144ー物がない
どれだけ品薄なんだ? と、思いながら俺達は市場のメイン通りを歩いていた。両脇に並ぶ店を見ながら何の気なしに歩いていたんだ。
そしたら目の前を歩いていた、買い物途中だろう女性に後ろを歩いていた男がぶつかって行った。弾みに女性が尻餅をついている。
「きゃあ! 返して!」
ぶつかった瞬間に、女性が持っていた買い物バッグの様な鞄を奪い取っていた。
男は疎らな買い物客を避けて走って逃げて行く。これは放っておけないぞ。
「リュウ」
「はいッス」
名前を呼ぶより早く、隆がその男を追いかけて走り出していた。器用に人の間を縫う様にして走って行く。
俺はぶつかられた女性に声をかける。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「はい。でも鞄が……お財布を入れてあるのに」
「多分、大丈夫ですよ」
「え?」
その女性と一緒に脇に寄り隆が戻ってくるのを待っていた。
すると、直ぐに男を引きずりながら戻ってきた。なんだよ、あっという間じゃん。
「ロディ様、こいつ常習犯ッスよ」
「イテーんだよ! 離せよ」
男は隆の手を払おうと踠いているが、隆は軽く片手で押さえつけている。
これって、常習犯だったとしても素人なんじゃないか? それだけ隆が強いという事なのか?
隆が奪い返したバッグを女性に渡している。バッグの中の財布を確認して、女性は何度も礼を言って去って行った。
「ココ、両方だろう」
「兄さま」
「どうしてひったくりなんかしたんだ?」
王子が男に聞いた。おう、積極的じゃん。男は隆に抑えられながら、投げやりな態度で答えた。
「食えねーからに決まってんじゃねーか。物がないんだよ。そのせいで、どんどん値段が上がる。そんなんで庶民は食えるわけねーだろう」
「だからってひったくりはよくない」
「分かってるっての! でも仕方ねーじゃねーか、生きていけねーんだよ」
まだ身なりはちゃんとしているんだ。そんな男が引ったくりの常習犯になってしまう程、食料が不足しているということか。
それだけの間、領主である伯爵は何もしなかったのか?
いくら逃げ足の早い盗賊団だと言ってもだ、商人に護衛をつけるなり、もっと早く盗賊団を捕縛するなりできなかったのか?
「ロディ様、こいつどうします?」
「衛兵に引き渡そう」
「くそッ、領主がもっとちゃんと盗賊団を捕まえようとしてくれたら……」
男が悔しそうに不満を漏らす。
なんだかなぁ。父のファンだからと言って無条件で良い伯爵だと思っていたが、どうなんだろう。
でも、今日皆で盗賊団のアジトへ捕縛に行っているんだから、もう心配はないはずだよな。
「父上やお祖父様も行っているからね。そっちは大丈夫だろう」
「はい」
そうだよな。あの2人が盗賊団如きで怯む筈ない。魔物に対してだって向かって行くんだから。
「それより、この街の実状だ」
「そうですね」
ロディ兄と王子が難しい顔をしている。何やら考えているのだろう。俺には分からないけどさ。
でも、放っておけない事位は分かる。
「ロディ、もう少し街を歩こうか」
「ええ」
ああ、王子の表情が違う。率先して先を歩いて行く。これが本当の王子なのだろう。頼もしいじゃん。
それから市場の端から端まで見て歩いた。街の商店街にも足を延ばした。主食のパン屋さんを見てみた。野菜を売っている店、果物を売っている店、肉屋さん。
何処を見ても品薄だ。野菜なんて並べてはいても萎びている。なのに普段買い物をしない俺が見ても高いと思われる値段をつけている。
何処の店も昼前には閉めてしまうらしい。店を開けているだけの商品がないのだそうだ。
大店にも行ってみた。貴族用の商品を扱っている店だ。流石に市場や小売りの店より商品はあるが、それにしても値段が高い。
それでも貴族は購入するのだろう。いや、購入するしか仕方ないのだろう。
「これは、考えものだ」
「確かにそうですね。どれだけの期間、盗賊団に苦しめられていたのでしょう?」
「そうだね」
そんな話しをしていた時だ。街の入口付近が騒がしくなった。入口の大きな門を開け、兵達がバタバタと動いている。
「ああ、きっと父上達だろう」
「ロディ、早くないか?」
「きっとそうだと思いますよ」
父達が戻って来たらしい。王子が言う様に早い。朝早くに出ては行ったが、まだ昼前だ。
そう思いながら脇に寄って騒ぎを見ていた。
すると、父とユリシスじーちゃんを先頭に兵達が盗賊団を捕縛してきた。
父とユリシスじーちゃんが馬の上から俺達を見つけて大声で叫び片手を挙げる。
「ロディ! ココ!」
ああ、止めてほしい。本当に恥ずかしい。みんなこっちを見ているじゃないか。
今俺は商人の息子なんだよ。父達はもうコロッと忘れているんだろうな。
「アハハハ」
ほら、王子に笑われちゃったよ。
「仕方ないね。邸に戻ろう」
「はい、兄さま」
街の人達がみんな見てくるんだ。俺達は好奇心の目を搔い潜りながら、馬車まで走った。
ダッシュだよ。父とじーちゃんのお陰でさぁ。
「アハハハ」
王子は毎日走っていた所為か、走りながらでも笑っている。体力が付いたんだな。
それに、こんな時でも楽しそうだ。良かったよ。
馬車に乗り、領主邸へ戻る。結局なにも買わなかった。と、言うか買う物がなかった。
これじゃあ、領民達は生活していけない。
ちょっと、料理人のところへ行ってみようかなぁ。
「ココ、そうかい?」
「はい、だってうちの領地に仕入れに行ったとしても何日も掛かりますよ」
「そうだね」
「マジックバッグに余分に持っているかも知れません」
「そうだね」
「ロディ兄さま?」
「うん、ちょっと待とうか」
「はい」
何か考えているのだろう。俺は単純にうちの料理人達がマジックバッグに余分に持って来ている食料があれば、出してもらおうかと思ったんだ。
さっきもロディ兄に話していた通り、うちの領地に仕入れに行ったとしても往復何日かかるか分からない。近くの村に野菜を分けてもらうにしてもだ。
そう思ったんだが、ロディ兄に止められたんだ。
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