6. レッツ王都観光
痛む頭を押さえて体を起こすと服が何処かにいっていることに気がついた。床に転がっているムスリクを叩き起こして無理やりだぼだぼのシャツを奪ってから洗面所で顔を洗う。自分の顔を見ると真っ白だ。
「ああー……飲み過ぎた」
久々に二日酔いになるまで飲んだ。美世子と暮らすようになってからは会社の飲み会も一次会で帰るようにしていたし、友人と朝まで飲み明かすことも控えていた。だが、時たま飲み過ぎて苦しむ俺に美世子は温かい味噌汁を作ってくれたっけな。
「美世子……ううっ……」
まだ酒が残っているのか泣けてきた。美世子の味噌汁が飲みたい。
そんな俺の背後でバタバタと激しい足音と共にエペがトイレに駆け込んだ。清涼感ある音楽で掻き消さなくてならない激しいリバース音。だが、俺はそんなの気にせず洗面所で泣き崩れた。
「おはよ……何か俺の服が無くなってんだけど、って何やってるんだ?」
のそのそと起き上がってきたムスリクはこの現場を見て気怠そうに呟いた。
***
どうやら俺の服はムスリクの家で俺が嘔吐した際に捨ててしまったようだ。それを聞いた俺は一目散にゴミ入れに押し込められた吐瀉物塗れの服のポケットから美世子の指輪を救出した。失くさない様に自分の薬指に付けてみるとぴったりだった俺はそっと指輪を撫でて安堵した。
エペは二日酔いでふらふらになりながら家に帰って行った。家にはセイヴもいるし心配はないだろう。
ムスリクの家でしばらく休んでいると俺の頭の痛みも引いた。
ベッドの上で無意味にごろごろと体を動かしていると、だぼついたシャツからのびる自分の素足が見える。
自分のことながらムスリクのだぼだぼのシャツを着るとなかなかにエロい。美世子がこんな格好していたら……やばいな。なんて煩悩塗れのことを考えたりした。
「今日はどうすっかなー」
煩悩を払うために手近にあった雑誌を手に取ると『筋肉現代』の文字。文字も日本と同じとは都合が良いな。
「王都の案内でもするか?」
筋トレ中の汗まみれで熱苦しいムスリクが言った。
確かに俺はこの世界に来てから王都を見て回っていない。
「いい考えだな。頼むよ」
「ああ、後100回スクワットするまで待っていてくれ」
「ああ。ていうか、お前何で上半身裸何だ?」
「君に奪われたからな」
「いや、新しいの出せよ。つか、俺に新しいの出せよ」
「ふっ……筋肉は見られてこそ輝くものだ。こうして自分の筋肉の動きを見ながらトレーニングすることでより効果的に美しい筋肉に仕上げることが出来る」
「はいはい。ったく……話聞いてねえな」
「はあっ!!」
掛け声を上げながら汗を撒き散らすムスリクを俺はベッドの上で腹をかきながら待った。
***
ムスリクのだぼだぼシャツとだぼだぼズボンをベルトで留めて何とか外に出られる格好になった。
「よっしゃ、何処行く?」
「とりあえず、城にでも行くか?」
「いいな。まだ王様の顔も見たことないしな!」
「あー……でも王様には会えないかな」
「何でだ?」
「いや、ほら、大臣が裏切り者だったからさ。王様、ショックで寝込んでいるんだ。かなり信頼していたからな」
「……確かに信頼していた相手に裏切られるってショックだよな。じゃあ今日のところは外観だけでも見に行くか」
「城の近くに美味しい定食屋があるから、朝ご飯をそこで食べよう」
「それいいな! 胃の中が空っぽでさっきから腹の虫がうるせえんだ」
城まで続く大通りにはいくつもの屋台が連なっている。人で溢れる活気のある様子は平和そのものだ。とても闇の王の脅威に脅かされているようには見えない。
「闇の王のことは国民には伏せられているんだ」
俺の疑問に気が付いたのかムスリクがぼそりと耳打ちをした。
「なるほどな。呑気なもんだ」
「魔王が倒されたこと、大臣のことも同じだ。勿論、光の女神のことも」
「隠すよりも公表した方が良くないか?」
「どちらが良いのかは誰にもわからない。ただ、今の俺達は闇の王が現れるのを待っている状態だ。いつ現れるかわからない闇の王に怯えて暮らすよりは穏やかな気持ちで暮らして貰った方が混乱は避けられるってね」
「そういうもんか」
「知らない幸せもあるのさ」
何処か遠い目をしたムスリクの背中を叩いた。
「痛っ、何だい?」
「別に」
俺達は城の近くの定食屋で城を眺めながら遅い朝食をとった。驚いたことに納豆定食があった。和食が恋しくなってきていた俺にはありがたいことだ。
その後は国営図書館に用があるというムスリクに付き合うことにした。
近所の小さい図書館しか行ったことのなかった俺はあまりの多さに目眩がする程の本の海だった。
