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16. 暑苦しい夜に救済を

 


 ムスリクの家の住人が増えた。シカバもといトロイ王子とその従者、ドラゴンのカーマイン。二人は持ち家があるものの女神と一緒にいた方がトロイ王子の体を奪ったトライバルに接触出来るという理由からムスリクの家に転がり込んで来た。


「シカバ、お前暑苦しいわ」


 トロイ王子は本人たっての希望で呼び方はシカバのままとなった。


「俺も暑いの我慢してるっす」

「うう……暑苦しい……」


 ムスリクのベッドの上、俺はぬいぐるみのシカバの体を抱くようにして体を丸めている。その横では変わらずムスリクが気持ち良さそうにいびきをかいている。ベッドの脇では買ったばかりの真新しいソファベッドでカーマインが人間の女の姿になって眠る。

 カーマインはドラゴンとは言え女だ。同じベッドで寝るわけにはいかないので、ムスリクのベッドに男三人眠ることになった。もともとムスリクにベッド脇に追いやられて眠っていた俺のスペースにシカバが入り込んで来た形となる。しかもシカバの体はふわふわのぬいぐるみ。兎に角暑苦しいのだ。



 ***



「もう耐えられん。婆さん、寝苦しい夜に冷んやりする様な魔法は無いのか!?」


 耐え兼ねた俺は、白魔術の師匠であるブラン婆さんに尋ねた。


「今度は黒魔術でも習おうってのかい?」

「このクマのぬいぐるみのせいで寝るとき暑くて仕方ねえんだよ!」

「俺っすか!?」


 大人しく椅子に座らされていたシカバがびくりと体を動かした。


「そうっす!」

「俺、コーイチが白魔術の勉強してる間、こんなに大人しく待ってるのに酷いっす!」

「うるせえ! こちとら暑くて睡眠不足なんだ!」

「それは俺も同じっす!」

「あんたたち、本当に騒がしいね」

「なあ婆さん! 亀の甲より年の功って言うだろ? 何かないか?」

「……なら、試してみるかい?」


 婆さんがにやりと笑った。寝不足の頭でなければわかっただろう。婆さんのその顔が良からぬことを考えている顔だってことに。


「とりあえず、まずはこの薬を飲みな」

「凄え綺麗な色してんな」


 透明な薄い水色の液体は差し詰めラムネ水といったところか。ぐいっと一気に喉に流し込むと体の体温が一気に下がった気がした。


「あ、れ……」


 急激な寒気が襲ってきて体が震える。いくら体を摩っても体温を感じない。自分の肌が氷の様に冷たくなっている。体を小さく丸めてしゃがみ込むが自分の中の熱が何処かに行ってしまったようだ。

 油断した……このばばあ。


「コーイチ!? どうしたっすか!?」

「くっくっく、新薬『氷結水』だよ。飲んだ者の体を氷の様に冷たくする。寝苦しい夜にぴったりだろう?」

「何すか!? それ!」


 二人の声がどこか遠くに感じる。耳に靄がかかったみたいだ。何だか目蓋が重い。

 うつらうつらと体を揺らし、遂に床に倒れた。


「コ、コーイチ! や、やばいっす! 寝たら駄目っす! 寝たら死んじゃうっす!」


 シカバは必死に揺さぶる。しかし何の反応もない。


 俺の脳内では遠くに美世子が見えていた。


「こうちゃーん!」

「美世子ー!」


 二人で手を取り合ってお花畑の真ん中でくるくると回って笑い合っている。


「こうちゃん」

「美ー世子っ」


 花冠をつけた美世子の唇に顔を近づけ……。


「うへ……はへ……美世子お……」

「やばいっすやばいっす! 何かやばいもんが見えてるっす! 婆ちゃん!」

「ふむ。そろそろいいだろう。データは十分取れたからね」


 ブラン婆さんが俺の体に触れると失われた体温が戻って来た。それと同時に俺は夢の世界から現実へと引き戻された。


「……はっ!」

「コーイチ、戻って来たっすか?」

「も、戻って来たっす……」


 呟く俺をブラン婆さんが見下ろす。


「何だい? 不服そうだね?」

「いや、ちょっといい夢見れてたから……途中で終わって残念というか……いいところだったのと言うか……」


 変な薬盛りやがってくそばばあと思ったが、美世子の夢を見られたから結果オーライだ。


「もう一回寝とくかい?」

「あ、いやいや。大丈夫。遠慮しておくっす」


 再び婆さんに差し出された氷結水は丁重にお断りをした。


「そう都合のいい道具なんて出てこないよな。我慢するしかないか」

「ふんっ。待ちな。誰が今の薬だけだと言ったんだい?」

「まだあるのか?」

「ああ」


 次に婆さんが出して来たのは銀色のスプレー缶だった。


「この中に冷気魔法を濃縮した結晶が入っているんじゃ」

「へー」


 確かに振ってみると中でカラカラと音がする。というか今の婆さんの説明がなかったら、いやあっても、普通に薬局に売ってる冷却スプレーとしか思えなかった。


「それを、そのクマのぬいぐるみに振り掛けるじゃ」

「おう。シカバ、ちょっと目、瞑ってみ」

「は、はいっす」


 シカバの体にスプレーを掛けると、その体はふわふわなのに冷んやりとした異次元の産物へと姿を変えた。


「な、何だ……これは」

「一振りで一晩は待つはずじゃ」

「し、シカバ? 寒くないか?」

「大丈夫みたいっす! 俺の体、冷んやり気持ちいいっす!」

「ちょ、ちょっと抱きしめていいか?」

「はいっす!」


 両手を広げたシカバを胸に抱き寄せると、ふわふわ冷んやり気持ちいい。


「ん〜! これは癖になる」

「気に入ったかい?」

「ああ! 婆さんも偶にはいいもんくれるんだな!」

「……偶には?」

「あ、いや嘘嘘。いつも大変お世話になっております」

「ったく。調子がいい子だねえ」

「へへっ」


 ブラン婆さんのお陰で俺の寝苦しさは解消された。冷んやりとしたシカバの体を抱きしめて眠るとすこぶるよく眠れるのだ。


「……俺は抱きしめられて眠るから更に苦しいっす」


 何か言ってる気がするが、まあ夢だろう。俺は今日もシカバを抱きしめて眠りにつく。





『女神ジンノは安眠を手に入れた』





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