2.召喚されし者
2.召喚されし者
「うん?ここは……?あれ?俺って……断崖絶壁から落ちて……無重力体験というか、轟音とも言うべき風切り音と寒さと恐怖を感じていたはずだったが……既に海面……いや……岩場に叩きつけられて絶命したのか?何の痛みも衝撃もなかったが……そうか……一瞬のことで痛みを感じる暇もなかったか……。
やっぱり俺は死んでしまったのか?するとここは……三途の川……か?いや……部屋みたいだし人影が見えるから……ててて天国?」
先ほどまでの耳を劈くような風切り音や浮遊感が瞬時に消えてなくなり、真っ逆さまに落下していたはずの体がいつの間にか地面の上に立っている……高いところから落下したのなら俺の体は粉々に引きちぎられているはずだ。なのになぜ?一体どうしたというのだ?
周りを見回すと……石造りの壁……広い空間の上方……高い天井には煌びやかなガラスで装飾されたシャンデリアが吊られている。床は……大理石?まあ最近は……それらしきパネルがあるみたいだが……死後の世界に現世のような合成品は使われないか……。
目の前には金縁で飾られた朱色のビロード地の豪華な椅子……玉座……かな?そのそばに立っている恰幅のいいスーツ姿の中年男性……ううむ……死後の世界の王というと……閻魔様……なのかな?
挨拶しておこう……
「おおおお初にお目にかかります。たっ多田羅文雄といいます。こっ高校2年生……17歳です。」
取り敢えず渾身の力を振り絞って、名前と年齢を告げておく。初対面の印象が結構その人を評価するときに重要となってくるようだからな……学校のクラス替えの時だって、最初に声をかけられた奴と結構親しくなっていくようだし……。
「〇△◇αγ……で……ど……□……×……〇……ど……で……か……」
「はあ?なっ……ななななにか……しゃしゃしゃべって……いいいいます……か?」
「はっ……き……す……〇かり……すか?」
「ちょちょちょ……と……きっききとり……にくい……です。」
雑踏の中で小声で話しかけられているみたい……口は開いたり閉じたりしているので、何か話しかけているのは分かるが聞き取りにくい。
「こ……で……どうでしょうか?」
「ああ……はい……なんとか……おっ俺は……たたた多田羅文美雄……じゅっ……じゅうななさい……です。」
「おおなんと17歳……その若さで既に大魔導士並みの力を供えていらっしゃるとは……正に天才……珠玉!」
すると玉座に戻って着座した閻魔様が、満面の笑みで俺の顔をまじまじと眺め始めた。
おお……どうやら好印象を持っていただけた様だぞ……これは天国行きかな?うん?でも……何か気になるワードをはさんでいなかったか?だい……なんだって?
「えっえーと……まっまだまだ若輩者故、こここれと言ってしゃしゃ社会貢献など一切してきませんでしたが、そそそそれでも悪に手を染めたことなど……いっ一度もありません。ままま真っ当な人生を送ってきました。てて天国へ……いい行けますよね?」
良く分からんが俺の人となりを説明して置いて、善人であるという印象を与え、天国行きを主張しておく。言ったもん勝ちになっていただけるとありがたい。
「多田羅文雄様……早速でなんですが、得意魔法をご披露頂けますかな?灼熱高温の煉獄系でしょうか?それとも極寒極低温の超氷結魔法でしょうかな?いやいや……瞬時に巨大な象をも打ち殺すといわれる雷撃系?それとも大地を引き裂くような地殻変動系でしょうかな?
雷撃や地殻変動系の場合は今ここでお披露目……とはなりませんね……灼熱の高温ですらかなり絞っていただかなければなりませんが……まずは一つ……あなた様の能力の一端を我らに披露願えますか?」
うん?テーブルを挟んですぐ横のやせぎすの小さなの男から声をかけられてしまった……俺よりも少し背が低めの男は……教会の修道士というより僧侶なのか?烏帽子姿はあまり見たことはないが……だが奴は何を言っている?聞き間違いでなければ……
「ととと得意魔法?しゃしゃ灼熱高温……とかななな何のことでしょうか?はっ……まままさか……おっ俺は地獄送りでしょうか?じじっ地獄の釜で茹でられてしまうのでしょうかね?えっ?えっ?俺が……ななな何か悪いことしましたか?
