第3話 涙
彼女をからかって貴族と平民の違いを思い知らせてやろう。
そう思った僕はケイト君にデートを申し込んだ。
思いがけない誘いに彼女は喜んだ様で二つ返事で頷いた。
後は当日に彼女をすっぽかして笑いものにしてやるだけだ
「悪いやつだなぁ。でもあの平民女、どんな顔するだろうなぁ」
「どれくらいまで馬鹿みたいに待つか賭けをしたら面白いんじゃないか?」
街中を歩きながら仲間達と笑い合う。
何となく彼女なら夜まで待っているんじゃあないだろうか。
まあ、それはそれで彼女に『わからせてやる』事が出来るだろう。
貴族と平民は住む世界が違うのだと。
「僕は感謝されてもいいくらいだと思うよ?」
そんな言葉を放った次の瞬間だった。
「あんた達、ちょっと待ちなさい!!」
僕達の前に現れたのはケイト君がずっと気にかけている次女、リリィ君だった。
「おや、リリアーナ君だったね。いったい何かな?」
「ユリウス、あんた今の話、本当なの?ケイトとのデートをすっぽかすって……ケイトを笑いものにするって」
どうやら聞かれてしまったようだ。
「……その通りだよ。いいかい?貴族と平民は違うんだ。それをわきまえないと社会で痛い目を見ることになる」
「あんた、何様のつもりよ!ふざけないでっ!あんた、ケイトがどんなに喜んでいたか……どれだけ明日を楽しみにしていたと思ってるのよ!」
彼女は目に涙を溜めながら叫んでいた。
僕がデートに誘ったのは彼女の姉である彼女ではない。
それなのに何故彼女は怒っているのだろうか?
だが……何だ、胸が痛む。
「許せない。あたしの家族の気持ちをそんな風に……絶対許さない!」
「許せない……か。ならどうするんだい?」
次の瞬間、僕の顔面に彼女の拳がめり込んだ。
彼女は瞬く間に僕達を叩きのめし更には倒れる僕に関節技を掛けて来た。
技を掛けられながらある事に気づく。
僕の身体に触れている時、彼女は明らかに震えていた。
だからだろう。関節技もしっかりと極まりきっていない。
かつて格闘技の授業で見かけた彼女の関節技は完璧に極まっていた。
だが今この関節技は抜けようと思えば僕でも抜け出すことが出来る。
何で急に精度が落ちた?
最初は怒りに震えているのかとも思ったがそれだけではない様子だ。
もしかして…………………彼女は男性が怖いのか?
ケイト君と妹君が彼女をガードしていたのはそういう理由だったのか。
男性が怖い彼女を守っていたということなのか?
この震え方からかなりの重傷だと思われる。
だがそれなのに、触れるだけで震えてしまうのに今こうやって関節技を掛けている。
何故だ?怖いのに何故そこまでする?
ふと、彼女を見ると……泣いていた。
その悲痛な表情を目にした僕は雷に打たれたような感覚を覚え同時に今まで頭にこびりついていた友人の言葉が剥がれ落ちていった。
僕はもしかしたらとんでもない事をしてしまったのではないか。
貴族と平民の違いを教えてやるとか息巻いていたが僕のした事は……
そう、彼女は家族の為に怒っているのだ。
涙を流し男性に対する恐怖に抗いながら僕に攻撃をしている。
そうか、僕は彼女たちの想いを踏みにじったのだ。
何が貴族だ。何を思いあがっていたのだろう。
そんなの、貴族の……いや、人間のすることでは無い。
「ぼ、僕は……」
次の瞬間、僕の身体は宙に浮き、そのまま頭から地面に叩きつけられた。
こぼれ話
リリィは基本男性には投げ技などを掛けられません。ただ、この時無理矢理ユリウスに対し関節技や投げ技をかけたことでショック療法的な感じで少しだけマシになりました。また、ユリウスに関しては結構な耐性がこの時についていた事が後に家族が検証した結果判明しました。