57. 青空と花畑とラスボスと
目の前に広がるのは美しい花畑。その真ん中に全身を黒に覆われた長身の男が一人。彼の腕の中にメモリーが捕われていた。彼は穏やかな笑顔で私達を見つめている。
「あれが、闇の王?」
あの人を倒せば世界が救われる。その筈なのにそんな気になれなかった。
「その筈、ですが……」
ムスリクもセイヴもエペも困惑しているようだった。余りにも彼が死を受け入れているように見えるから。
「皆さん、助けて下さい」
メモリーが淡々と言う。
「油断は禁物です」
「は、はい」
動こうとしない私達に男は困った顔をして手をかざした。するとゆらゆらと揺れる影が現れ、私達に襲いかかって来た。しかし、影は私に触れることなく一瞬で消える。エペ達の剣に切り裂かれて消える。
これが、本当に世界を苦しめる闇の王の力なのだろうか。
「こんなもの?」
私はゆっくりと彼に向かって歩を進めた。私の邪魔をしようと襲いかかって来る影は相変わらずすぐに消える。襲いかかって来るのは形だけに思えた。
「不思議なんです。私、貴方のこと初めて見た筈なのに、そんな気がしないんです」
「……気のせいだ」
メモリーを捕らえる彼の腕に触れると彼の腕が焼けただれ、少女は解放された。
闇の王はじりじりと後ずさる。が、その顔は笑っていた。
「どうして笑うんです?」
「人間、どうしようもない状況に陥ったら笑うしかないんだ」
彼の胸に飛び込んで何処にも逃がさないように抱き締めた。これでおしまい。闇の王は消える。私の光が彼を焼く。
苦しそうな呻き声が聞こえる。でも、私は彼を離さない。
何だか涙が出る。
彼の腕が私の背中に回された。彼を苦しめる筈の存在である私を彼も離さないように抱き込む。
「どうして……」
彼の顔が見たくて顔を上げると唇が重ねられた。
「ストーーーップっすーーーーー!!!!」
私と闇の王の体は飛んできたクマのぬいぐるみによって吹っ飛ばされて花畑に倒れ込んだ。
「いってえ!!」
彼がクッションになってくれたが痛いもんは痛い。腹が立ってすぐ様起き上がってクマのぬいぐるみの胸ぐらを掴んだ。
「コーイチ何やってるっすか!? 美世子さん消えちゃうっすよ!?」
シカバが喚く。美世子? 美世子って……誰?
「あれ?」
「忘れちゃったっすか!? コーイチの恋人っすよ!?」
「恋人? 私は闇の王を倒す為だけに召喚された女神で……」
胸ぐらを掴んで持ち上げていたクマのぬいぐるみをメモリーが奪い取った。
「邪魔しないで下さい」
「俺の記憶を弄らなかったことは失敗っすね! 俺は何度でも邪魔するっす!」
「……クマのぬいぐるみの癖に」
「俺はこの国の次期王様っす! 国民の幸せの為に動くっす!」
「国民?」
「コーイチも美世子さんもこの国の住人っす! 俺の国の住人を勝手に消させないっす!」
「えっと、よくわからないんだけど」
闇の王を倒そうとしていたらチューされたと思ったらクマのぬいぐるみに突撃されて、何故かクマのぬいぐるみと闇の王に捕われていたメモリーが口論を始めた。
「喧嘩は、や、やめて?」
「……というか、コーイチ……何すか? その喋り方は。気持ち悪いっすよ?」
「気持ち悪い!?」
「そうっすよ!! そんなキャラじゃなかった! そんな喋り方のコーイチはただの可憐な女神様っす!」
いや、いいだろ。それは。
「確かにキャラは変わってるかもしれませんが彼女が彼女であることは変わりようのない事実です」
「メモリー! 君が何かしたっすね!? コーイチを元に戻すっす!」
「何故ですか? 今の方が可愛いでしょう」
「可愛いとか可愛くないとかそんな問題じゃないっす!」
「あの……」
「今のコーイチはコーイチじゃないっす!」
「そんなことありません。彼女は前の世界での記憶を無くしているだけです。これが元々の彼女の性格です」
「えっと」
「記憶を戻すっす!」
「嫌です。またややこしいことになります。さっさと闇の王を倒して貰わないと困ります。私はややこしくて面倒臭い編集作業はしたくないんです。闇の王に責任を押し付けて綺麗さっぱり世界をリセットさせたいんです」
「あんたごちゃごちゃ変なこと言ってるっすけど、結局自分が楽したいだけじゃないっすか!?」
