110ー肉球スタンプ
それから数日かけて、俺は子供用の文字一覧表を描いた。描きまくった。もう、嫌になる位描いた。
この世界、まだ印刷技術がそう発展していないんだ。芋版でも作る方が早くね? て考えてしまう程に描いた。
その上、一覧表の大きさが問題だ。イラストも入れて大きく見やすくをモットーに作ったもんだから、大きいんだ。
咲が、せっせと紙を貼り合わせてくれている。普通はA4程度の紙だ。それを何枚も貼り合わせて作った大判だ。よくある壁掛けカレンダー4枚分よりも大きい。
だってさ、可愛いイラストを沢山描きたかったんだよ。そしたらこの大きさになっちまった。
「お嬢さまぁ、大きすぎませんかぁ?」
「ちょっと大きかったかな?」
「はいぃ」
「でもさ、イラスト入れるならこれくらいは欲しいじゃん」
「そうですねぇ。お嬢さま、拘っちゃうからぁ」
「え、そう?」
「そうッスね」
なんだよ、隆。戻っていたのかよ。
「アンアン!」
「ノワー! 一緒に来たの〜?」
俺は思わず描いていた手を止めて、ノワを抱っこする。モフモフだぜぃ。
『おれもする!』
「え? 何するの?」
『おれもぺたぺたする!』
「ノワは無理よぉ。絵筆が持てないでしょう? あ、そうだ! ノワ、ちょっと手を出して」
「お嬢、何するんスか?」
「ねえ、ノワの手形をスタンプするの。ノワ、どの色がいい?」
『ん〜、おれこれがいい!』
並んだ水彩絵の具の中から、ノワが選んだのはエメラルドグリーンだ。
『風の色!』
「風の色?」
「お嬢、ノワは風属性魔法が得意ッスから』
「ああ、それで風の色なのね」
で、俺はノワの前足の片方にだけ肉球にペッタリと絵の具を塗った。
「ノワ、ペッタンして」
「アンッ!」
ノワは本当にお利口さんだ。紙の上を歩くのかと思いきや、ちゃんと白く空いている部分にペトッと手を置きぷにっと肉球を押さえつけた。そして、そ〜っと離した。
「やだッ! お利口さん!」
「アンアン!」
見事にノワの肉球がペタンとついていた。
「ね、ノワ。こっちにもお願い!」
「アン!」
本当マジで、霧島より役に立つじゃん! ちゃんと絵具が塗ってある足を床に着けずに上げている。賢いね~。
「ココ、今失礼な事を考えたな!?」
「やだ、キリシマ。来ていたの? アハハ」
「ココ嬢、お邪魔かな?」
「いいえ、殿下。そんな事ないですよ」
「凄いね、こんなに大きな紙に描いていたんだ。これはヒヨコかな?」
「そうですよ。可愛いでしょう?」
「ああ。上手だね。ココ嬢にこんな特技があったなんてね。ふふふ」
「あ、殿下。その笑いは何ですかぁ?」
「なんでもないよ。感心していたんだ」
「えぇー、本当ですかぁ?」
「本当だよ。本当に上手だ」
「アン!」
「ノワも手伝ってくれたのよね〜」
「アン!」
「あれ? ノワ、いつの間に?」
『いっぱいペッタンした!』
「やだ、アハハハ!」
「ノワ、やり過ぎだろ?」
まるで、ノワの肉球で囲ったみたいに紙の外枠に合わせてノワの肉球スタンプがペッタンと。
しかも、これ絵の具を足しているよな?
「テヘッ!」
咲、お前かよ!
咲が、絵筆を片手に持っていた。
「ま、可愛いからいいわ」
『おれ、まだペッタンする!』
「はいはいぃ、ノワちゃん次はこっちの紙ですよぅ」
ああ、咲がやる気だ。
「アハハハ。楽しいね。しかし文字の一覧表かぁ、よく思いついたね」
「そうですか? 今まで無かった事の方が不思議じゃないですか?」
「そうかな? 誰も考えつかなかったんだろうね」
「識字率を上げる事なんて、そう大した事じゃないと思っていたのかも知れません。いえ、誰もそんな事考えていなかったのかも知れません」
「そうかもね。貴族目線で考えるからね」
「そうです。そこが問題です。文字や計算を覚えたりする事は、自分を守る事になるんです」
「自分を守る? 文字と計算でかい?」
「はい。文字を覚えると変な契約書も見破れます。仕事を覚える為のメモをとったり仕事にも活かせるかも知れません。計算を覚えると、お釣りを誤魔化されたら気付けます。合計金額を計算できる事もです」
「なるほど。貴族だとそんな事考えないね」
「はい。使用人がしますから」
「そうだね」
「この世界は貴族中心なんです。貴族の方が平民より数が少ないのにです。そんな理不尽な事はありません」
「確かに……」
「これが文字を覚えるきっかけになればと思います」
「そうだね。ココ嬢はまだ子供なのによく考えているんだね」
「殿下もまだ子供ですよ?」
「アハハハ、僕はもう大きいよ?」
「貴族ならあたしの姉さまみたいに、まだ学園に通っている歳です。だから、まだ子供です」
「そうかなぁ?」
「はい。だから、我慢ばかりしなくて良いんです!」
思わず王子の手を取ってしまった。
王子は我慢してばかりだ。今回、父達が得てきた情報に対してだって、精神干渉にだってもっと反応しても良いんだ。自分の気持ちを出していいんだ。
「ココ嬢、ありがとう……」
王子が俺の肩に手を置いた。
いや、俺は中身男だからね。残念ながら甘い雰囲気にはなんねーよ。
「うちでしっかりリハビリして下さい!」
「リ、リハ?」
いかん、リハビリって言葉がなかったよ。
「えっと、養生して元気になって下さい! て、事です」
「ふふふ、ありがとう」
部屋の隅に控えているソフィがこっそり涙を拭いたのが視界に入った。
読んでいただき有難うございます!
ココちゃんと王子、ラブラブになっちゃうのか!?
さて、どうでしょう?
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