なな何とかごっ御慈悲を……おお俺は成績優秀ではああありませんでしたが、そそそれでもまっ毎日学校に通っていました。ちゅ中学の時は皆勤賞だってとったことがあります。
そそそりゃあ人助けなど……とっ徳を積んだことはあまり……そそそれでも人に迷惑をかけたことは、けけ決してありません。いっいじめをされることはあああっても……いいじめをしたこともありません。
じょじょ情状酌量……とかで、てっ天国へ振替にできませんか?」
まずい……自殺なんかしようとしたから……俺は地獄で釜茹での刑になってしまうのか?嫌だ!絶対に嫌だ!頼み込んで変わるのであれば、なんでもしよう……すぐさま玉座に駆け寄り、閻魔大王様の膝に縋りつくようにして懇願してみる。
「うん?大魔導士様……如何された?地獄の釜……とは何のことでしょうかな?いいじめ……とは聞きなれない魔法の言葉のような……おい……通訳できているのか?」
すぐに俺の頭の上側で、しわがれただみ声がまくしたてる。体がすくむ……閻魔大王様がお怒りのご様子だ……くわばらくわばら……俺は一体どうなってしまうのだ?
「はあ……どうにも……この者が何を申しておるのか……ふうむ……翻訳魔法は使えている様子ですが……あー……あー……たたた多田羅文雄さんとおっしゃるのですよね?
私はレルム……魔導士をしております。これでも宮廷魔導士なのですが、恐らくあなた様の足元にも及ばないしがない魔導士でしかありません。落ち着いてください……突然飛行中にこちらへ召喚されることになり、動揺しているのであればお許しください。
召喚する旨を告げもせず、突然の呼び出し……無礼の沙汰を改めてお詫び申し上げます。こちらが貴殿を観察していることに気付かれましたなら、召喚魔法の機能の一つとして対象者と木霊魔法で通じ合い、了解いただいてから召還するという事も可能であったのですが、残念ながらお気づきになりませんでしたよね?
こちらといたしましても魔法効果が切れかかっておりまして……やむを得ず……と言った次第であります。何せ高速移動魔法をお使いの熟練大魔導士様が、そちらの世界には多数いらっしゃるとお見受けいたしました。
あれこれ目移りする中、確実に高速移動魔法をおつかいであることが明白な単独飛行されているあなた様に、焦点を当てさせていただいたのです。でも……あなた様ほどの大魔導士であれば、転移魔法位理解されてますよね?故あって、我が世界へお越し願った次第です。
翻訳魔法は正常に機能していますよね?こちらの言葉が分かりますよね?それともご自分で翻訳魔法を唱えていただきますか?そのほうがより耳障りが良くて、正確にできそうでしょうか?そうであればこちらの魔法は、取りやめますが?如何でしょうか?」
背後から声がかかり振り向くと、先ほどの僧侶服姿の男が顔を首を何度もかしげながら話しかけてきている。閻魔様に縋りつく俺が、見苦しいとでも言いたげに……怪訝そうな表情で……
「れれれ……レルム……さん?おお俺はたっ多田羅文雄……です。」
取り敢えず心象回復のために、名を名乗っておく。なにごとも最初の一言が肝心。
「はいそれは分かっておりますよ、先ほど自己紹介いただきました。たたた……ではなくたっ多田羅文雄様……でしたか……17歳……でしたね?そう……そうでした!……まだお若い……ですものね?そうですよ……転移魔法なんて、しかも異世界からの召喚魔法なんて、経験したことないですよね?
そうそう……かく言う私も30間近ですが、無生物の転移魔法のみで、生物の転移魔法経験はございません。もちろん自分自身でも……失敗の危険が伴いますので、ちょっと怖いですよね?
