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18. 忘れ物一つ

 


「あ、シカバ忘れてきた」


 気がついたのは今まさに城から出ようとしたときだった。どうりで手元が軽いと思った。


「悪い。ちょっと取ってくるわ」

「待ってる」

「いいって。先帰っててくれ。じゃあな」


 俺は急いで姫様の部屋に向かった。

 姫様の部屋に入った俺の目に飛び込んできたのは、何故か姫様の膝の上に座っているシカバの姿だった。


「どうしてそうなった!?」


 思わず叫ぶとシカバが眠たそうに欠伸をした。


「しかも寝てたのかよ!」

「ん〜……コーイチが俺を置いて行ったから待ってただけっす」

「いや、それは悪かったけど」

「でも来てくれてよかったっす」


 シカバは姫様の膝の上から飛び降りると、とてとてと覚束ない足取りで俺の元に駆け寄り、俺の足に抱きついた。


「何かお前子供みたいだな」

「抱っこして欲しいっす」

「はいはい」


 これで本当の姿は筋肉質の青年なんだからな。……いや、そのことを考えるのは止めておこう。本当の姿で想像すると駄目だ。可愛らしいクマのぬいぐるみだから許せる。


「甘やかしてやるのは可愛い見た目してるからだからな」

「いひゃいっす」


 ふわふわの頰を軽く摘んでやった。


「ふふっ。お二人は本当に仲がよろしいのですね」


 姫様は穏やかに笑う。もう落ち込んでいないみたいだな。安心した。


「そうか?」


 戯けたように言って笑って見せた。

 言っても、たかだか数日の付き合いだ。


(わたくし)、お二人のように仲の良いお友達がいないので、羨ましいですわ」

「そうなのか?」

「はい。お喋りする相手も居なくて」

「姫ってみんなそう言うもん?」

「どうでしょう。他の方のことはわかりませんわ」

「ドラガーナでは王族も普通の国民に混じって遊んだりしてるっすよ」


 王子が他国に潜入してるくらいだもんな。シカバの故郷、ドラガーナでは王族と国民の距離が王都よりも近いのだろう。


「あら。クマさんはドラガーナ出身なのですか?」

「そうっす」

「私の婚約者様はドラガーナの王子様なのですよ」

「わー! それは初耳っす!」


 白々しいにも程がある。お前が当の本人だろうに。


「クマさんはドラガーナの王子様のことをご存知ですか?」

「よく知ってるっす!」

「お前、止めておいた方がいいんじゃないか?」


 そのうち口を滑らすぞ。


「ジンノ様も王子様のことを存じ上げているのですか?」

「ああ、まあ。ちょっとした知り合いかな」


 あ、これ……俺が口を滑らせそうだ。


「あの……」

「それよりさっ。姫様、俺と友達にならないか?」


 強引な話の変え方だと思ったが姫様は嬉しそうに俺の手を握り締めてきた。


「本当ですか!」

「あ、ああ」

「嬉しいですわ! 私、初めてお友達が出来ましたわ。あ、いえ、初めてではありませんわね」

「?」

「ふふっ。子供の頃ですけど、一度だけ一緒に遊んだことのある子がいたんです」

「友達か」

「はい。そうですね。初めてのお友達でした」


 ほんのりと頰を赤らめ、嬉しそうに彼女は微笑んだ。彼女の初めての友達との思い出は、きっととても大切で優しいものなのだ。


「姫様、俺も姫様の友達っすよ」

「ありがとうございます。クマさん」


 何とかトロイ王子の話題を逸らすことには成功したな。


「さて、そろそろ帰るか」


 また王子の話を蒸し返されるかもしれないしな。


「もう行ってしまうのですか?」


 姫様は残念そうに肩を落とした。


「姫様、体調が悪いんだろ? 長居は出来ない」

「うう……そうでしたわ。私がそう言ったんでした……」


 口惜しそうに顔を歪める彼女が余りにも可愛らしくて可笑しかった。


「でも、体調が良くなっているのなら、もう少しお喋りするか?」


 その言葉に姫様はぱっと顔を明るくさせた。


「はい!」


 彼女はころころと忙しなく表情を変える。しかも一応俺は彼女の中では恋敵ということになっているにも関わらず俺と友達になれたことをこんなにも喜んでいる。


 俺は再び姫様と丸テーブルを挟んで向かい合って座った。机に肘をついてじっとは姫様を見つめた。


「俺、姫様のこと好きだわ」

「え!?」

「人間としてな。いい友達になれそうだ」


