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14. シカバの母ちゃんって

 


「というわけで、シカバの体を大臣に取られちまったんだよ」


 ムスリクの家に帰り、すぐに事態を説明したかったが、彼にも仕事がある。ムスリクは家に居なかった。考えてみれば何の連絡手段も持っていない俺にはなす術もなく、じっと家で待っていることしか出来なかった。

 夜になり、ようやくムスリクが帰って来てからことの事情を説明すると彼は最初こそ驚いていたが、すぐに難しい表情を浮かべて真剣に俺の話を聞いてくれた。


「なる程。そういうわけだったのか」

「どういうことだ?」

「今朝方、シカバの母親が息子が帰ってこないと捜索依頼を出してきた」

「母ちゃん……」


 俺の膝の上に収まっているシカバが呟いた。


「母ちゃん、俺のこと心配してくれてるっすね」


 シカバは母親と二人で暮らしている。仲はいいようでよく二人で教会の祭礼行事に参加しているらしい。


「俺はこれから出かける。君達は今日のところは一先ず休むといい。明日、エペやセイヴと話し合おう」

「え、今から? もう外暗いぞ?」

「少しやることがある」


 そう言うとムスリクはさっさと家を出て行ってしまった。


「コーイチ」


 シカバにしては暗い声だ。


「何だ?」

「母ちゃんに俺が無事だってこと伝えに行きたいっす……」


 シカバの気持ちはわかる。たった一人の家族だ。心配をかけたくないのだろう。

 だが、ムスリクに黙って家を空けて大丈夫だろうか。それに、一人息子がクマのぬいぐるみになっていたら、それこそ本当にショックを受けそうだ。


「今日はもう遅いし明日にしないか?」

「でも、母ちゃん今日の夜、心労で寝れないかもしれないっす。それは嫌っす」


 潤んだように艶々の瞳に上目遣いで見つめられると、駄目だった。


「……わかった。行こう」

「コーイチ! ありがとっす!」


 クマのぬいぐるみを撫でつけながら、またムスリクに怒られそうだなと小さくため息を吐いた。


 ムスリクの家の机の上に「シカバの家に行ってくる。すぐ帰る」というメモ書きを残して俺達は家を出た。もしかしたら俺達の方が早く帰って来れるかもしれない。そうすれば出かけた事はバレないし、ムスリクに心配をかけて怒られることもない。それに期待している。