ご無礼仕りました。まずはかような状況に至った事情をご説明いたしましょう。」
烏帽子をかぶった僧侶服の男は、閻魔様に縋りつく俺の手を振りほどき立たせると、玉座正面の怪しげな燭台や水晶球が乗ったテーブルの向こう側へと手を引いて導いていった。そうして俺は、テーブル真ん前の丸いすに腰掛けさせられた。
「まずはこれが……現マッサーラ大陸……そうしてこの……」
僧侶がテーブルの上を左手でなぞると、何もない空間に巨大な地図のような図が映し出された。
「わわっ……すす……3Dホログラム?ですか?しっしかもかなり鮮明……凄い技術力でっですね。」
水晶球をブラウン管代わりに投影するのであればともかく、テーブル上の何もない空間に直接画像が浮かび上がっているのだ。ううむ……流石天空の世界の技術力はすごい……うん?そうなのか?閻魔様のいる天空世界も革新技術の塊……なのか?精神世界だと思っていたのだがな……
いや……映し出された地図に手を伸ばすと、指先にわずかな触感が……実体化しているとでもいうのか?
「おお……その人差し指で触っている箇所が、あなた様を召喚した我が国……エルムグリム王国です。
四方を山々に囲まれた盆地に位置し、その北東方面……高い山々が連なる山脈の向こう側に魔王国が存在し、そこから侵略攻撃を受けているのです。戦況はかなり悪く、我が国の軍の残りは少なく正に風前の灯火……起死回生の逆転を信じあなた様を召喚した次第です。どうか我が国をお救い下さい……。」
烏帽子をかぶった僧侶が俺の前に片膝ついて頭を下げた。同時に玉座に座っていた閻魔様も立ち上がり頭を下げ、その隣に立っていた甲冑姿の初老の男も深々と腰を折って見せた。恐らくこの部屋の中では一番体格もよさそうに見えるが……多分俺とさほど身長は変わらなそうだな……。
そんな事よりも……なになに?どうした?あのお方は……閻魔大王様ではないのか?エルムグリム王国……?召喚って言っているが……俺は誤って断崖から落ちている途中で、異世界へ召喚されたのか?はあ?そんな事……起こりうるのか?と言っても……現に今まさに起こっているのか……。
「あああっ……あの……しししっ信じられないのですが……おおお俺はこっこの世界へ……しょしょ召喚……されたのでか?あっあなたたちは……えええ閻魔大王様と……めめめ召使の鬼ではない?」
なななんと……もしかして俺……とんでもない異世界へ、召喚されてしまったのではないのだろうか?
「ああ……はい、そうですよ。先ほどから申し上げているではありませんか……我が国の窮地をお救い戴くために、異世界から大魔導士であるあなた様を、召喚させていただきました。」
レルムと名のった魔導士とやらは、俺の質問に大きく頷きながら真顔で答えた。なんと……やっぱり……するとここに居る人たちは……異世界人?ひえーっ……!!!いいい異世界人と、普通に会話してたーっ!
速攻で辺りを見回し、部屋の隅へとダッシュで移動……広い部屋の中にはどうやら目の前にいた3人しかいないようなので、隙をつかずとも楽に部屋の隅へ行けた。文書を記録するのだろうか……引き出しのついていない木製の簡易机のわきの部屋の角を背に、そのまま体育座りで蹲る……完全防御姿勢だ。
「おやおや……どうされました?そりゃあ確かに突然の召喚術での呼び出しは、人道上どうかと思いますよ。何の承諾もいただいておりませんでしたからね。ですがこちらも、この国が侵略されるかどうかの危機なのです。既に召喚済みなのですからあきらめて……こちらの事情をご理解いただき、ご協力お願いいたします。」
魔導士レルムは俺を追いかけるように早足で近づいてきて、両手で膝を抱え、その上に顔をうずめている俺の頭の上から、声をかけて来た。逃げ出したいのだが……ここがどこかも分からないし、取り敢えず応対はして、現状を確認したほうが良いだろうか?