 知れば知るほど素直ないい子じゃないか。元おっさんの俺がそんなこと言ったら変態くさいか。

 彼女がセイヴの言うように彼の勇者の肩書きだけを好きだとは思えない。


「姫様、セイヴのこと聞いていいか?」

「え、ええ……はい」


 少し戸惑いを見せたが彼女は小さく頷いた。


「姫様って本当にセイヴに一目惚れしたのか?」

「……一目惚れ、とは違うかもしれませんね。二目惚れ、ですわ」


 彼女はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「セイヴ様とは子供の頃、たった一度ですけれど一緒に遊んだことがあるんです。きっと彼は忘れてしまっていると思いますが」

「セイヴが初めての友達か」

「はい。それ以来、姉君について城にやってくる彼を目で追う日々を過ごしておりましたが、彼が私と遊んでくれたのは、あの一度きりでしたわ。そのうち彼は城に来なくなって、彼のことが遠い思い出になったころ、彼は勇者として再び私の前に現れたのです」


 何だ。セイヴのやつ、姫様と友達だったんじゃないか。


「運命的な再会ってか?」

「は、はい。私、逞しい殿方に成長した彼に見惚れてしまいましたわ」

「運命っすね〜」


 しみじみと呟くシカバのことを忘れていた。こいつ、姫様の婚約者だった。


「でも、もういいんです。私はセイヴ様とジンノ様を草葉の陰から見守っていますわ」

「うん。それ、勘違いだからな」

「ええ!? そうなのですか?」

「俺、恋人いるから。あ、セイヴじゃないからな」

「そうなのですか!? 恋人が……」


 姫様は明らかにそわそわと落ち着かなくなり、それから意を決して机に両手を叩きつけた。


「うわっ。びっくりした」

「あの、ジンノ様はどのようにして恋人と出会ったのですか!?」

「え、付き合ったきっかけっつったら会社の同僚に誘われた合コンだったかな」

「合コン、とはどんなものなのでしょう?」

「見知らぬ男女複数人での会食、かな」

「そうでしたか! それでしたら私も他国の外交官の方達と合コンをしたことがありますわ!」

「ああ、それは少し違うかもな……」

「違うのですか?」


 姫様には一生縁の無い言葉だろうな。

 俺の言葉に姫様は不思議そうな顔をしている。そんな彼女の疑問にシカバが答えた。


「合コンとは恋人を作りを目的とした男女が互いを品定めする機会っす!」

「お前は知ってるのかよ! 」

「地元じゃ合コン三昧っす!」

「うわ、知りたくなかった。そんな事実。あとその言い方止めろ」


 こいつ、一応王族の癖に何したんだか。


「そ、それで!? 」

「お、おう」


 何故かぐいぐいと迫ってくる姫様に押されて俺は美世子との出会いを話した。



 と、言っても大したことは何もない。

 数合わせで誘われた合コンに、美世子も偶々数合わせで誘われていたのだ。そこでは大した会話はせずに連絡先を交換しただけだったが、後日俺の方から連絡を取った。

 どうして彼女が気になったのか?

 合コン中、明るくよく話す女性陣の中、美世子は笑顔を浮かべてはいるもののどこか無理をしているのを感じていた。彼女の無理をしていない自然な笑顔を見てみたいと思ったのがきっかけだったか。


 初めて二人で出掛けたとき、美世子は緊張した様子で少しも笑わなかった。


「もう帰ろうか」


 彼女に無理をさせるのは嫌だった。無理に俺に付き合わせることはない。デートもそこそこにそう言ったが、美世子はその言葉に何故か傷ついた顔をした。


「……」

「どうしてそんな顔するの?」

「……私、もう少し一緒にいたい……です」


 俯き、小さな声で呟く彼女にそのとき俺は射抜かれた。加護欲を刺激された、とも言う。



「俺と美世子の出会いはそんなもんだな」

「す、素敵です!」


 きらきらと顔を輝かせ、姫様は興奮気味に叫んだ。


「私、こうしてお友達と恋のお話をしてみたかったんです! 素敵なお話をありがとうございます!」

「喜んで貰えて良かったよ」

「また、お話を聞かせて下さいますか?」

「ああ。俺の拙い話で良ければ喜んで」

「はい! よろしくお願いします」


 何の面白味も無い話だが、姫様のお気に召したようで良かった。

 俺達は満足気な姫様にまた遊びに来ることを告げて、姫様の部屋を後にした。





『女神ジンノはオネット姫と友達になった』







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