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17. 気まずいティータイム

 


 何故こうなったのか。俺にはわからん。

 何故か俺は今、オネット様の部屋で優雅に紅茶なんて飲んでいる。

 丸テーブルの四方には俺、姫様、セイヴ。そしてシカバことトロイ王子。俺からしてみると姫様とその婚約者と姫様の思い人という凄い修羅場だ。婚約者、クマのぬいぐるみになってるけど。

 俺ってかなり部外者じゃないかと思ったが、俺がいなくなって若い三人が修羅場を展開するくらいなら年長者の俺が見守ってやって場を繕ってやるのが良いのかもしれない。


「えっと、今日はお招き頂きありがとうございます?」

「え、ええ」


 姫様も明らかに動揺している。当然だ。本当であればこのお茶会に誘われたのは姫様の思い人であるセイヴただ一人。そこに何故か俺とクマのぬいぐるみが付いて来たのだから戸惑う気持ちもわかる。幸いなことは姫様がクマのぬいぐるみの中身が自分の婚約者だと知らないことか。

 いや、それ幸いか?


「それにしても。オネット様とジンノが知り合いだったとはな」

「ああ。俺、ブラン婆さんのとこに通ってるからさ。偶然廊下でばったり……みたいな」

「へえ」

「セイヴこそ何だよ。姫様と仲良いじゃん」

「そうっすね!」


 おい、婚約者。お前元気に相槌打ってんじゃねえぞ。


「オネット様は俺と年が近いからな。勇者の俺にいろいろと気を遣って良くして下さるんだ」

「え、ええ。そうですわ! (わたくし)、勇者様が国の為に尽力して下さっていることをよく知っていますもの。そんな方にお茶を振る舞う事は当然のことですわ! 他に理由なんてないですわ! 」

「本当っすかー? 怪しいっす!」

「ほ、本当ですわ!」

「セイヴさんのこと好きなんじゃないっすかー?」


 こいつど直球だな。

 姫様は明らかに動揺して顔を真っ赤にして立ち上がった。


「そんなんじゃありません! 勇者として城に来たセイヴ様に一目惚れなんてしていません!」


 一目惚れしたんだな。姫様、可愛いところあるな。とか、いつもだったら思うかもしれないが生憎この修羅場空間だ。


「一目惚れってあるっすよね!」

「ち、違います!」

「嘘つかなくっていいっすよー。このこのー」


 止めてくれ。何なんだこれ。


「俺もコーイチに一目惚れしたっすから!」


 バチコーン! と、シカバがウインクを決めて来た。

 何その新事実。初耳なんだが。頼むからお前達の関係に俺を巻き込まないでくれ。


「……トロ、いやシカバ。それは本当か?」


 セイヴも悪ノリしないでくれよ。


「俺、コーイチのこと好きっす!」

「はいはい。ありがとな」


 いつもの軽口だろうと適当にいなしてシカバの頭を撫でてやるとセイヴがガタリと音を立てて立ち上がった。


「うわっ。ど、どうしたよ。お前まで」

「……いや、何でもない」


 あれ? 何だこの空気。静かに椅子に座る二人の様子が可笑しい。セイヴは硬い顔で黙っているし、姫様もしょんぼりと肩を落としている。お通夜か、ここは。


「い、いやー! このお菓子美味しいなー! なんて言うお菓子なんですか?」


 まず言わせて貰うと、俺はそんなに気遣いが上手い方ではない。これが俺の精一杯の気遣いだということは、伝えておきたい。


「……すみません。わかりませんわ。シェフが適当に作ったものです」

「あ、シェフの気まぐれデザートか! いやー、美味いな!!」

「喜んで頂けてよかったですわ」


 ま、全然盛り上がらなかったが。


 しばらくの沈黙。


 ちらりとシカバを盗み見ると奴は寛いだ様子だ。図太い奴め。


「あの、ところで……貴女はどうして今日……」


 言い辛そうにしているが、ようは邪魔者の俺達が何でよりによって勇者と二人きりのお茶会に乱入してきたのか聞きたいようだ。


 ブラン婆さんの修行の後、部屋を出たら待ち構えていたセイヴに連れて来られたなんて言えない。


「俺が一緒に行きたいってせがんだんだ。姫様の部屋なんてそうそう来れるもんじゃないからな」

「そうでしたか。あの、因みに勇者様との御関係は……?」


 俺が光の女神だってこと、言ってもいいのか? 姫様だし、いいよな。


「あ、俺は」

「ジンノは光の女神ですよ」


 俺を遮る様にセイヴが言った。


「え!! 光の女神様!? あの!? 召喚されたとは伺っていましたが」

「まあ、はい」

「はい。俺が今守るべき最も大切な人です」


 セイヴ、お前今日どうしたんだ。お前そう言うこと言うタイプだったか?


