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8. 熱烈白魔術宿!!



「おーい! セイヴ! いるかー?」


 乱暴に扉を叩くと嫌そうな顔のセイヴが顔を出した。


「何?」

「白魔術、勉強するぞ!」



 ***



 リビングのテーブルの上に本を広げ、頭を捻る俺をセイヴが対面から心底面倒臭そうな顔で眺めている。


「駄目だ。さっぱりわからん」

「白魔術なんて一朝一夕に覚えられるもんじゃない」

「何かわかる気がしたんだけどな。それに光の女神と言うからには女神パワーで何とか出来る気がしねえか?」

「しない」

「冷てえの」


 唇を尖らせているとセイヴが溜息をついて立ち上がった。


「え、何処行くんだよ?」

「先生のところだ」

「ええ! 予定合ったのかよ」

「ジンノも行くんだよ。白魔術の先生のところなんだから」

「おお!」

「本で学ぶより専門の先生に教えて貰った方が早い」

「セイヴ、ありがとな!」

「べ、別に……」


 耳が赤くなっている。照れているんだな。可愛い奴め。


 白魔術の先生と言うのは王宮専属魔術師の人らしい。セイヴについて行き、昨日は入らなかった城に入った。大理石の床がつやつやと輝く美しい内装に、わくわくしてしまっても仕方ないだろう。こんなところ初めて入るんだ。

 城の使用人達はセイヴを見ると皆、会釈をしたが彼は誰にも挨拶を返さずにずんずんと進んで行く。


「なあ、皆お前に挨拶してんのに無視することないんじゃないか?」

「全員に挨拶していたら日が暮れる。貴女はまだ公になっていないからいいが、女神だと分かれば皆同じ様なことをする。そうすれば俺の気持ちがわかるさ」

「そう言うもんかね」


 国営図書館よりは小さいが、それでも広々とした書庫の奥にある扉を開けると、地下へと続く螺旋階段があった。


「先生はいつも地下にいる」

「うげえ。疲れそう」

「行くぞ」

「あ、待てよ」


 セイヴは慣れた調子で降りて行くが、俺は長い螺旋階段を見ているだけで目が回りそうだし、所々にあるランプに照らされているだけで辺りは薄暗い。足を踏み外してしまいそうで心臓が早鐘を打っている。


「待てってば! ここ怖いって!」


 震える声で叫ぶとセイヴは俺を振り返り、手を取った。


「気を付けろ」

「最初からそうしてくれ」


 ゆっくりと慎重に降りて行った先には古ぼけた扉があった。


「入っておいで」


 セイヴが軽く戸を叩くと中から嗄れた老婆の声がした。


「先生、お久しぶりです」

「え、この子が先生!?」


 中に居たのは可愛らしい白髪の少女だった。


「これが女神かい」


 一瞬聞き間違いかと思った。


「何見てるんだい!」

「女の子から……老婆の声が……」


 言い終わらないうちに少女に老人用ステッキで殴られた。


「いったあ!! いきなり何すんだよ」

「わしは可愛い女の子じゃろが!」

「嘘つけ! ばばあの声が隠せてねえぞ!」

「なんじゃとお! って、あいたたた……こ、腰が

 ……」

「え、おい。大丈夫かよ」


 腰を押さえて蹲み込んだ少女の姿をしたばばあに近寄ると額をデコピンされた。


「嘘じゃ。あほ」

「こんのくそばばあ……」

「先生」


 セイヴの声にばばあは顔を上げた。


「何じゃ。お前に教えることは何もないぞ」

「俺じゃありません。ここにいる女神ジンノに白魔術を教えて欲しいんです」

「……ふん。この口が悪い女に白魔術の才能があるとは思えないね」

「才能が無いのであれば切り捨てて下さい」


 ばっさりと言い放つセイヴをばばあは睨みつけ、それから俺を見た。


「あんた、女神の癖に白魔術も使えないのかい」

「悪いかよ。知らねえもんは使えねえよ。だから教えてくれって言ってるんだ」

「ふん。……いいだろう。まずはあんたの才能を試させてもらうよ」

「お、おう」


 ばばあはステッキから鋭い刃物を抜き出した。


「隠し刀!?」


 そして勢いよくセイヴの腹を突き刺したのだ。


「なっ! ばばあ何しやがる!」

「さあ、お前に白魔術の才能があるというなら今ここでその才能を見せて勇者を救ってみせろ」

「はあ? んなの無理に決まってんだろ! セイヴ! しっかりしろ」


 床に倒れ込んだセイヴを抱き起こすと腹から血が溢れている。あり得ない。こんな酷いことをするばばあが白魔術の先生だと? んな馬鹿な話があるか!


「う、う……」

「セイヴ!」

「このままだとその子は死ぬよ。お前が助けられないと言うのなら助けられるのは、わしだけじゃ」

「畜生……。ばばあはセイヴの先生なんだろ! 助けろよ!」

「その子は破門した生徒さ。情も何もないね。だが、でもそうだねえ。お前がわしのことをばばあと言ったことを詫びてこれからは心を入れ替えて頑張ります。是非貴女の弟子にして下さいと言えば助けてやらないこともない」

「はあ!?」

「あとはわしのことはこれからお姉様と呼ぶと誓え」


 ふざけたことを言っているのはわかる。でも、このままではセイヴが死んでしまう。


「……っ」

「何じゃあ? 聞こえんぞお?」

「ばばあって言って悪かった! これからは心を入れ替えて頑張るからあんたの弟子にしてくれ! お姉様!!」


 息もつかずに叫ぶとばばあはにんまりと笑った。


「よーしよしよし、いいじゃろう。合格じゃ。わしの言う事を聞かない弟子なんていらないからね」


 ばばあがセイヴの腹に手を当てるとみるみるうちに傷が塞がった。


「セ、セイヴ? 大丈夫なのか?」

「勇者が腹を突かれたくらいで死ぬわけがなかろうて。演技じゃよ。それにそもそも、お前さんは光の女神なんだから白魔術の才能は溢れるほどあるに決まっとるじゃろ」

「は?」


 呆然とする俺をよそにセイヴは何事もなかった様に立ち上がり服についた埃を払った。


「ジンノ、すまない」

「お前……俺は本気で心配したんだぞ……それを……お前……」

「お、おい。泣くな。死ぬ程ではなかったが痛かったは痛かったんだ」

「泣いてねえよ。あほ。あほセイヴが!」


 安心感から体が脱力して力が入らない。目の前で人が死ぬかもしれないなんて状況に合ったのは初めてだった。こいつらにとっては日常茶飯事のことなのかもしれないが元平均的日本人の俺には大分堪える。


「ばばあも趣味の悪いことしやがって……」


 睨みつけるとばばあは飄々とした調子で口笛なんて吹いてやがる。


「んー? 聞こえんなあ。わしのことはお姉様と呼ぶ約束じゃろうて」

「……お姉様、趣味が大変悪うございますよ!」


 やけくそ気味に吐き捨てるとばばあは腹を抱えて笑ってから老人用ステッキで俺の顎をくいと持ち上げた。


「くっくっくっ。だがこれで、お前も白魔術の大切さがわかったじゃろう? きっちりかっちり教え込んでやるから覚悟せえよ?」

「臨むところだ……ばば、いや、お姉様。その技、きっちりかっちり盗んでやるよ!」


 俺は腰を抜かしたまま、ばばあにそう宣言した。





『女神ジンノは白魔術師ブランに弟子入りした』





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