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9. 出会いは突然に



「じゃあ行ってくるな」

「ああ、行ってらっしゃい。今日は俺、仕事で帰らないから戸締りして寝ろよ」

「はいはい、了解っと」


 俺は毎日、ムスリクの家から城の地下を根城にしているブラン婆さんのところに白魔術を習いに行っている。

 今日もいつも通り城に到着すると庭に見知った顔が見えた。


「おーい! エペー!」

「ジンノ!」


 彼女に駆け寄った。


「何してんだ?」

「今日は城の兵士と剣技の演習。いつ闇の王との戦いが始まってもいい様に戦力の拡充をしなくちゃいけないもの」


 俺の見えないところで、こいつらは着々と闇の王との戦いに備えている。俺だけ何もしていないわけにはいかない。


「そっか。俺も頑張らないとな」

「ふふっ、そうね。聞いたわよ。ブランさんのとこに弟子入りしたんですってね」

「そうなんだよ。本当にあの婆さん、性悪だよな」

「ああー……まあねえ……」

「だよな? セイヴはあの婆さんに破門にされたって聞いたぞ」


 俺の言葉にエペは言い辛そうに、苦笑いを浮かべて答えた。


「それは、あの子に白魔術の才能が壊滅的に無かったからよ。それなのにあの子は諦めようとしなかったから時間の無駄だ。お前は剣術でも極めていろって破門にしたらしいわ」

「あの婆さんも随分とばっさり切り捨てるよな。そんなだからセイヴが自信を無くすんだよな」

「それは、否定は出来ないわね。でも、そこで唯一習得した応急処置のスキルはかなり役立ったわ。だからまあ、全てが無駄ってことはなかったのよ」

「そのおかげで俺もあの婆さんを紹介してもらえたしな」

「そうそう。無駄なことなんて何も無いのよ」

「いいこと言うじゃん」


 俺はエペと別れ、慣れた足取りで螺旋階段を降りてブラン婆さんの部屋に飛び込んだ。


「婆さん、来たぞ!」

「騒々しいねえ。もう少し静かに入って来れないのかい」

「悪い悪い」


 何だかよくわからなかった書籍『初めての白魔術』も婆さんの解説を交えると面白い程すんなりと頭に入ってきた。やはり女神だけある。俺、凄いじゃん。まあ後。ブラン婆さんも流石。

 俺はどんどん白魔術を吸収していった。


「お前、わしのことをお姉様と呼ぶ約束はどうしたんじゃ」


 修行中に雑談を交えるくらいになった頃、婆さんが呟いた。


「え? いやー……だって俺の方が背も高いし胸もでかいしな? どちらかと言うと俺のがお姉様って感じじゃね? 婆さん、見た目餓鬼じゃん」

「背なんて大してかわらんじゃろ! 胸は、まあいいわ!」

「それにお姉様より婆さんの方がしっくりくるしな」

「まったく……生意気な弟子じゃ」


 俺は白魔術をモノにしていっているし、セイヴもエペもムスリクもそれぞれのやるべきことをやっている。あとは闇の王が現れて倒しさえすればハッピーエンド、世界は平和になって俺は美世子を探せるのに。

 闇の魔王は未だに現れる気配もない。



 ***



 その日のブラン婆さんとの修行を終え、城の外に出ると既に日は沈み切っていた。腹も減っていたし早く帰りたかった。

 大通りを行くよりは裏路地を行ったほうがムスリクの家までは近い。俺は迷わず裏路地に足を踏み入れた。


 昼間に通ったことはあるが、夜は初めて通る路地裏は何だか閑散としていて気味が悪い。さっさと走り抜けてしまおうと足を早めたとき、前方の暗い影の中から突然人が飛び出して来た。


「うわっ」


 急に止まることも出来ずに人影に勢いよくぶつかってしまった。だが、人影は倒れることなく俺の体を受け止めた。

 それは黒く長い髪を持っていて一見すると女性の様にも見えたが顔立ちの整った長身の男であった。黒いローブを羽織った美丈夫は闇に紛れる様にして立っている。俺がぶつかった事をものともせずに虚な瞳だけが俺をじっと見つめた。


「あの、ご、ごめんな?」


 恐る恐る謝るが、彼はうんともすんとも言わない。


「っ……えっと、本当にごめん! じゃっ!」


 その赤い瞳に見つめられるとどうにも落ち着かなくて俺は逃げるように男の横をすり抜けた。


 心臓が痛い。鼓動が速くなっているのがわかる。走り過ぎたせいか? それともあの男のせいだろうか。何だ? わからない。これは恐怖か、それとも。


 無我夢中で走っていたら気がつくと見たこともない場所だった。曲がり角を見過ごしてしまったのか。振り返って暗闇を見つめる。あの男のところに少しでも戻ることが怖かった。だが仕方がない。俺は力なく路地を歩いて戻った。足が重い。またあの男に会ったらどうしよう。追って来る気配はなかったし、大丈夫だとは思うが。心臓は相変わらず痛い程に高鳴っている。


「え?」


 突然だった。無数の腕が俺に向かって伸びて来て、体の自由を奪われた。


「な、何すんだよ!」


 抵抗虚しく相手はびくともしない。俺に触れて消し飛ばないということは魔物ではない。人だ。


「離せっ! 離せよ!」

「威勢がいいなあ。お嬢ちゃん、こんな路地裏に一人で居たら危ないぜえ」


 耳元でゾッとするようなねっとりとした声で囁かれた。全身に鳥肌が立つ。流石に俺でもこれは不味いとすぐにわかった。気分が悪くなって吐きそうだ。


「嫌だ。離せって」

「こんな上玉が転がり込んで来るなんて俺たちゃ運がいいぜぇ」


 体中を虫が這い回るような嫌悪感を感じた。人の手だとは思えない。男だったら激しく抵抗して相手の顔を殴れたかもしれないが、今の体では抵抗することも出来ない。

 こんなところで俺は……美世子……。お前に会うことも出来ずに……。情けねえ。


「美世子……」


 思わず呟いた声は誰にも届かない。


「えっ、うわあ! な、何だ!?」


 突然男達が奇声を上げて地面に転がった。見ると男達の四肢や首には黒い紐のように細長い影が巻き付いている。

 程なくして男達の呻き声が聞こえなくなると、暗がりの中からあの美丈夫が音も立てずに現れた。俺は体が硬直してしまい一指も動かすことが出来ない。そうしていると男は俺の目の前にしゃがみ込み、俺の頭、顔、肩と触れ、そして離れた。男の手は酷く冷たく体温が無いようだった。


 それからすぐに男は再び闇の中に溶けるようにして消えた。


 完全に男の気配が無くなってからようやく解放された様にどっと汗が吹き出して来た。あの男の前で俺は一言も発することが出来なかった。あの男は駄目だ。怖い。


「こいつらは……生きてはいるみたいだな」


 辺りに倒れている男達に息があることを確認してから俺はそいつらを放置して一目散にムスリクの家へと帰った。

 脳裏にあの男の顔がこびりついて離れない。あの男ことを頭から振り払おうと必死に別のことを考えようとしても、無駄だった。どうしたってあの男が浮かんでくるし、心臓の音も煩い。


「俺、どうしちまったんだ」


 この感覚には覚えがある。だけどそれを認めるわけにはいかない。こんなのは嘘だ。嘘だ。




『女神ジンノ、×××に出会う』






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