「そう……ですか。やはりお二人は特別な関係なのですね」


 え? いや、違うぞ?


「はい」


 え? 何でお前認めた?

 姫様は俯き、顔を隠した。


「……折角来て頂いたのに申し訳ないのですけれど、少し体調が良くないみたいですわ。今日のところはお帰り頂いてもよろしいかしら」


 姫様の声は微かに震えている。


「はい。失礼致します」


 さっさと席を立ってセイヴは部屋を出て行った。


「あ、おい! セイヴ!? 待てよ! あー……姫様、また来るわ。お大事にな。しっかり寝ろよ。じゃあな」


 慌てて俺はセイヴの後を追った。



 ***



「俺のこと、忘れて行っちゃったっすね」

「……」

「オネット様、泣くことないっすよ」

「私が勇者様を思うのと同じように、勇者様も女神様のことを思っていらっしゃるのですね」

「そうみたいっすね」

「叶わぬ恋と、わかっていたことですけれど……少し辛いですわ」


 肩を落とすオネットの膝の上にシカバはよじ登ると、その胸に体を預けた。


「ふわふわですわ」

「俺の国では独自の女神信仰があるっす。光の女神様は最上位の女神様っすけど、それより上の存在がいるっす」

「そうなのですね……それは、どんな女神様なのですか?」


「愛の女神様っす」


「愛……」

「俺の国では愛を最も大切にするっす。俺は、オネット様の勇者への愛ごとオネット様を愛するっす」

「……ふふっ。クマさんに慰められてしまいましたわ。……私の婚約者の方も……そんな方ならいいのに」

「大丈夫っす! オネット様の婚約者もきっと俺と同じ博愛主義者っす!」

「そうでしょうか?」

「そうっす! 俺が保証するっす!」

「ありがとうございます。クマさん」


 オネットはクマのぬいぐるみをそっと抱きしめた。



 ***


 近くのバルコニーにセイヴはいた。隣に寄ると一瞬こちらを見たがすぐに視線は逸らされた。


「セイヴ、お前少し姫様に冷たくねえか? 体調悪いって言ってんだから、労りの言葉くらい掛けてやれよ」


 まあ、あれはセイヴの嘘に傷ついただけだろうけど。


「無視かよ」

「……」

「お前さ、姫様がお前のこと好きだってわかってんだろ?」

「……」

「何で傷つけるような嘘つくんだよ」


 俺の言葉にセイヴは溜息を溢す。


「ため息ばっかりついてると幸せが逃げていくぞ?」

「もう俺のところには逃げる幸せもない」

「また卑屈になってるぞ」


 もう一度セイヴは溜息をつこうとして、途中で止めた。


「……姫様は、俺のことを好きなわけではないから」

「いや、好きだろ。あれは」

「俺は……幼い頃のあの人のことを知っている」

「え、でも姫様は一目惚れだって……」


 いや、本人は一応否定していたか。


「彼女にとって幼い頃の俺のことなど、きっともう忘れている。彼女が好きになったのは勇者という肩書きを持った俺だ。いや、勇者の肩書きか。本当の俺は……何も出来ないから」

「そうか?」

「幼い頃の俺は姉さんについて回るだけだった。俺は剣術も姉さんには及ばないし、白魔術も落ちこぼれだ。唯一の取り柄が勇者に選ばれたという事実だけ」

「でも、お前は魔王を倒しただろ? もっと自信持てよ」


 悲しそうに微笑むセイヴの肩を軽く叩いた。


「姉さんとムスリクのお陰だ」

「お前な……」

「貴女を召喚出来たのも、本当は運が良かっただけだ。正直、俺には女神召喚の儀式のやり方なんてわからなかった。周りの人達は天に自分の生命エネルギー(マナ)が繋がると女神を召喚出来るとか言っていたが、俺には力が繋がった感覚なんてわからなかった。……なのに、貴女は召喚されたんだ」


 それは、きっと世界の番人が俺をこの世界に連れて来たからだ。でも、


「ずっと聞きたかった。貴女は俺を哀れに思って俺のところに来てくれたのか?」


 言えない。本当はお前の力ではなく世界の番人の力だ。お前のところに来たのは偶然が重なっただけだ、なんて。


「……お前の力だ。お前が、俺を呼んだんだ。本当だ」

「そうか……ありがとう」


 セイヴは俺の髪を撫でて、苦しそうに微笑んだ。

 そんな顔するなよ。そんな顔して欲しくないのに。





『女神ジンノの嘘は勇者を傷つける』





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