第4話 母上、ブチ切れる
「痛っ!」
自室のベッドで叫び声をあげた。
あの後、病院へ運ばれ怪我の治療を受けた。
骨折は無かったがあちこち酷い打撲だった。
あれは見事なドラゴンスープレックスだった。
かつて武道の達人が姫を浚ったドラゴンを退治する際に使ったと言われる大技だ。
腕の力だけでなく投げる際には強靭なブリッジ力も要求される。
格闘技の授業でも一応習ったが正直難易度が高くまともに打てたものは居なかった。
いや、ケイト君は割と普通に使ってたか……驚異の身体能力だ。
治癒魔法で回復を早めてはいるが治っていく過程でも痛みは感じる。
だが身体の痛みなど大して気にならなかった。
それよりも問題なのは……
「くそっ!!」
両手で顔を覆い唸った。リリィ君の顔が思い出される。
泣いていた。僕が泣かせた。僕が傷つけてしまった。
大人しい女の子なのに。家族思いの優しい子なのに。
「おい、ユリウス。入るぞ」
母上の声がした。
そして返事をする前に扉が開けられる……脚で。
母上はこのモンティエロ家の当主であり紛れもなく貴族の血統だ。
なのだが……結構粗暴でかつ豪胆な女傑だ。
若い頃は冒険者をしていたらしいがその頃の事はあまり話したがらない。
「随分と手痛くやられたな。大丈夫か?」
「は、はい。まだ痛みはありますが我慢できます」
モンティエロ家の嫡子たる者、この程度で弱音を吐いてなどいられない。
「いい心がけだ。お前を殴ったのって……レム家の次女だよな?リリアーナって子」
「は、はい……」
母上は自分の右手首につけた大きなブレスレットをさすっている。
これは……かなり怒っている時に母上がする仕草だ。
息子がこんな目にあったのだから無理はない。
だが実際の所、原因はこちらにある。
それをしっかりと話しておかなければいけない
「あの、母上。聞いて欲しい事があり……」
「ひとつ確認したいことがある。手前、今回の件でそのリリアーナって娘に『何も』してねぇよな?」
被せる様に浴びせられた質問。
背筋に冷たいものが流れ心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
「そ、それは……」
「あたしの目を見ろ。嘘はつくなよ」
その言葉に慌てて母上の目を見る。
まるで猛禽類の様な鋭い視線だ。
嘘など付こうものなら一瞬で看破されてしまうだろう。
「例えばの話だが………………………………人気の無い所に連れ込んで無理やり人に言えない様な事をしたとか」
「ち、違います。そんな事、天上の女神様に誓ってしてません」
母上は人をからかうのが好きな人だ。
だが今回の言葉がそういった類のものでは無かった
息子がよそ様のお嬢さんを傷モノにした可能性を考えて聞いてきたのだ。
だから僕は正直に話した。
彼女の姉をからかう為にデートに誘った事を。
そしてすっぽかし笑いものにしてやろうとしたら彼女が現れてこうなった、と
「そうか………………………………ッ!このバカ息子が!!」
怒声と共に腹に母上の拳が僕の頬を直撃した。
既にケガをしている部分で治癒魔法で一度は閉じていた傷が開いた。
口の中に血の味が広がる。
「クソッ!なんかおかしいと思ったらそう言う事かよ。まあ、最悪の事態は避けられたが……それにしたって……バカが!」
今まで頬を叩かれたことは何度かあった。
だが拳で顔面を殴られたのは初めてだ。
「ご、ごめんなさ……」
「その言葉は手前が傷つけたあの子達に使え!はっきり言うが今日ほど自分の息子を情けないと思ったことは無い!」
そう、とてつもなく愚かな事をした。
母上には小さい頃からよく言われていた。
重要な事は何処に生まれたか、ではなくそこで何をしたかなのだ。
だが同じ貴族血統の仲間に囲まれていく内に特権意識の様なものが芽生えその言葉をないがしろにしてイキがっていたのだ。
「……これから、学校でリリアーナの親達と話をしてくる。学校側はウチに忖度しようとするだろうがあたしは許さないからな。覚悟していろ!!」
そう言い捨てると母上は扉を乱暴に締めて出ていった。
ああ、つくづく情けない男だ。
彼女のあの涙が、相変わらず頭から離れなかった。
こぼれ話
シャーリィが右腕にブレスレットを嵌めているのは一応意味があります。
もしユリウスがリリィを傷モノにしていた場合は息子を殺して自死するつもりでした。