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序2.焦燥の果てに……

序2.焦燥の果てに……

 くそっ……くそっくそ……逃げ出すように教室を抜け出した俺は、それでもドアのロックは忘れず行った。


 私物か何かなくなっていて、俺が疑われてはかなわないからな。体育をさぼって教室にいつも残っている俺がトイレに行けるように、番号キーの暗証番号は彩佳から聞いて知っているのだ。


 彼女の優しい思いやりには、いつも感謝の念を抱いていたが、異性としての感情は抱いていなかったというと嘘になる。勿論好きだったさ……校庭の桜を見るふりして彼女の姿をチラ見していたのは事実だ。だが……チラ見したくて校庭の桜を見るふりをしていたのかというと、そうではない。


 校庭の桜はこの高校に入った当初から俺が好きな景色であり、暇さえあればじっと見入ってあれこれ空想していた。高2になって今の席順になったのがまさに奇跡的なことで、窓の外の桜を窺う視線上に彼女の席があったのだ。勿論何かと理由をつけて桜方向へ視線をやっていたのは事実である。


 それでも彼女と親しくなりたいとか話したいとかの気持ちは、どこまでも皆無であった……例えば教室で2人きりになったとしても、奇跡的に彼女から話しかけられたとしても、俺は何も答えないだろう。心臓がバクバクして堪えられないだろうという事はもちろんだが、どうせ俺なんかと話してもつまらないだろうから、面白くて彼女が興味を引くような話題など全く話せないだろうから、会話をしたいとも思っていない。


 親しくなりたいとか、出来れば友達に……なあんてことは夢のまた夢であり、内向的な俺には荷が重すぎる。

 彼女の姿を見ていられるだけで俺にとっては十分であり、彼女が幸せそうに微笑んで日々の生活を送ってさえいればそれで満足だった。

 

 そんな彼女に……言われもない中傷で、完全に嫌われてしまった……そのまま家に帰り誰もいない家の2階に上がり荷造りを始めた。常日頃からこんな家は出て行こうと心に決めていて、決行日を決めかねていただけだったので持ち出す荷物は決まっていて、いつもまとめてあり、荷造りはすぐに終わった。


 少し大きめの布製バッグに夏物冬物を詰め、替えの下着を数枚……後は貯金通帳とカードを入れて家を出た。



 死に場所は俺は行かなかったが修学旅行のパンフレットに記載されていた、北陸の絶景の断崖絶壁……自殺の名所としても知られ、なかなか遺体が上がらないという場所に決めた。


 美しく散りたい……とかは思わないが、死ぬときはなるべく人に迷惑をかけないように死んでいきたい……夜行バスで早朝の駅に到着し、始発を待たずに歩いて絶壁の海岸線へ向かう。


 着いたときはすでに夜は明けていたが、まだ早朝であり人影もほとんどない。目立つ岩場に遺書を置き、風で飛ばされぬようにその上に靴を揃えておく。靴下裸足で絶壁まで歩くのは足の裏が痛いが仕方がない……確かに俺がここで死んだという証拠を残さねばならないのだからな……


 ふわー……高い……はるか下で岩場に打ち寄せる白波がはじけている……結構風も吹いているな……しかもこちら側に吹き寄せているから……飛び降りても下手をすると途中で絶壁に叩きつけられてしまうんじゃあないかな……そうなると岩場にぶち当たりながら転がり落ちることに……相当痛いぞ……ううむ……。


 いや……まあ……今日の所はここまでにしておこう……懐に忍ばせておいた、スニーカーに履き替える。


 初めから死ぬつもりなどない……だが残された遺書などから俺がここで飛び降りたとニュースになり、彼女初め、俺を無視し続けた家族も俺の死を悔やみ続けることだろう。ちょっとの間反省して悔やむがいい……。


 遺書には俺は彼女の許嫁だなどと言ったことは一度もない旨、真っ先に記し、そうして家族からも相手にされない人生に生きる希望を失ったとしたためておいた。



 俺はこのまま姿を消す……記憶喪失の振りでもして新たな人生を歩むのだ……とかいつも馬鹿なことを考えていたものだが、現実的ではない事に気付かされた。今日日ネットで、この人のこと知りませんか?と顔写真入りで情報求むとすれば、恐らく1週間もしないうちに俺の素性は割れるのだろうという結論に達した。


 顔認証技術など……進んでいるようだから、ネット検索すれば一発であろう。


 素性を隠すなどという事は犯罪者の可能性が高いのだから、記憶喪失だなどと病気を装ったとしても、誰でも身元確認は怠らないはずだ。記憶喪失者が滞在先で親切にされ、恋物語に発展するのは小説の中だけだ。


