序1.絶望の淵
長く筆をおいていて、本当に久々の投稿となりました。思案した分傑作となっていればいいのでしょうが、そんなはずもなく……なんとなく思いつくまま書いてみました。
序1.絶望の淵
「うっわ……また見てるー……きもーいんですけど……。」
「どうしたの?」
「ギョロの奴……まあた彩佳のこと見てるわよ……不気味だからやめろって、言って来てやろうか?」
「馬鹿言わないでよ……多田羅君のことでしょ?そんなふうに言わないの。
どうせいつものように、校庭の桜の木を見ているだけでしょ。もうすぐ咲き始めるころだものね……。」
「いーやっ……あいつは絶対に彩佳のことを見てるのよ!一緒にいるあたし迄あいつのきもい視線を感じているもの。ほんと……文句言ってやらなきゃ……。」
「だから……やめなさいって……この間だって公佳がそう言うから二人して席を立ってみたけど、多田羅君は視線を動かそうともしなかったじゃない。多田羅君はただ単に外の風景を見ていただけだったじゃないの。
そうやって疑っては、彼に悪いわよ……。」
「うっわ……ギョロをそんなふうにいう奴って……クラスの中でも彩佳ぐらいよ。いくら幼馴染って言っても……今は話したりすることもないんでしょ?単に家がすぐ近くというだけで……だったらかばう必要もないでしょうに……。」
「かばうって……あたしは別に……かばっているつもりなんてないけど……むやみに人を疑ってはいけないって言ってるだけよ。」
「はいはい……彩佳は誰にでも優しい優等生だものね……。」
「馬鹿言わないでよ……もう……。」
各自持参した弁当を食べ終わった昼休み……俺はいつものように窓から見える校庭の隅にそびえる、大きな桜の木を眺めていた。皆母親が早起きして作った彩り鮮やかな弁当……中にはいまだにキャラ弁を作って持ってくる奴迄いるようで、たまに凄すぎるだの食べるの勿体ないなどの歓声が聞こえてくる時がある。
俺の視線の先にいる2人の女子高生……1人は俺の幼馴染の仙石彩佳……今どきの高2には珍しくほとんど化粧っ気のない……それでもまつげは長く目はぱっちりと色白で、文句のつけようもない美しい顔立ちに運動神経もよくてスタイル抜群……クラスの人気者であるのも当然といえる女子だ。
もう一人は彩佳の腰ぎんちゃくというか……公佳とかいう奴で、彩佳と佳の字が同じとかいう理由でクラス替え当初から近寄ってきて、今では四六時中べっとりと彩佳に付きまとっているような、こっちは化粧で目の周りを真っ黒くして無理やり目を大きく見せているような、ちょっと小太りの……俺に言わせれば豚女だ。
食堂のない高校の教室で済ます昼食は、大抵の場合仲の良い友人連中とグループで食べるのだが、そんな友人のいない一人で食べる俺の昼食は、いつもと同じ購買で買ったあんパンとジャムパンに牛乳だ。
たまに早めに行くと焼きそばパンにハムカツサンドなど調理パンが売っている時があるのだが、そんなもの買って教室へ戻ろうものなら、ガタイの大きなクラスメイトがすぐさま寄ってきて、お前が買うから俺が焼きそばパン買い損ねたじゃねえか……とかいいがかりをつけ、交換しろと半ば強制的に焼きそばパンとアンパンを交換していってしまうのだ。俺には調理パンを食する権利などこのクラスではないのだ……。
昼食の弁当だって、俺には2歳年上の姉がいるのだが……姉が高校に通っていたころは、母親が早起きして毎日お手製弁当を持たせていた。だが俺が高校に入った時……俺の高校が少し遠くて早めに家を出るのだが、俺が出て行く時間にはまだ弁当は出来上がっていなかった。
そうして帰ってくると、いつも母親にどうして弁当を持っていかなかったの!と怒鳴られ、晩飯代わりに冷えた弁当を食べさせられていた。姉が高校を卒業して大学に入ってからは、もう早起きする元気がなくなったと言い出して、弁当作り自体をやめてしまった。
姉が家を出て大学の寮で生活を始めると、母親は早起きして朝食を作ることさえやめてしまった。父親は以前から朝食は家では食べず早めの電車に乗って出勤して、会社近くの喫茶店でモーニング的なものを食べる習慣があったので、誰もいない朝食の食卓で生のままの食パンをかじり牛乳を飲むと、テーブルの上に置かれた銀貨3枚をポケットに突っ込み登校する……だから昼飯はずっとパンだ。