「そっ……その……おおお俺が……やや役に……?」
「大魔導士様は何とおっしゃっているのだ?良く聞こえんが……ご立腹のご様子か?」
「いえ……声が小さくてよく聞こえませんが……ご立腹と言った様子には見えません。何でしょうかね……もしかすると、突然の環境の変化に動揺なされているのかも知れません。大魔導士様とはいえ、まだお若いですからね……少しお時間をください。私が何とか心を開くよう、説得致しますから……。」
「おおそうか……レルム……頼むぞ。」
「あまり時間がないからな……手短にお願いするぞ!」
「えっ……えーと大魔導士様?床に向かっておっしゃられてもその……良く聞こえませんので、大変申し訳ありませんが、お顔を上げて……仰っていただけませんか?ここに居るものは全て大魔導士様の味方です。
怖い人間などどこにもおりませんよ!ご機嫌を直されて、どうかお顔をお上げください。」
すると頭の上から、優しい口調で呼びかけられた。ううむ……蹲っているわけにもいかない。何か話さなきゃ……召喚術とやらで折角呼び出したのに、全く使えん奴だと分かって放り出されたら大変だ。何処かから侵略されかけているなんて怖ろしいこと言っていたからな……捕まって処刑でもされてはかなわん。
「そそそ……それでその……おおおお救い下さいと願われても……おっ俺はふふ普通の高校生ですが……なな何か俺にできることが……あっあるのでしょうかね?」
仕方なく顔を上げると、レルムが心配そうに腰をかがめて俺を覗き込んでいた。すぐさま目線を避けて立ち上がる。
「ももももしや……こっこの星は重力が地球の何十分の一とかで……おお俺の身体能力が格段に上がって空をも飛べる……とか?おお重いものも……かっ簡単に……もも持ち上げることができるとか?
たっ試しに……ジャンプ!あれ?ちっとも飛び上がれない……えええーと……じじじゃあこのテーブルを軽々と……出来ませんね……」
天井に頭をぶつけては痛いので軽く飛び上がろうとしてみたが、何十センチも上がらず、更に長テーブルは見かけよりもずっと重い様子で、片手では到底持ち上げられそうもなくあきらめた。
「いえいえ……御冗談を……大魔導士さまでしょう?自慢の魔法をご披露ください。あっ……でも……この部屋では狭すぎますか?何でしたら城の前庭へ出てから披露されてもよろしいですよ。では、ご案内しましょう。」
俺の声が小さすぎるのか耳に手を当てて、俺の方へ左耳を向けていた烏帽子をかぶった僧侶レルムは、俺に背を向けて歩き出そうとする。
「はあ?魔法って……ててて手品ですか?……あっ?でも……おおお俺は……召喚魔法でこの世界へ来たんでしたね?だったらこの世界は…………魔法が使える世界?へえ……ちょっとやって見せていただけますか?」
「はあ?御冗談を……腕試しでしょうか?ほいっ……こんなんで?」
振り向いたレルムは半ば仏頂面で、それでも両手を胸の高さに掌を上に向けると、軽く目を閉じて念じて見せた。すると……右掌の上には青白い炎が出現し、左掌からは十センチほどの細い水柱が上がった。
「わわわっ……すっ凄い……腕には……透明な細いホースとか……あれ?何の仕掛けもありませんよね?熱っ!こっちは冷たいっ!わっわっわっどどっどうやって?……凄いなあ……こっこれが魔法……?」
ううむ……炎はちゃんと熱いし水柱は冷たい……しかも触って確かめても腕にはホースなど何もついてはいない……それでも投影された映像ではなく、ちゃんと現実に具現化されたもののようだ。
「何をおっしゃいます……大魔導士のあなた様に比べたら、私の初期魔法などお粗末なもので……。」
「はあ?大魔導士って……おっ俺が……ですか?おお俺が……この世界に召喚されたら、こっこんな魔法がじじっ自在に使いこなせるようになると言う事ですかね?えーとえーと……炎よ出ろ?……うーん……魔法の呪文は?なんて唱えればいいのですか?」
なんと……この魔法に満ち溢れた世界では、俺は一級の魔法使いになれるというのか?召喚万歳!段々とワクワクしてきたぞーっ。試しに……何も起こらないぞ!
「いえいえいえいえ……御冗談を……あなた様の世界に比べたら、この世界の魔法技術なんて……千年以上は遅れているというのに……ご謙遜をなさらず……。」
「せせ千年って……?おお俺がいた世界では……まま魔法なんて……そそそ存在しっしませんよ。そっそれこそふぁふぁファンタジー小説の世界でしか。」
ううむ……何やら会話が成り立っていないような気がするのは……俺だけか?