 取り敢えずこれまで少ない小遣いとお年玉を貯めに溜めた貯金が30万ほどあるので、これで1週間ほど安宿に身を潜め、それから親せきの家を頼ることにした。幸いにも受験シーズンであるため、卒業前の観光旅行としておけば高校生でも宿泊は可能であろう。観光地近くの格安ビジネスホテルを探すつもりだ。


 大叔父……祖父の弟という人が佐渡島に住んでいて、小5の時に一家で島を訪ねたことがあった。いつものように電車酔いの上にさらに船酔い迄重なり、完全にダウンした俺を置いて両親と姉たちは島の観光スポット巡りをしている間中、俺はずっと大叔父の家で一人寝ていた。


 それでも2日目の昼過ぎには起き上がることができるようになり、漁が終わって家に残っていた大叔父に連れられて港まで行った。大叔父は元は会社員であったが脱サラして佐渡島に移り住み、漁師への転身を目指したようだ。しかも漁船に乗り込んだわけではなく、当初まん丸い正にタライで漁をしていたと話してくれた。


 俺が乗せてもらった時は船は既にタライではなかったが、それでも4、5人も乗れば満席の小さなオールではなく櫓でこぐ手漕ぎの……船というよりボートと言ったほうが良い印象だった。


 船で少し沖へ出てから、やろうとしていた漁のことを教えてくれた。水中メガネのバカでかい奴で海中を見ながら突きん棒と言って、長い棒の先に3本の尖った針のようなものがついたいわゆる銛で、大きな貝や魚を採る漁をしていたそうで、実演して見せてくれた。


 とはいっても船の側面側から身を乗り出して海中を見るのだが、同じ側に2人とも寄ってしまうと船が傾くと怒鳴られ俺は反対側に寄って、それでも海中の魚に船が来たことを分かりにくくさせるためと大叔父は言っていたが、船の底の中央部分がガラス張り(当時はガラスと思っていたが、恐らく透明なアクリル板)になっていて下が覗けるようになっていたので、そっと海中の様子を眺めていた。


 身を乗り出すと影が海中に映って魚に気付かれるというので注意しながら、じっと動かずにしていたら、一番銛は海底に潜んで居たタコだった。その後も大きなサザエとかつぶ貝とか採って見せてくれたが、実際に捕獲しているところは角度的に見えなかった。



 1時間以上遠浅の沖合にじっとしていて、漁の間大叔父は一言もしゃべりかけてこなかった。というか、ここへ連れられてきたときも


「ちょっと来い。」

 と言われただけで、船に乗せられ沖合へ出てから

「昔はこんな風に漁をやっていたんだ。」

 とだけ言って、後は俺が動こうとすると、

「こっちはいかん!」「傾くから向こうへ寄ってろ」

 の後は。じっと海中を覗いていただけだった。


 港に戻ると漁師仲間に頼んで準備してくれ、堤防の上でつぶ貝を焼いて醤油をかけて食べさせてくれた。この時も大叔父は一言もしゃべらず、漁師仲間の人が子供に食べさせてやるのか?とか聞いてくれながら、勝手に準備を進めてくれていた。


 その時に、今は自分が食べる分しか漁をしていないことと、たまに釣り人を磯に案内するような仕事をしていると、周りの漁師仲間の人たちが大叔父の代わりに教えてくれた。


 話した内容は恐らくこれが全てで、2時間近くも一緒にいたのだが……それでも俺にとってはずいぶんと居心地のいい時間だった。俺は大叔父だけが俺の理解者ではないかと幼心に感じ、以降は毎年年賀状を送っていたし、大叔父も年賀状は返してくれていたのだ。


 大叔父にとっては迷惑かもしれないが、どうやら独り身で子供もいない様子であり、俺が行っても短期間であれば泊めてもらえるだろうと予想している。


 もうすぐ18になるからそうすれば成人だ。親元を離れて暮らすと宣言し、出来れば大叔父の後を継いで、漁師になりたいとも考えている。運動は苦手だがほとんど病気などしたことがなく体だけは丈夫なので、何とかなるのではないかと淡い期待を抱いている……人とあまり関わらないで出来そうな仕事のようだからな……。



 最後にもう一度……死に際の風景を眺めるとするか……うまくすればここからでも佐渡島が見えるのではないか?……俺が崖の上から身を乗り出して遠くへと視線を移しながら伸びをして様子を窺っていると、突然一陣の強風が俺の後方から吹きこみ、俺の体はふわりと浮いた。


 あれ?どうなっているの?踏ん張った俺の足裏の感触は一瞬でなくなり……俺は両手をばたつかせるが人間には鳥のような飛行は無理だ……


「いーやーっ!」

 前のめりの姿勢で奈落の底へ向かって落ちて行く落ちて行く…………


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