幼いころから俺は引っ込み思案で人と接することを嫌い、保育園では年少のころからずっと部屋の隅で一人で積み木遊びをしていたそうだ。母親はそんな俺をよく公園に連れ出し、仲の良いママ友の娘である彩佳と遊びなさいと言っては俺たちを放り出し、ベンチでずっとママ友談義を繰り広げていた。
砂場に放置された俺は、当時いつも握りしめていたミニカーを片手に、砂場の凸凹をなぞりながら一人で悦に入っていると……
「文美雄君は車が好きなんだね……なんという車?ねえねえ……速いの?」
最初うちは一生懸命に話しかけてきてくれた彩佳も、微動だにしない俺の背中を見て諦めるのか、すぐさまブランコで遊ぶ女の子たちのグループに混ざって、楽しそうに笑い合って居た。
別に彼女のことが嫌いなわけでもうっとおしいと思っていた訳でもない。どうやって接すればいいのかわからなかっただけだ。
「じーてぃーあーる……」とか答えると、
「へえ……なんだか難しい名前の車だね。それってすごいの?外国の車?速い?」
とか聞いてこられ、一度に言われてもどれに応えればいいのか分からなくなってしまう……。
「日本の車……すっごく早くて有名な車……」とか付け加えようものなら……
「はえ……外国の車だと思った……今でも走ってる?私も乗れる?文美雄君ってすっごく車に詳しいんだね。ねね……どうやって覚えたの?」
とか言われ、こうなるともう何も応えられなくなってしまう。話が終わらない恐怖感が……
別に車のことに詳しいわけでも何でもない。姉のおさがりの絵本や図鑑を見ていて、たまたま開いていたページが日本車のページだったりすると父親が喜んで、ミニカーなどを幼いころは買って来てくれていた。
俺の知識なんてせいぜいミニカーの箱書き程度のものだった。特に興味があるわけでもなかったので、数日で飽きてミニカーはおもちゃ箱の底の方に……そうして俺の開いている図鑑のページが電車だったりすると、父親が今度はプラレールを買ってきてくれたりした。
「ちょっと前までは車のおもちゃを欲しがっていたのに、今度は電車なの?あんまり甘やかしてはダメよ。」
「まあまあ……まだ今は本当に好きなものを探している最中なんだから……」
別にミニカーが欲しいって一言も言ってはいないし、電車だって興味があるわけでも何でもない。俺は読むペースが人より遅いのか……同じページをずっと眺めていたせいかもしれない。はたから見るとそのページのものに興味を抱いていたように、見えたのかもしれないなあ……とも今では理解している。
それでも買ってきてやったものも数日で興味を失い、おもちゃ箱の底にうずもれるようなことが数回続くと、流石に息子びいきの父親も……
「この子は飽きっぽい性格なのかもしれないな。」
「何でも買い与えるからよ……」
「うーん……本当に興味を示すものが出来て、どうしても欲しいので買ってくださいってお願いしてくるまでは、なにも買い与えないようにするか……。」
とか、(何でも買い与えられていた姉に対し)それほど買ってもらっていた記憶もないのだが……しかもおねだりもしていないのに勝手に買い与えてきていたくせに、すぐに興味を示さなくなるのはまるで俺のせいとでも言わんばかりに納得した両親は、どこか出かけても土産は姉にだけで、俺に買ってくることはなくなった。
しまいには祖父や親せきにまで、俺の性格は飽きやすくてすぐに放り出すので、手土産無用などと言い出し始めた。
姉が小学校に入るころになると熱狂的なプロ野球ファンの父は、よく姉と連れ立って球場へ通っていた。
俺も最初のころは一緒に連れて行ってくれたのだが、人が多くて騒がしい場所はあまり得意ではなく、そのうちに顔色が悪くなって、吐き気を催したりした。なんだか人に周りの空気を取られているみたいで、すぐに息苦しくなって呼吸が荒くなってしまうのだ。
最初は人混みが初めてでびっくりしたのだろうと、野球観戦をあきらめて帰って来た父も好意的だったが、2度目はあきれられて次からは姉とだけ球場に向かうようになった。