「おいおい……先ほどから大魔導士殿の言っていることがおかしいぞ!魔法を初めて見るようではないのか?何か手違いでもあったのではないのか?」
エルムグリム王が不安げに問いかけて来た……無理もない……
「手違いなんて……滅相もない……
私は古代語の呪文を解読して、間違いがないようにきちんとメモを取ったうえで呪文を唱えました!
いいですか?ハピコズルファーニャというのは、この世界と異世界をつなぐはざまに存在する精霊たちよ……という意味の古代語で、異世界とつながることができる精霊たちに呼び掛けているのです。
続くアランドゥメヌとは我が窮地をお救い下さいで……アットアッパーニュが異世界より召喚する手続きを示唆する呪文であり、その後は延々と精霊たちに召喚魔法を認めていただく儀式の言葉が続きます。
最後に肝心なのが、その召喚元となる世界……チキュウ……あれ?ち……チキョウ……のはずが……でっでも……何百人もの集団で魔道船に乗って音の速さで飛行するような世界ですよ……彼だって単独で鷹が獲物を狙って滑空するような速度で飛んでいたではないですか!
千年先かどうか分かりませんがチキュウだって、高度な魔法技術で成り立っている世界に違いありません!」
自信満々で胸を張っていたレルムの声質が、少し小さくしわがれてきたが、それでも彼は最後には胸を張って間違いがないことを主張した。
「ああ……そっそれは……もももしかすると飛行機……ですかね?ジェットエンジンとかいう動力を使って空を飛ぶ機械というか乗り物で……魔法ではないですよ……航空技術の塊……ですかね。
ちなみに俺は……自殺しようとして断崖絶壁から飛び降りていた最中でして……。」
死んだと思わせるためカムフラージュしていて誤って落ちてしまったなどと、恥ずかしくてとても言えないので、自殺という事にしておく。誤って崖から落ちたなどと正直に申し出ると、なぜ崖の上に居たのかだの追及される恐れがあるからだ。自殺の原因を聞かれたなら、正直に振られたといっておけばいいさ。
恐らくこの時レルム以外の誰もが……彼が大きなミスを犯したことに気がついたに違いないが、彼がミスしたおかげで、俺の命が助かったともいえる。なんせ死ぬ気など全くなかった、いわば不慮の事故だからな。
彼には心から感謝する……何か恩返しができることがあれば、なんでも言いつけて欲しいくらいだ。
突然兵士長が無言のままレルムの腕をつかみ早足で移動し、玉座から離れた位置で何やら耳打ちし始めた。
「おい……どうするんだ?彼にお帰り願うことも……出来ないのだろ?仕方がない……数日後でいいから呪力が溜まったら、次こそは間違わずに正しい世界から召還するのだぞ!」
「無理です……召喚者はひとつの世界に一人迄……これは次元のはざまにいる精霊たちの決めたきつい縛りでして……なのでむやみやたらと召喚することは出来なかったのです。本当にこの国の窮地でなければ、召喚魔法を使うことは見合わせていたのです。」
「ではどうするというのだ?まさか勝手に召喚しておいて、間違いだったから死んでもらう……と言う訳にもいかないだろ?確かに……彼は自殺の途中だったというから、少しは罪悪感は薄れはするが……。」
「それはダメなのです……召喚して気に食わないからと言って殺してしまったなら、以降その国では永久的に召喚魔法が使えなくなるばかりか、この世界の精霊たちと結託して、この国の魔法使いは魔法を一切使えなくなるでしょう。そうなったら絶望的です……抵抗できずに一日で魔王軍に占領されてしまいます。」
「だったら仕方がない……もう一度自殺してもらうしか……。」
「それすらダメなのです……折角異世界から召還したものを邪険に扱い死へ追いやることも、殺したのと同様の結果でしかありません。更に……魔王軍との戦いで討ち死にさせることも出来ません……召喚されたものは丁重に扱い、その人生を全うさせる必要性があるのです。
そうして自然死した場合のみ、次の召喚が可能となり得ます。」
「なんと……それでは打つ手がないではないか……しかも魔王軍に占領されたなら、彼だって奴隷の扱いを受けかねん……それを悲観して自殺でもされたなら……この国での魔法は立ち消え……反撃の糸口すらつかめなくなってしまうではないか……どうすればいいのだ?」
何を話しているのか俺には聞こえないが、二人とも腕を組んでうなり始めた。
随分長くごそごそと二人だけで密談しているレルムと甲冑姿の男……一体何をやっているのだ?
