20. 職無しドラゴンと純情少年
「それじゃブラン婆さんのとこ行ってくるから」
「あ、待ってヨ」
いつも通りシカバを腕に抱えて家を出ようとすると、カアちゃんことカーマインが俺達を呼び止めた。
「どうした?」
「私も行くヨ。いいでショ?」
「いいけど。お前、仕事は?」
「辞めた」
「え、 いつの間に」
「当面の生活費と仕送り、ムスリクがくれるカラ、働かなくてよくなった。だから、私はトロイ様のお側にいるヨ」
「いいのか、それ」
「私が側に居なかったからトロイ様の体、奪われちゃっタ。私が側に居れば安心」
「……わかった。大人しくしてろよ?」
カアちゃんの同行を許可して玄関の扉を開けると、セイヴがいた。
「護衛する」
「そんなぞろぞろと……」
しかし結局、ついて来たカアちゃんとセイヴはブラン婆さんに部屋が狭くなるからと言われて追い出された。
「終わるのいつになるかわからないからお前ら二人で遊んで来いよ」
「そんな! トロイ様アッ!」
カアちゃんの叫び虚しく無情にも扉を閉じられた。
「シカバは二人と遊んで来てよかったんだぞ?」
「俺はコーイチと一緒にいるっす」
そう言うとシカバは定位置の椅子にちょこんと座った。
「楽しいか?」
「楽しいっす!」
「ならいいけど」
***
部屋から締め出されたカーマインは床の上をごろごろとのたうち回っていた。その様子をセイヴは壁に寄り掛かって眺めている。
「煩いって言われるぞ」
「うう……折角トロイ様と遊べると思ったのに。コーイチのせいダ!」
見た目は姉と同じくらいの年に見えるのに床で転がり回る姿は幼い子供の様で可笑しかった。黙っていれば美人なのに。
「こうなったら、扉を叩き壊してやろカ……」
「止めておけ」
口から微かに炎を溢す姿に慌てて静止の声を上げた。城の地下で暴れられては敵わない。セイヴは溜息をついてからカーマインの腕を掴んで立たせた。
「暇つぶしに付き合ってやる」
「ええー……お前カヨ」
セイヴは答えずに無言で螺旋階段を登り出した。カーマインは暫く黙って彼が登って行くのを見ていたが、
「……し、仕方ないナ。一緒に遊んでやるヨ。待ってヨ!」
このままでは本当に置いていかれる。部屋には入れて貰えない。一人でここにいるのは退屈過ぎる。カーマインはセイヴの後を追って螺旋階段を早足で登った。
***
「あの二人、仲良くやってるかな」
「カアちゃんは誰とでもすぐ仲良くなれるっすよ」
「すぐ失礼な態度取るしな」
「愛嬌があるっす」
シカバはへらりと笑った。
「それにしてもドラガーナはドラゴンと共存している国とは聞いていたが。あんなに人に慣れているドラゴンは初めて見たね」
お茶を啜っていたブラン婆さんが呟いた。
「カアちゃんは小さい頃からずっと一緒っす。酷い怪我をして動けなくなっているところを俺が見つけて保護したのがきっかけっす。それから行く宛もないからって、俺のところに住み着いたっす」
「そうだったのか」
「俺にとっては妹みたいなもんっす」
「その割にはお前、カアちゃんを随分と若い母親って設定にしてたよな……」
「カアちゃんは俺の母ちゃんくらいの姿にも擬態出来るっすよ!」
「え、そうなのか!?」
「隊長のとこに世話になる前は俺の母ちゃんくらいの年齢の見た目にしてたっすよ。都合がよかったっすから」
今のところ若い女の姿の人間体しか見ていなかったから、てっきりその姿にしかなれないものと思っていたが、そうではなかったらしい。
「人間の姿は全部擬態っすから、どんな姿にもなれるっす」
「へえ……じゃあ今の姿って」
「俺の趣味っす!」
「なるほど。良い趣味してるな」
***
城の庭に出るとセイヴはカーマインの方を振り返った。
「お前の本当の姿はドラゴンなんだな?」
「そうだヨ。それが何」
「お前は……『ドラゴンナイトの物語』を知っているか?」
「何ソレ?」
「昔、読んだ本なんだが……ドラゴンに跨り、空中を縦横無尽に飛び回って敵を倒すんだ」
「ははーん、わかったヨ。さてはオマエ。私に乗ってみたいってわけダネ」
「ああ、そうだ」
にやにやと笑みを浮かべてからかってやろうと思ったカーマインであったが、セイヴの顔が余りにも真剣そのものだったので興が削がれてしまった。
「実はドラゴンナイトに幼い頃から憧れていたんだ。姉さんにも言ったことはない。ドラゴンの知り合いなんて居なかったし、一生そんな機会は訪れないと思っていた。だが、お前が現れた」
早口で捲し立てる勇者は、大好きな玩具を前にした幼子の様にわくわくとした様子を隠さない。
「是非、一度乗せて欲しい。頼む」
「……しょうがないナー。そこまで言うなら乗せてあげるヨ」
そこまで言われては乗せてやらないほどカーマインもケチではない。
「本当か! ありがとう!」
カーマインはしゃがみ込み両手を背にしてセイヴに乗るように促した。
「……俺はドラゴンに乗りたいんだが」
「こんなところでドラゴンの姿になって慣れないオマエが乗るのを待ってられるわけないダロ。人に見られないように人間の姿から一気に元の姿に戻って空に舞い上がるんだヨ」
