19.ジンノの前世
「すっかり話し込んじまったな」
「姫様のこと、知れてよかったっすね」
「それは俺の台詞だろ? 婚約者がいい子で良かったな」
「そうっすね〜。でも、俺はオネット様の恋を応援するっすよ」
「いいのかよ」
「オネット様が誰のことを好きでも、俺には関係ないっす」
クマのぬいぐるみはさらりと言ってのけた。
「ええー……」
「結婚はするっすよ。体を取り戻せればっすけど。婚約者っすから」
「結婚って好き合ってる奴同士でするもんだろ、とか言いたいところだけどな」
シカバも姫様も、王族だ。俺のような一般庶民の感覚で物を言うことは出来ないのだろう。
「コーイチは美世子さんのこと好きっすか?」
「ああ」
「どれくらいっすか?」
「どれくらい? 難しい質問だな。……そうだな、結婚したいくらいには」
「俺もオネット様と結婚したいとは思うっすよ」
「お前のは、結婚してもいい、だろ? 俺は彼女とだから結婚したいってこと。俺は仮に美世子が別の誰かを好きになったとしたら、お前みたいに応援は出来ない」
「そういうもんっすか」
「そういうもんっすよ」
姫様に当てられたのか、男二人で恋愛の話をしているこの状況に多少の居心地の悪さを感じていた。
きっとこのクマは思ったことをそのまま口にしているだけで何も考えていないだろうが。
「俺がこの世界に転生したのは美世子に会う為だ。俺には、彼女しかいない」
美世子は一体何処にいるのだろうか。この世界に来てからしばらく経つが、一向に彼女の情報が入ってこない。美世子のことよりもトライバルや闇の王に手を取られているのだろうということは予想出来るが。
「コーイチは転生したんすね」
「そうだな。美世子に会う為にな。なのに女神なんかに転生しちまったばっかりに王都から離れられずに身動きが取れないでいる」
「美世子さんは転生前の恋人っすか?」
「ああ、まあそうなるっすね」
「前世の恋人探しっすか……浪漫っすね」
「そうかあ?」
確かに俺は前とは姿形どころか性別種族までも違う別の存在に転生している。確かに神乃光一という男は俺の前世ということになる。だが、俺は神乃光一の記憶を引き継いでいる。俺という存在は神乃光一から変わっているだろうか。いや、そんなことはない。
「俺は俺だ」
小さく呟いた。前世の恋人と言うと、まるで今は恋人ではないみたいじゃないか。
美世子は俺の恋人だ。前世の俺の恋人ではない。
「ん? どうしたっすか?」
「何でもない」
シカバに言ったところで俺の微妙な男心は分かるまい。
「お前も恋しろよ」
「ドラガーナじゃぶいぶい言わせてたっす」
「はいはい」
「信じてないっすね?」
「そうじゃなくて護りたいとか側にいたいとかさ」
クマのぬいぐるみは頭を傾げてからポンと手を叩いた。
「そういうのは体を取り戻してから考えるっす!」
「……それもそうだな」
クマのぬいぐるみの姿で恋しろってのも無理な話か。
***
「遅い。何していたんだ」
「あれ? 先帰ってろって言ったのに」
城の門の前でセイヴが苛ついた様子で待っていた。
「心配だったから」
「ははっ。一人で帰れるっての」
前科ありだけど。
「シカバも一緒だしな。でも、ありがとな。待っててくれて」
「……うん」
「折角待っててくれたんだ。うち寄って飯でも食ってけよ。エペにも連絡してさ」
「いいのか? でもムスリクは……」
「いいっていいって飯作るの俺だし」
材料費、光熱費、諸々はムスリク持ちだが。
「コーイチのご飯は可もなく不可もなくってカアちゃんが言ってたっす!」
「そうなのか?」
「おい、何だとあのドラゴン女。食わせて貰っている分際で……。ムスリクはいつも美味しい美味しい言って食ってるぞ!」
「隊長は気い使いっす!」
「それは、否定出来ねえなあ……」
言い合う俺達にセイヴが笑いを漏らした。
「ジンノ、期待してる」
「おう。期待しとけ!」
俺が笑いかけるとセイヴも笑った。
よかった。もう落ち込んでない、か?
因みに、セイヴもエペもムスリクも俺の飯を美味しいと言って食べてくれた。ドラゴン女は「旨いか?」と、聞くと、口に食べ物をいっぱいに詰めながら「まあまあ」と、言うのでキレそうになった。
『女神ジンノ、料理の腕を上げることを決意する』