伴い周辺の道路も増幅されている。
聞きなれない轟音を響かせながら、砂を積んだ大型のトラックが見下ろす道路を往来している。新しく出来上がる街が描かれた大きな掲示板を、人々が囲んでいる。掲示板の横に置かれている喫煙スペースでは、再開発に伴ってできるモールの中に、どんなブランド店がやって来るのかとか、癌の最新治療技術を持つ病院の誘致に市が成功したなどという話をサラリーマン風の男たちがしている。
長い間変わらなかったこの街の変化を、以前から人々は知らず知らずのうちに待ちわびていたように見えた。その来るべき変化に、まだ見ぬ新しい景色に、心躍らせている。そこから臨む景色は、日々刻々変化している。
人々は以前視界を埋めていた景色などすぐに忘れさってしまうのだろうか、俺は何故かそんなことを考えた。もうそこから見える景色が以前はどのようなものであったか、そこに以前は何があったか、更地になって新しい建物を待つばかりの空き地を見ても、俺は何も思い出すことができない。
時の流れに、万物が入れ替わり立ち代り生まれては消えていく。この景色自身も以前の主を偲ぶことも許されず、ただ新しい主の出現を待つだけなのだ。
景色と同じように新しい景色を待ちわびている人々の心も、新しい記憶が古い記憶を押し出し出され、日々少しずつ塗り変えられていく。俺も景色が変われば、新しい世界の住人として、そこに同化していくのだ。
弧線橋から伸びる二本の階段に跨がれている車道は弧線橋の手前でカーブしている。しかしその急なカーブの横に、広く曲がりが緩やかな新しい道路が用意されていて、自分の出番を今かと待っている。
黒くきれいなアスファルトとそこに引かれている白線が爽やかだ。交通量の増すこの街に、古びた急カーブはそぐわない。こうして新しい道路と並べてみると随分と古く、廃れて見える。
いつ古い道路から新しい道路に変更されても、おかしくはない。カーブを見下ろしながら俺は煙草に火を点けた。
彼女を乗せたのは、まだ新しい道などできていない頃だった。
つづく