第26話 真実
レム家を訪れ、門を叩く。
応対してくれたのはリリィ君の母親、メイシーさんだった。
「ユリウスさん……申し訳ないですが娘は今……」
「会わせて下さい!!」
彼女の言葉を最後まで聞かず僕は言葉をかぶせた。
失礼な事は重々承知している。だがここで引き下がる事だけはしてはいけないと直感で理解していた。
だから……
「お願いします!彼女に会わせていただきたい!!僕は彼女の力になりたい!いえ、ならなくてはならないんです!!」
10年前にしたように玄関に頭をこすりつけ懇願した。
「…………ああ、これがケイトが言っていた『DOGEZA』ですか」
メイシーさんは肩を落とし息を吐いた。
「仕方ありませんね。こんな所をご近所に見られても困りますし、入ってください」
僕は家の中へと招かれる。
家の中は静まりかえっており重苦しい空気が充満しているのを感じた。
そう、かつて彼女が行方不明になった時に流れていたあの空気に似ている。
その事が事態がかなり重いものだというのを物語っていた。
僕は居間で待たせて貰う事となった。
「…………もしかしたらこれは運命かもしれませんね」
「え?」
「ユリウスさん、人生というのは『選択』の連続です。そして私は今までの人生で幾つか大きな選択をしてきました。この事はかつてあの子が異世界へ家出した際にも話したのですが……敢えて隠していた『選択』があります。それが正しかったかはわかりません。ですが私達もその『答え』と今夜向き合わなければならなくなったのかもしれません」
「は、はい」
「出来る事なら、あなたがこうやってここに来てくれた事があの子にとって最善の選択であることを、親として祈りますよ」
告げるとメイシーさんは彼女を呼びに上階へと上がって行った。
それと入れ替わる様に現れたのはリリィ君の妹、リム君だった。
「ユリウスさん。あの……」
「やぁ、リム君」
「……リリィ姉様はあなたに出会う前に起きた出来事により深く傷ついています。それは恐らく、一生付きまとう程の大きな傷です」
かつてアリス君が僕にリリィ君の事を託した時、こう言っていた。
彼女は現在進行形で『壊れたまま』だと。絶望のあまり『人生を諦めている』、と。
「この後、あなたはそれを知る事になるかもしれない。その、もし知ったとして……お願いです。『逃げないで』ください。もしお姉さまを救い出せるとしたらそれは……」
「ああ。それは僕の役目だ」
「……お願いします」
告げ、リム君は居間から去って行った。
その目には涙が浮かんでいた。
□
それからしばらくして、彼女がやって来た。
いつものような活気あふれる様子では無く酷く憔悴していた。
「やぁ、リリィ君。こんばんは」
なるべくいつも通り、自分らしく言葉をかける。
今の彼女はそう、出会った頃によく見せていた陰のある表情をしていた。
「ユリウス…………あんた何でここに。ベリンダと食事に行く約束をしていたんじゃないの?」
そうか。やはり彼女が関わっているのだろう。
「ああ。確かに食事に誘われたね。だけど君の様子を皆から聞いてね。それどころじゃないと丁重にお断りしたよ」
「ちょっと、何でそんな……」
「何故かだって?君は僕にとって大事な人だ。そんな君の様子がおかしいのに呑気に食事などしていられないさ。それに、正直なところああいう女性は苦手でね」
彼女を見ているとまるで昔の自分を見ているようで不快であった。
元貴族の家柄。たったそれだけで選ばれた特別な人間だと勘違いをして人を傷つける様な、そんな姿はとてもじゃないが許容できない。
リリィ君は彼女が何か言ってこなかったか随分と気にしていた。
僕は彼女に対し『狭量な貴族』と言い捨てた旨を話した。それに対し少し驚いたような表情を見せた。
「そうしたら言われたよ。君のとんでもない秘密を知っている、とね」
「――ッ!!」
僕の言葉を聞き彼女は目を見開き、そして膝から崩れ落ちた。
「リリィ君!?」
慌てて駆け寄るが待っていたのは……
「お願いだから触らないで…………」
拒絶、そして絶望で塗りつぶされた表情だった。
「ベリンダの言う通りよ。私はね、そういう女なの。そうよ、だから逃げるように転校してきたのよ。だから男の人が怖いの!!」
何を、言っているんだ?
「え?」
その後、彼女の口から飛び出した言葉。
それが全ての『答え』だった。
「聞いたんでしょう?私が転校前の学校で乱暴されたって。あれはね、本当の事なのよ!!」
「!?」
□□
最初、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
転校前の学校で……乱暴された?