正直なところカーマインにとって、人にドラゴンの姿を見られようがどうでもよいことではあった。これはちょっとした悪戯だ。
「……わかった」
セイヴが渋々カーマインの背に乗ると、彼女はいきなり立ち上がり庭を走り回りだした。
「う、うわっ!」
「ブーン! ブーン!」
「お、おい、やめろっ! 恥ずかしい!」
側から見たら女に背負われて庭を駆け回っているという何とも情け無い姿だ。
「あははははっ!」
「オマエを恥ずかしめてやるー!」
「やめろー!!」
***
「カアちゃんは悪戯好きっすから、もしかしたらセイヴ様を怒らせちゃうかもしれないっすね」
「俺のこともいつも怒らせるしな。俺の飯がまあまあとか言ってよ」
「素直なんすよ」
「この兄馬鹿め」
***
恥ずかしさから目を瞑って叫んでいると急に浮遊感を感じた。
「しっかり掴まってないと落ちちゃうヨ?」
その言葉に目を開けると目前には王都を一望する景色が広がっていた。
「凄い」
「でもドラゴンナイトになりたいなら、これで満足してたらダメだよネ」
「え」
カーマインはセイヴが彼女に掴まる暇も与えずに激しく空中を飛び回った。セイヴが彼女の背から投げ出されてしまったのは至極当然のことであった。
「うわああああああ!!!」
「あ、待って待って」
落ちて行くセイヴを何とか受け止めるとカーマインは朗らかに笑った。
「今のは危なかったネー」
「……寿命が縮んだ」
青い顔のセイヴはそう呟くとぐったりと彼女の背に体を預けた。
「もう満足したのカナ?」
「今日のところは……」
地上に舞い戻ったカーマインはセイヴを背に乗せたまま人の姿に戻った。あんなに女の姿に背負われていることを嫌がっていたのに、今は嘘のように大人しい。
少し苛めすぎただろうか。と、カーマインが背中のセイブの様子を窺うと、彼は青い顔をして口元を押さえていた。
「え、オマエまさか……」
「す、すまなっ✖️✖️✖️✖️✖️!!!」
その瞬間、セイブの口から生暖かいものがカーマインの背中にぶち撒けられた。
「ぎゃああああ!!!!」
彼女の叫び声が、城中に木霊した。
***
「ん? 今何か聞こえなかったか?」
「え、何も聞こえてないっすよ?」
「そうか、俺の気のせいか」
集中力が欠けているのかもしれない。深呼吸をして再び白魔術の本と対峙しようとしたとき、部屋の扉が勢いよく破壊された。
「うえ〜ん!! トロイ様ーーー!! 酷いヨォ!!」
ぐったりとしたセイブを背に背負ったカーマインがベソをかきながら部屋の扉を蹴破ったのだ。
「お前ら何したんだ!!って、何か臭っ!」
異臭が凄い。地下の窓もない部屋に何らかの異臭物が持ち込まれた!
「背中に吐かれたァ! 嫌だヨォ! 気持ち悪いヨォ! えーん!!」
「セ、セイブ!? お前どうしてこんなことに」
「うう……カーマインが……」
口元に吐瀉物を垂らしながらセイブはそう呟くと意識を失った。
「カーマイン!お前、 何したんだ!?」
「何もしてないヨ! 遊んでただけだヨ!」
「そんなことよりジンノ。お前さん、さっさとこの勇者を救ってやったらどうしゃ」
ブラン婆さんは至極冷静に言った。
「あ、そっか」
日頃の魔術の鍛錬の成果がこんなところで発揮されるとは……。喜んでいいのやら何と言えばいいのやら。
俺が手を翳すとセイヴの体が淡い光に包まれ、彼の顔色はみるみるうちに良くなっていった。相変わらず臭いけど。
「ど、どうだ? 成功した、よな?」
どきどきしながら婆さんに視線をやると、彼女は笑って頷いた。
「よし!」
「さあ、今日の修行は終わりだ。その、異臭の原因をつれてさっさと帰っとくれ!!」
「酷え!!」
婆さんは鼻を押さえて俺達に早く部屋から出て行くよう促した。
「えーん!臭いヨ! 早くお風呂入りたいヨォ! トロイ様ァ!」
「カアちゃん、泣かないで欲しいっす」
「わかったわかった。早く帰ろうな。じゃあ、婆さん、またな」
「ああ、また」
ばたばたと慌ただしく四人が部屋から出て行く。
「まったく騒々しい奴らだねえ」
ブランは苦笑し、一人呟いた。
***
「泣き疲れて眠ってるみたいっす」
「風呂入ってからもずっとメソメソしてたもんな」
ベッドの上にはカーマインとセイヴが仲良く並んで眠っている。
「セイヴもしっかりしているように見えてまだまだお子様だな。カーマインと吐くまで遊ぶなんてさ」
「そうっすね」
「腹のもの出し切って腹減ってるだろうし、何か食い物作っといてやるか」
「コーイチ、いつもご飯作ってくれてありがとっす」
「何だよ、急に。ぬいぐるみのお前は食えてねえだろ」
「カアちゃんも本当はそう思ってるっす」
「どうだかな」
真正面からお礼を言われると少し照れ臭い。
「コーイチのご飯の味がまあまあなのは本当かもしれないっすけど、ありがとって気持ちはちゃんと持ってるっすよ!」
……このドラガーナの兄妹は。
「ったく。素直すぎなんだよ、お前らは」
「い、いひゃいっす!」
クマの両頰を引っ張ってから俺はキッチンへと向かった。
『勇者セイヴ、夢を一つ叶える』