活発で明るい性格の姉は、父の影響からかリトルリーグに所属したりもしていたが、俺はもっぱら家で姉が買ってきた使い古しのプロ野球選手名鑑を見たり、テレビ中継を見ているだけだった。
父親は学生時代はラグビーをやっていたらしく、体は大きくがっしりしていて、俺も姉も幼い時には父親が両肩に乗せて歩くのもざらで、花火見物の時などは特等席で見られた記憶がある。
姉も女子としては体が大きな方で身長が170あり、男子としては少し小さめの俺とほぼ同じ体型をしている。運動部を掛け持ちする姉に対し家にばかりいる俺に、中学に入ったころまではいつも運動部に入れだのとしつこく言っていたのだが、そのうちにあきらめてくれた。
とてもじゃないけど俺には仲間と一緒になって一つの目標にまい進する、努力する……なんて事出来そうにない。相手がいることだし、もし俺がミスしたせいでそれが叶わなかったとしたなら……人が明らかなミスをしたら腹が立つだろうし……とか考えると空恐ろしくなってしまうので絶対に無理だ。
家にずっと閉じこもっていた俺は時間があったからか、スポーツ観戦でも選手の名前はもとより、バッティングフォームや守備範囲など詳細に詳しくなり、勿論戦術面でもピンチの際の代打などは大抵当てることが出来た。そのうちに望みの代打が出ずに他の代打が凡打に終わると、監督に恨みを抱いたりもしたものだ。
通学はしていたのだから引きこもりという表現は当てはまらなかっただろうが、学校から帰ってからとか休みの日などどこにも出かける当てもない俺は、ほぼ自室にこもっていた。
床屋に行くこともなく、幼いころは母親が家電のバリカンなどを使ってそれなりにカットしてくれていたが、カットに呼ばれることもなくなり、ぼさぼさの伸び放題の髪の毛……たまに覗く少し飛び出しぎみの大きな目がぎょろりとしているからか、同級生らからはギョロと呼ばれていた。
仕方なく今では肩まで伸びると自分でハサミをつかい、髪の毛をカットしている。
あだ名がつくのだからそれなりに注目されていたり親しまれているかというと実はそうではなく、蔑まれているようで、朝教室へ向かうと中から(ギョロ来た)(ギョロ来た)……等と奇異のもの見るような目で見られ、会話が止まるほど雰囲気が変わった。
いじめられていたのかというとそうでもなく、どちらかというと全く無視されていた。空気のように存在を無視されていたのでもなく、どちらかというと避けられていたので、歩く先の人はすぐに左右に避けてくれるので人と接近することもなく、俺にとってはどちらかというと好ましかった。
1人でいる分勉強ばかりして、試験の結果だけはよかったのかというとそうでもなく、俺が興味を示すのはどちらかというと宇宙のこととか世界各地の遺跡……古代史などもそうであったが、資料として読むのは全て姉が捨てようと縛っておいた古雑誌や図鑑だったので、広く浅くといえば聞こえはよいが、この分野だけは……と言えるような深い知識は一切ない。
学校の授業だって、特に大学進学の意思表示もしない俺は参考書を買う金を両親にねだることもなく、姉が高校時代に使用した2,3年前の参考書をたまに読み漁ったりする程度だったから、最新の試験傾向など分からなかったが、授業について行くために予習をする程度には役立った。
最近はタブレットなどを使ってアプリで学習するそうだが、運動部を掛け持ちしていた姉は手軽に持ち運べて落としても平気な書籍がいいと、参考書は紙派だったので助かる。
大抵の授業では講師は例題に関することを簡単に説明していくだけで、昨晩の予習の範囲を逸脱しそうにないと見切り、後は窓の外の桜を眺めて空想に浸っている事が多く、成績は落第しない程度の点数を取れたらいいと、決めていた。留年せずに普通に卒業できればそれでいいと……
ところがそんなある日……
「仙石さんはギョロと付き合っているんだって?幼馴染だってことのようだけど、まさか親同士が決めた許嫁とか?そんな古臭い風習に縛られているのかい?」