「暫く好きに見て回っていてくれ。用が済んだら入り口で待ってるから」
ムスリクが居なくなると俺は張り出されていた図書館の案内板を眺めた。
「どうすっかな」
ざっと眺めていると白魔術の文字が目に入った。
俺がヒーラーになれたらあいつら喜ぶのかな。……少し見るだけだ。
俺は白魔術の本が陳列されている棚へと向かった。
「……わからん」
いくつか本を手に取ってみたがどれも珍紛漢紛、何を言っているかさっぱりわからない。本と睨み合っていると、ふいに俺の肩が叩かれた。
「うわあ!!」
振り返ると大人しそうな眼鏡の少女が立っていた。
「あの、白魔術初心者の方はこちらの本がお勧めですよ」
「え、あ、ああ。ありがとう」
「それでは」
少女は小さくお辞儀をすると静かに去って行った。
不思議に思いながら目を通すと、俺が見ていたものより遥かに分かりやすい……ような気がした。
折角の好意だ。ありがたく受け取っておこう。
俺は少女から渡された本を手に図書館の入り口に向かった。そこには既にムスリクが待っていた。
「ごめん。待ったか?」
「いや、今来たところだ。ん? 何を持っているんだ?」
「ああ、これ。借りてこうと思ってさ」
「『初めての白魔術』か……ふーん」
「べ、別にいいだろ。ちょっと気になっただけだ」
にやにやとした笑みを浮かべるムスリクの背中をぐいぐいと押して俺達は図書館を後にした。
次は王都一の観光名所『時の塔』。世界の時を司ると言われているらしい。東京タワーよりは低そうだがそれでもでかい。展望室から見る景色は迫力がある。次は美世子と来たいものだ。
お次はデートスポット、『風花の丘』。街の外れにある丘一面に広がる花畑は絶景だ。美世子にも見せたい。花が好きな美世子のことだ。きっと喜ぶぞ。
最後は再び城へ続く大通り。そこに面したレストランは洒落た雰囲気でデートにぴったりだ。美世子を見つけた暁にはこんなレストランでプロポーズをしたいものだ。
俺はレストランを前にしてそんなことを考えていた。
「どうした?」
「俺、こんなダボついた服でこんな洒落た店入れねえよ」
「ああ。そういうこと気にするんだ?」
「一応な」
「よし、わかった。服を買いに行こう」
「え、今から!?」
「この近くに人気の服飾屋がある」
ムスリクに手を引かれて連れてこられて店ですぐに俺は女性店員に囲また。
「じゃあ彼女をとびきりの美人にしてくれ。頼んだぞ
」
「は〜い! かしこまりました〜」
店員に好き放題された俺が解放されると、いつの間にか着替えたのかスーツ姿のムスリクが爽やかな笑顔を浮かべて親指を立てた。
「お、可愛いな!」
「男に言われても嬉しくねー」
姿見に映る自分は、あの日、プロポーズの日の目一杯お洒落した美世子の様だった。
「俺はこっち側じゃないんだけどな……まあ、いいや。とりあえず飯、行くぞ」
「待て待て、少しはエスコートさせてくれ」
「お前、こんなことして楽しいか?」
「楽しいぞ?」
「ならいい」
本当は、俺がスーツを着て美世子をエスコートしてレストランに連れて行きたかったんだ。
「……あ、そうだ。この指輪に合う箱ってありますか?」
美世子の指輪を差し出すと店員はにっこり笑っていくつか箱を出してきた。俺は黒い小さな箱を選ぶと、中に指輪を入れて包んで貰った。
「似合ってたのに」
「これは美世子の為の指輪だ。美世子にこそ似合う」
レストランでのすこぶる美味い食事を終え、俺達は帰路についた。
「今日は楽しかった?」
「ああ。かなり充実した一日だった。ありがとなー」
「それは良かった」
「服も買って貰っちまったしなー」
「女神の世話代は経費だから気にする必要ないさ」
「まじで?」
「まじだ」
多少アルコールの入った頭で笑い合う。こいつとは会ったばかりだが気の知れた友人といる様な安心感がある。
「筋肉ってすげえや」
「ん?」
「何でもないー」
「ジンノ、酒弱いよな」
「そうかあ?」
俺は普通以上には飲めるはずだ。
「二杯も飲んでないのにふらふらじゃないか。昨日もそこまで飲んでないのに凄い酔っていたし」
「んー? わからん。俺、昨日たくさん飲んでただろ?」
「君が飲んでいたの途中からただの水だぞ」
「えー?」
「今日、どうするんだ?」
「どうするって?」
「何処に泊まるつもりだ」
「そりゃ決まってだろ。お前の家だよ。それ以外あるか?」
「……」
「なあ、いいだろ? なぁあ?」
「はあ……どうなっても知らんぞ」
「?」
ムスリクに強引に手首を掴まれた。アルコールでふわふわした頭では抵抗しようなんて気は起きなかった。というか、眠い……。
『女神ジンノに危機が迫る』