はっ……そうか……俺が間違って召喚されてしまったから、俺をどうするか相談し合っているのか?元の世界へ戻していただけるとありがたいが……いや……まてまて……それだと断崖から墜落している途中に戻されてしまう……転落の途中だったのだから仕方がないのだが……今こうやって助かってみると、もう一度あそこへ戻されてもなあ……まあでも……間違いだったのだから、仕方がないのか……
いやいや……待て待て……これは夢だ、夢なんだ!よく考えてみろ、魔導士と名のったレルムとやらは大魔導士と間違って俺を召喚したなんてドジだし、あの兵士……甲冑を着ていると思っていたがよく見ると革の鎧に銅板かな?を、あちこち飾りみたいに貼り付けているだけだ。よくよく見ると不格好で滑稽だ。
そうなのだ……ここはファンタジーの架空の世界……俺はそこへ迷い込んでしまったのだ。人は死ぬ瞬間にそれまでの人生の楽しいことなどが走馬灯のように甦ると聞いたことがあるが、俺には楽しかった思い出など一つもない。だから……その代わりに俺が以前見た映画かゲームの一場面が見えているのではないだろうか?
「王さま!魔王軍が進撃を始めました。」
甲高い声の主が部屋のドアを開けて駆け込んできた。なんと……修道女姿の若い女の子だ。
目はぱっちりとくりくりで鼻すじも通っていて、何より厚めの唇がたまらない……なんという美少女。彼女に比べたら……悪いが俺の初恋の相手は……月と鼈だ……嫌われたんだしこれくらい言ってもいいだろう。
聖なる服に身を包みながら、小さな胸のふくらみと腰の括れに引き締まったヒップ……不謹慎な感情をいだきたくはないのだが、むらむらとした欲求がこみ上げてきそうになるのが我ながら怖い。
ほうら見ろ……俺好みの美少女が現れた……やはりこれはRPGゲームの一節を俺が主役として頭の中で繰り広げているに違いない。だったら話に乗ってやろうじゃあないか……ぐずぐずしてたらすぐにゲームオーバーとなって夢から覚めて、また崖を真っ逆さまに落ちている現実に戻ってしまう。
「ううむ……いよいよもって……この国も最後か……。」
王が嘆きながら玉座に腰かけたまま、肩を落とした。
「おおおお待ちください……おっ俺は召喚されたのですよね?……なななっ何か出来ることがあれば、きょきょ協力……しますよ。てっ敵の……へへ兵力と主力武器は何でしょうか?そそそっそれと対抗する、こちらの兵力と武器は?よよよ良かったら教えてください!」
こうなりゃ仕方がない……夢の中の美少女にいい恰好を見せつけるためにも、俺が有能でつかえるというところを見せてやろうじゃないか……こう見えてもゲーセンじゃあ……小学生の頃より戦国シミュレーションでは結構ならしたほうだ。最近じゃあ家に閉じこもってネットでやってばかりいたがな……。
多少戦力的に劣っている状況でも、戦術で勝って見せる自信はある!
「うん?やはり翻訳魔法があまりうまく機能していない様子だな……少々聞き取りにくいが……敵軍とわが軍の兵力を聞きたいのかな?それなら……
魔王軍は……総勢百万……対するわが軍は……残兵が……恐らく1万ほど……武器?……ふうむ……戦いの手段と言えば、魔法ではないか?魔法を唱え合い、それぞれ防御し合って……それでも魔法技術や兵の数の差で、敵への着弾がやがて発生するから一方が被弾し被害が大きくなり……やがて勝敗が決する……。」
玉座に鎮座する王が、即座に簡潔に答えてくれた。
なんと……百対一……いくら何でもそれでは……