だがその言葉の意味を理解した瞬間、全てが繋がった。
何故、急にあんな時期に転校して来たのか。
あそこまで強い彼女が男性を怖がっていた理由。引きこもっていたという理由。
彼女の姉妹があそこまで彼女にべったりついていた本当の理由。
『人生を諦めている』という言葉の意味。
そしてあの時、母上が見ていた彼女に関する身辺調査報告書が示していた意味。
世界が傾きそうな、そんな感覚だった。
だがリム君が言っていた『逃げないで』という言葉が甦り気を確かに持って彼女を見た。
かつて僕達の始発点となった時とは比べ物にならない量の涙を流しながら彼女は自分の身に起きた事をぶちまけ始めた。
「あの冷たい床の感触。トイレに響ている自分の泣き声、そしてあの男の声や息遣いがずっと頭にこびりついているのよ!思い出さないようにしたって不意に蘇ってくることがある!目を瞑っても、夢の中であの時を繰り返したりするの!」
彼女はその事実を親に言うことが出来なかった。
知られたくなかった。苦しくて、恥ずかしくて、悔しくて。
だから、ケイト君やアリス君たちに頼んで3人がかりで親に隠し続けた。
「ずっと自分が嫌いだったのよ!こんなにも自分は弱いんだって。汚れてるって!あんたと出会って、異世界から戻って来て、少しはましになったと思っていた。でもそんな事は無かったのよ。ずっと追いかけてくるの。ささやかな幸せを願う事すら私には許されていなかった」
追いかけてくる。
恐らくはベリンダ君はその事実を何かしらの手段で知ったのだろう。
そしてそれを突きつけたのだ。とんでもない事をしてくれる。
「わかったでしょ?ベリンダの言う通り、私は………………」
「リリィ君、君は何も悪くない」
その言葉は自然と口から出た。
彼女は自分を嫌悪して責めている。
そうだ母上も言っていた。
もし彼女が背負っている重い物について打ち明けて来た時は……
『絶対に逃げるな』と。
「何でそんな事言うのよ……そんな…………」
「辛い事なのに話してくれてありがとう。今こうやって話してもらうまで何も知らなかった自分が情けない。君と向き合っているつもりだったのに全然違う所を向いていた様だ」
本当に情けない。
もっと早く気付いていれば今日みたいなことは起こらなかったかもしれないのに。
ふと、彼女が変な顔をしている事に気づく。
「……ユリウス、今あんた……この話を初めて聞いたみたいな風に言わなかった?」
「ああ。初めて聞いたよ。君がそんな風に抱え込んで苦しんでいることに気づかなかった自分の不甲斐なさに腹が立つ」
「…………えっと、ベリンダから私の過去を聞いたんじゃなかったの?」
「いや、聞いてないよ。『それくらい知ってる』って言い捨てて出て来たから」
「え?」
まったく、恥ずかしい限りだ。
とんでもない勘違いをしていた。
僕はてっきり彼女が学生時代に隠していたお菓子についてと思っていたのだから。
その事を伝えると……
「えっ……嘘でしょ?まさか…………あんた本気で?」
彼女は頭を抱えながら立ち上がりソファに腰を下ろしのけぞった。
「信じられない……もう最悪」
さっきとは違う気まずい空気が流れる。
いや、今少し和んだというか、何というか。
だが依然として状況は深刻だ。彼女が傷ついていることに変わりはない。
えーと、僕に出来る事は……
「あの、リリィ君それでなんだが……今の話を聞いた上でだ。改めてボクは君に交際を申し込みたい。君を傍で支えていきたい。僕は世界中の誰より君の事が好きなんだ」
情けない事にいつも通り彼女に想いを伝えるということであった。
だが、予想だにしない言葉が彼女の口から出た。
「その男からの告白何とかしてよ…………まあ、そういうちょっとダサいとこも含めてあんたの事が好きになっちゃったんだけどね……」
「え?」
あれ?今、『あんたの事が好き』って言葉が聞こえた気がするんだが。
「…………………………………………あっ」
彼女は自分の口から出た言葉に気づき硬直。そして頭を抱え震えていた。
間違いない。脳内で何回も繰り返して反芻しているが間違いなく『好き』と言っていた。
「リリィ君、つまり僕たちは両想いって事で……いいんだね?」
「そ、そうね…………」
な、何と!今まさに10年に及ぶアプローチが実を結ぼうとしている。
「それでも……付き合ってくれないのかい?」
「駄目…………だって私は現在進行形で壊れてるの。フラッシュバックするし、男の人は怖いし」
いつから彼女は僕を好きになってくれていたのだろうか。
いや、今はそんな事どうでもいい。この機を逃してはならない。
「一緒に乗り越えていこう。僕達ならそれが出来る。僕が補う。だから傍で支えさせてくれ」
「ううっ~!」
明らかに彼女の顔は紅潮していた。
「…………私はこんなだから手を繋いだりハグしたりできないよ?」
「君にはドラゴンスープレックスという素晴らしい愛情表現があるじゃないか」
よくよく考えたらおかしいのだがあれは今思うと完全に『愛情表現』な気がする。
というかそもそもドラゴンスープレックスで僕は目覚めたわけだし。
「キスも……多分無理。その後とかも当然……」
彼女はそう言うのだが何というか自分でも驚く程にそういうものに……いや、興味が無いわけではないのだがね。
「愛というのはそれが全てじゃないだろう?」
驚く程すんなり言葉が出てくる。
肉体的なふれあいの有無など気にならない程に、彼女の傍に居続けることが出来るという喜び。
これ、もはや結婚してもいいレベルでは無かろうか?
「…………それじゃあその、こんな女だけど…………お願いします」
ぼそぼそと呟いた言葉。
この瞬間、僕の10年間に渡る戦いはひとつの節目を迎えた。
そう。僕達は正式に恋人関係になったのだ!!