「そうですけど。何か?」
「開き直ったっすね!!」
「私は一番良い選択をしているだけです。世界は平和になるし推しカプをくっ付けられるし素晴らしいでしょう」
「はあ!? そんな個人的な理由で世界に干渉されたら堪ったもんじゃないっす! コーイチもそう思うっすよね!?」
「私は貴女の幸せの為に動いているんですよ。わかってくれますよね?」
頭が混乱する。こいつらは何を言っているのかしら。ごちゃごちゃごちゃごちゃ意味のわからないことを言いやがって私に意見を求められたってわからねえんだよ。ふざけんな。
「うるせえ……」
「え」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 全然話がわからねえし! 俺にどうしろってんだ!」
「その口の悪さ……見た目は美少女、中身は輩……まさしくコーイチっす。可愛くないっす」
「てめえシカバ! 俺は清楚で可憐で可愛いだろうが!」
クマのぬいぐるみの胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「な、何故……記憶は消去している筈なのに……」
狼狽るメモリーにクマのぬいぐるみを投げつけた。
「よくわからねえ! マジでよくわからねえ! お前もシカバも言ってる意味がわからねえ! 俺が記憶を無くしている? どう言うことだよ!?」
俺の唯ならぬ様子にエペ達も駆け寄って来た。
「ど、どうしました!? ジンノ様?」
「あー! 何かお前らのその口調も気持ち悪い! お前ら俺にそんな話し方だったか!? もっと気安くなかったか!?」
「……た、確かに何か違和感があるような気はしていたけど」
三人は顔を見合わせた。
「こ、こうちゃん……」
「お前もうるせえ! って……」
ぼろぼろになった闇の王が俺の手を掴んでいた。よく見ると、こいつめちゃくちゃ顔がいいな。好みの顔だ。
「とりあえず落ち着いて」
「……お前、腕燃えてんぞ」
「それは大丈夫だから」
確かに先程までと違ってダメージを食らっているように見えない。なんだ。やっぱり手加減されていたのか。
「こうちゃんって俺のことか?」
「……うん」
「お前、俺の恋人なのか?」
「う、うん」
「……そうか。ちょっとお前屈め」
「う、うん?」
俺は闇の王の額を思いっきりデコピンした。
「痛あ!!」
「お前! 男だったら好きな女の一人や二人掻っ攫う気概を見せろよ!」
「いや二人は多いんじゃ……」
「うるせえ! 何かしらねえがお前を倒そうとすると涙が出るんだよ! わかんねえけど、辛いんだよ! それってきっと俺の魂がお前のことを知ってるからだ。お前が恋人だってんなら納得出来る。お前はこのわけのわからない状態から俺を掻っ攫って幸せにしろよ!」
「こうちゃん……」
「それは許しません。闇の王が倒されなければ私の編集作業が大変になります。城が崩壊したことも人が魔物化したことも魔王の存在も全て闇の王の陰謀ということにしているんです。今更闇の王のせいではありませんでしたなんてことにするには莫大な編集時間を要します。そんなの面倒くさ過ぎて嫌です! しかも推しカプがくっつかないし……」
「推しカプ?」
メモリーが俺とムスリクを指差した。
「いや、ないない。ムスリクはただの仲間だから。なあ? ムスリク」
「ああ……そう、ですね」
「ほらな。ムスリクもこう言ってる」
「……この鈍感が」
「は?」
「もうわかりました。もうこれ以上世界に干渉するつもりはありませんでしたがこうなったら強行手段です」
メモリーは俺にクマのぬいぐるみを投げ返すと闇の王の体に触れた。そして彼女の体は溶けるようにして闇の王の体に入り込んだのだ。
「う、ぐ……」
「なっ!」
闇の王はもがき苦しみ、そして急にだらりと体の力を抜いた。首が鈍い音を立てて左右に曲がる。
彼の黒いローブの中から赤黒い無数の触手が飛び出した。バキバキと音を立てて背中から六枚の蝙蝠のような翼が生える。彼の肌は青黒く染まり、血の気がない。
晴天の下、美しい花畑の真ん中でグロテスクな化物がけたたましい雄叫びを上げた。




