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29. 君の為なら何だってしよう

 


 その夜、カーマインと、セイヴは帰って来ないことになった。道中で土砂崩れがあり、その救助に向かうと連絡があったのだ。

 俺とムスリクは二人で静かに夕食を済ませた。タイミングを伺っていたことは彼にもわかっていたと思う。

 食後、ムスリクが酒を入れた二つのグラスを手に食卓に座ると、俺は尋ねた。


「ムスリクはエペとセイヴの親父のこと知ってたんだよな?」

「まあ」

「なあ……俺、トライバルと話してみたい」

「馬鹿か?」

「即答かよ、酷え!」


 ムスリクは呆れていた。でも、俺だって真剣に言ってるんだ。


「聞いたぞ。人が魔物化しているって」

「エペか」

「隠すなよ。俺、頼りにならないかもしれないけどよ。仲間だろ?」

「俺は君が辛い思いをするのが嫌なんだ」

「美世子のことで落ち込んでたのは悪かった。でも、もう大丈夫だ。俺、今はお前達の力になりたい」


 それが、()()俺の生きる意味だ。


 じっと見つめ合った。先に視線を逸らしたのはムスリクの方だった。


「……この魔物化の裏にトライバルがいるのは恐らく間違いない。そして、トライバルは君を狙っていた。そこから考えられるのは……。奴は、君の力で世界を滅ぼそうとしているということだ」

「どういうこと?」


 ムスリクは俺の手首を強く握った。


「俺が君に触れても消えることはない。だが、もし俺が魔物になったら……君に触れることは出来ない。触れる前に消し飛ぶってことだ」

「俺が、人を消すのか」

「正確には魔物化した人間を、な」

「悪趣味っす」


 シカバが呟く。


「本当にな」


 解放された手首をさすった。少し赤くなっている。


「トライバルの元に君をやるわけにはいかない」

「うん」

「君の力は、使わせない」

「うん」

「心配するな!」


 ムスリクはわざとらしく豪快に笑って、俺に一つグラスを渡した。ムスリクが軽くグラスをぶつけてきたので酒を喉に流し込む。


「大丈夫だ。何もかも終わらせる」

「う、うん……」


 急に目蓋が重くなり、ふっと意識が遠のいた。



 ***



「こ、コーイチ!? どうしたっすか!?」


 シカバは突然倒れたジンノの肩を譲る。が、意識が戻る気配はない。


「寝ているだけだ」

「隊長……?」

「シカバ、君には先に謝らなくてはいけない」

「どういうことっすか」

「諜報部体が君の体を目撃したという情報が入った。俺は、トライバルを殺しに行く。戦闘中。きっと君の体を気遣ってやる余裕はないだろう。君は、もう元の体に戻ることは出来ないかもしれない。」


 ムスリクはシカバをじっと見つめた。シカバは呆然として何も答えることが出来ない。


「一刻も早く奴を止めなくては、ジンノの手で世界が滅ぼされる」

「それは、わかるっす。でも、俺を殺したら隊長……」

「ドラガーナの王子を殺した俺も死罪になるだろう。だが、俺が死んで世界が救えるなら、ジンノの手を汚さなくて済むなら、それでいい」

「隊長はそれが一番いい選択肢だって思ってるっすね」

「君には元の姿に戻れなくても新しい体を用意する。何なら俺の死体を使ってもいい」


 俯くクマのぬいぐるみはぱっと顔を上げてにやりと笑った。


「生憎っす! 俺、この体、結構気に入ってるっす! でも、隊長が一人で犠牲になろうとするのは許せないっす!」


 クマのぬいぐるみは思いっきりジンノの顔に拳を叩きつけた。


「コーイチ! 起きてっす! 隊長が! 隊長が!」

「う、うぅん」


 しかし、彼の柔らかい拳では彼女を起こせるほどの衝撃は与えられなかった。


「無駄だ。しばらくはぐっすりだろう」


 ムスリクはシカバの体を掴むとその体を布団で巻き込んでから縄で縛り上げた。



 ***



「んー!! んーー!!」


 くぐもった声に目を開けると、クマのぬいぐるみが布団に包まれ、その上から縄で厳重に縛られて身動きを封じられていた。


「シカバ?」


 随分ときつく締め上げられていたから手間取ってしまったが、何とか彼を救出した。


「お前、何やってんの?」

「ぷはっ! ……隊長っす! 隊長にやられたっす!」

「ムスリク? あれ、そう言えばあいつ何処に行ったんだ?」

「隊長、一人でトライバルのところに行ったっす!」

「はあっ!?」


 何でそうなった!?


「あいつ、トライバルの居場所知ってたのかよ!?」

「諜報部隊が俺の体を目撃したらしいっす」

「何処だよそこ!」

「それは教えてくれなかったっす……。たぶん、隊長……俺の体ごと。俺の魂はこっちにあるとは言え、俺の体を殺したら隊長もただでは済まないっす! コーイチ! どうしよっす!!」

「そんなの、止めに行くに決まってんだろ!! 一人で損な役回りさせられっかよ!」


 なりふり構っていられない。外に飛び出すと、家の前で人型の影がゆらゆらと揺れていた。


「トライバル、誘ってんのか」

「コーイチ、罠っす……」

「そうだな」


 影がさっと動き出す。罠だってことくらい誰でもわかる。でも、あれを追えばトライバルのところに……ムスリクのところに行ける。俺は影を追って走った。

 シカバを俺の背中にしがみつかせ、俺は走りながら通信端末でエペに連絡を入れた。


「エペ!! トライバルのところに行く! お前、俺の居場所わかるな!? 」

『ジンノ!? どういうこと!?』

「話してる暇はねえ! 来い!」


 通信を切って、俺は必死に影を追った。見失うわけにはいかない。絶対にムスリクを止めなくては。


「一人でカッコつけてんじゃねえ!!!」


 闇夜に向かって叫んだ。





『走った先にあるのは絶望』






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