昼食休憩後、皆は午後からの体育の授業に備え既に運動着に着替えて校庭へ向かった後の、がらんとした教室……俺はいつものように体調不良を理由に体育をさぼりまったりとした時間を過ごしているときに、突然前方から男の声が聞こえて来た。
クラス委員の彩佳は全員が退出後に不審者がいないか確認してからドアに施錠をしに、わざわざジャージに着替えてから戻ってくるのだ。教室にさぼりの俺が残っていることは関係なしに、彼女は毎回施錠しに戻ってくる。この時ばかりは教室内に俺と彼女の二人きりとなるのだが、いつも通りに何も起こりはしない。
だが……やっかみ半分で、いつもの場面を妙に疑う輩もいるのであろう……嫌な噂が広まってしまったものだ……。
顔を上げると視線の先には、隣のクラスの男子がいた。確かサッカー部で4月から新キャプテンになることが決まっているとかのスポーツマンで、体育系の私立へ推薦入学確実とか噂されている奴のはずだ。
そうか……次の体育は男子はサッカーで2クラス合同だから、隣のクラスも一緒なのだな……。
「まさか……多田羅君は年少のころから知ってはいるけど……そんな親しい間柄なんかじゃないわよ。許嫁って……今どきそんなのあるわけないでしょ?そもそもほとんど口きいたこともないし……。
親同士は仲がいいみたいだけれど、多田羅君のお姉さんの話はよくきくし家に一緒に遊びに来たりもしているけど……多田羅君とは……ここ数年まともに話をしたこともないわね。」
俺が残っていることを見て知っているはずなのに、わざとなのか大声で聞えよがしに話す男子生徒に対し、小声で聞き取れるかどうかぎりぎりに話す彩佳……彼女は気を使ってくれているのであろう。
「ふうーん……だけどギョロのことが話題に出る度に、仙石さんはいつもかばってあげるっていうじゃない。
そりゃあ仙石さんは優しいから……だからかばってあげているのだろうけど、そんなことするからつけ上げるのじゃあないかな……俺が聞いた話では、ギョロの奴……仙石さんは俺の許嫁だって陰じゃあずいぶんと触れ回っているって噂だけれどね……。」
「ええっ……嘘でしょ?」
馬鹿な……俺がそんなこと言うはずないじゃないか……そもそも陰でって……友達もいない俺が話す相手って、誰なんだ?影だろうが日向だろうが、話しかけられる奴なんて一人もいないぞ!
驚いた様子で目を見開き、俺の方へと視線を移す彩佳……俺はすぐさま立ち上がって奴の所へ行き、誰がそんな根も葉もないうわさを流しているんだって突っかかって行きたい衝動に駆られたが、聞こえよがしに話していたとはいえ、言ってしまえば盗み聞き……人の話に聞き耳立てているんじゃねえよ!と、逆に掴みかかられかねない……ちょっと浮かした腰がすぐに引けて、俺は小さく首を振るだけで何もできなかった。
「うっわ……私……彼のこと見そこなっていたわ……おとなしい性格で人のこと、変な風に言う人だとは絶対に思っていなかった……今日……お母さんに言っておくわ……多田羅君のお母さんからも注意してもらわなくっちゃね……。」
俺の方へと敵意丸出しの鋭い目つきで睨みつけるようにしながら立ちあがり、出口へと向かう彩佳……待ってくれ……俺の方へきて、ほんとなの?とでも聞いてくれ……俺は話の内容をもう一度聞きなおしてから絶対に違うって言うから……。
だが彼女は振り返ろうともしないで、只出口へと向かって歩き出す。
「はあ……よかった……実は俺……仙石さんのことちょっと気になっていて……。」
追いかけながら彼女の背中越しに声をかけるサッカー男子……ちいっ……俺を出しに使って言い寄るつもりだったのか?
何もできなかった俺は一人教室に残され、蹲って泣くしかなかった……母親にまで言われたなら……ますます家での待遇が悪くなってしまう……今だって晩飯時にキッチンへ降りて行ってもいい顔されないので、家族が食べ終わってから一人だけラップをかけられた1膳めしを食べて、俺専用の食器は自分で洗って片づけているというのに……食事の支度すらやめられたらどうなる?
これはもう……死ぬしかないのか?
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