 ***



「というか、そう言えばお前の家に行くまでの道って人通り少ないって言ってたな」

「そうっすね」

「また、襲われたらどうすっかな……」


 あえてフラグを立てることで逆にフラグが折れたらいい。何かあの時のことを思い出すと嫌な予感がしちまうんだよな。


「二人なら大丈夫っす!」

「二人ってお前な。若い女がクマのぬいぐるみ持って歩いている姿はどう見ても一人にしか見えねえぞ」

「へ?」

「へ? じゃねえよ。言っておくけど今の俺達は魔物なら兎も角人間相手には、かなり非力だからな」

「わわわわ! それはまずいっす!」

「しかも、俺達が通ろうとしているのはお前が体を奪われた現場だ。犯人は現場に戻って来るとも言うしな」

「あわわわわ!」

「なんてな」

「あ! 冗談っすか!? 質が悪いっす!」


 ぷんすこ怒るシカバの頭を笑って撫で回したが、実際のところ冗談半分。本気半分だ。

 ここで悪質な人間に襲われでもしたら一溜まりもないのだから。


 暗い夜道、人一人いない。話していないと不安で仕切りにシカバに話しかけているとシカバが「あっ」と、声を上げて前方に腕を向けた。


 ぼやけた街頭の下、男が一人立っている。


「シカバ」


 シカバの体を奪った悪徳大臣トライバル。乱立させたフラグの通りに出て来やがって。


 トライバルが静かに腕を横に動かすと影が蠢き、人の様な形になった。影が揺らめいたかと思うと、それらは物凄い速さで俺達に近づいて来て、触れる前に光を放って消えた。


「な、何?」


 トライバルは軽く拍手をして、楽しそうに口元を歪めた。


「素晴らしい。敵意を持って触れた相手を一瞬で消してしまうとは、流石は光の女神」

「……お前、シカバの体を返せよ」

「申し訳ないがそれは出来ない。この体は使い勝手がいいんでね」


 シカバを抱きしめる腕に無意識に力が入る。


「ふざけるな。その体はシカバのものだ。返せよ」

「勘違いして貰っては困る。君は僕に指図できる立場ではないのだよ」


 トライバルが再び影達を従えてゆっくりと歩み寄って来る。


「コーイチ! 逃げるっす!」

「逃げるったって何処に!」


 奴から少しも視線を外す事は出来なかった。何をしようとしているのかわからない。


「俺の家っす! ここからならすぐっす!」

「お前の母ちゃんを巻き込むわけには行かねえ!」

「大丈夫っす! 早く!」

「ああ、畜生……どうなっても知らねえぞ!」


 俺は影に向かって突撃した。やはり影は光を放って消えた。


「そのまま、まっすぐ走るっす!」


 トライバルの横をすり抜けて走った。奴は相変わらず笑みを浮かべていたが、気にしている余裕はなかった。


「やれやれ。御転婆な女神様だ」


 背後から嘲笑うかの様な奴の声が聞こえた。


「はあ、はあ……」


 息が切れるのが早い。女神なんだからもうちょっと体力あってもいいだろ。


「シカバ、まだか!?」

「もうちょっとっす!」


 俺と併走するように影達が追いついて来る。消してやろうと影に触れようとすると逆に影に手首を掴まれた。


「な、何で……さっきは消えたのに……」

「コーイチ!! あいつが来たっす!」


 振り返ると軽い足取りでトライバルが歩いて来る。


「僕の操る影は君に敵意さえ向けならば消える事はないみたいだ。ふふっ。今の僕は君に危害を加えるつもりは少しも無いからね」

「はあ!? 女神パワー全然使えねえじゃねえか!!」

「君には僕の手伝いをして欲しいんだ。一緒に行こう」


 影がぐいぐいと俺の体をトライバルの元へと引きずろうとする。


「あー! くそっ! 誰か助けろよ!!」


 空に向かって叫んだ。すると影の動きが急に止まった。影に掴まれた手が解放される。


「えっ?」


 よく見てみると影から黒い紐のようなものが伸びている。あれで動きを封じられてるのか。あれってあの黒い男の……。


「トロイ様!」

「えっ!?」


 空から甲高い女の声がした。次から次へと何だ!


「カアちゃん!」

「え、ええ!?」


 シカバが母ちゃんと呼んだのは小型自動車くらいの大きさはある深紅のドラゴンだった。


「はええ!?」


 ドラゴンは俺の側に降り立ち、威嚇する様に咆哮した。その衝撃で影達が四方に吹き飛ぶ。


「乗るっす!」

「あ、ああ」


 ドラゴンはおろか馬にすら乗ったことがなかったが、何とかその体に跨り、振り落とされないように首にしがみついた。瞬間、視界が揺れ、地面が遥か彼方に遠のく。


「う、うわあああっ!!!!」


 俺、高所恐怖症じゃないつもりだったけど、これは普通に怖い。飛行機に乗るのとはわけが違う。一歩間違えれば確実に死ぬ高さに命綱もなしに立たされているようなものだ。


「無理無理無理無理!!」

「カアちゃん、ありがとっす! 心配かけたっす!」

「トロイ様、何事も無く……は無いようだけど、とりあえず無事でよかったヨ」


 叫ぶ俺を無視してシカバとドラゴンは普通に話し出した。


「もう少し戻るのが遅かったら王都を焼き尽くしていたところだヨ」

「それは危なかったっす!」

「お、お前ら、何普通に話してんだよ!」

「トロイ様、この人誰?」

「この人が光の女神様っす!」

「へー。この人がそうなんだネ」

「怖い怖い怖い」

「何だか女神らしくないネ」


 俺は目をつぶってひたすら泣き言を言い連ねた。




『女神ジンノ、初飛行する』











 ***




「残念。逃げられてしまった」


 男は少しも残念そうに見えない涼しい顔で言った。


「君のせいだよ。ああ、そんな睨むなよ。無理矢理目覚めさせたことは悪かったよ。本心からそう思っているさ。だから君にはもう協力は求めていないだろう? だがね、私の邪魔はしないで欲しいな」


 男の背後で闇が揺らめいた。


「王都なんて出て、好きに生きればいいじゃないか」

「あの女に……危害を加えたら許さない」

「何だ? 女神に惚れているのか? とんだお笑い草だな」


 可笑しそうに男が言うと闇は静かに消え、辺りは静寂に包まれた。


「冗談の通じない奴め。目覚めさせた事で感謝こそすれ恨まれる覚えはないな。ふんっ……余程()()()()でも見ていたのかな?」


 男は一人声を殺して笑った。





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