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13. 恋とはいかなるものかしら

 


 ブラン婆さんの元を後にした俺はすぐにシカバがクマのぬいぐるみになっていることに感謝することになった。長い螺旋階段を登るのにクマのぬいぐるみは軽くて持ち運びがしやすかったのだ。


「移動が楽ちんっす!」

「お前が土偶にでもなっていたら置いて行ってるところだ」

「それは困るっす」

「ったく。まさかこんなことになるとはな……」


 いや、でもそれを言ったら俺がこの世界に来てから起こった何もかもに「まさかこんなことになるとは」と言えてしまう。


「コーイチ」

「なんだ?」

「ありがとっす」

「それはブラン婆さんに言うことだろ。俺は何もしてねえよ」

「でも、知り合ったばかりの俺のことで怒ってくれて嬉しかったっす」

「……誰だってそうするだろ」


 腕の中のクマのぬいぐるみが笑った。


 城の廊下を歩いていると見るからに豪華な艶やかなドレスを着た少女に呼び止められた。


「貴女」

「…………」


 最初は人違いかと思った。俺に金髪縦ロールのTHEお嬢様みたいな知り合いはいなかったから。


「貴女、ねえ! ねえ聞いていらっしゃる!?」

「ん? 俺のことか?」

「そうですわ!」


 ですわ口調の女なんて生まれて初めて見た。何か感動。


(わたくし)、貴女の秘密を知っています」

「秘密? 何のことだ? そもそもお前誰だよ」


 俺の言葉に女はぴしりと動きを止めた。俺の言葉が衝撃的だったようだ。だが、急に現れたこの女を俺は本当に見たことがない。


「コーイチ! この方はこの国のお姫様のオネット様っす!」


 腕の中のシカバが慌てて口を開いた。


「え、ぬいぐるみがお喋りを……?」

「あ、ああ気にすんな。俺のペットみたいなもんだ」

「ペットじゃないっす」

「お前少し黙ってろ ……えっとあんた姫様だって? 確かに見るからに育ちの良さそうな外見をしているもんな。そうかそうか、よしよし」


 軽く咳払いをしてからテレビドラマで見たように優雅に挨拶をしようとした。


「これはこれは姫君、御機嫌麗しゅう」


 それっぽいこと言って頭を下げておけば優雅に見えるだろうと思って言ってみたが、あっているだろうか。


「貴女、私のことを馬鹿にしてます?」


 どうやら失敗したらしい。彼女の癇に障ってしまったようだ。


「そんな滅相も御座いません。姫様に会うなんて初めてなんだ。無礼を許してくれ」

「……もういいですわ。それより、もう一度いいます。私、貴女の秘密を知っています!」

「ああ、そうだったな。それで? どんな秘密を知っているんだ?」


 俺が聞くと彼女は狼狽た様に周りを気にしだしえっとえっと、と繰り返している。


「こんな誰に聞かれているかわからない場所ではお話できませんわ!」

「いや、気にすんなよ。大丈夫大丈夫。言ってみ?」

「だ、駄目ですわ! 私の部屋に来て下さい!」

「悪いな。俺達急いでんだ。あんたの部屋に遊びに行ってる暇はねえんだ。話ならまた今度聞くわ」

「あ、あの、ま、待って下さい!」


 俺の手を両手でぎゅっと握りしめて、彼女は俯いてしまった。大方秘密を知っているという話は嘘だろう。姫様に知られるような秘密なんて思いつかないし。


「どうしたよ?」

「……貴女、勇者様と親しくしていますわよね」


最近俺はブラン婆さんのところに通っている。セイヴも城にはよく来ているようでよく書庫の近くで話しているのを見られていたのだろう。


「セイヴか? ああ、まあな」


 俺の言葉に彼女は唇を噛んで、少し傷ついた表情を浮かべた。……これはもしやひょっとするとひょっとするのか?


「姫様、あんたもしかしてセイヴが好きなのか?」


 途端に彼女は耳から首まで顔を真っ赤にして狼狽した。


「な、何を言っているんですか!? そ、そんなことあるわけないじゃありませんか!! わ、私はただ、勇者様とあの、貴女の関係が気になっただけで……ではなくて、あのっ」

「わかったわかった。少し落ち着けよ」


 セイヴのやつも一国の姫様を落とすなんてやるじゃないか。そもそもあいつ、顔が整っているしな。しかも勇者様で、いい奴だ。きっとエペが過保護を発揮して横槍を入れたりしなければ、女慣れしたモテモテ男になっていたかもしれない。……そんなセイヴは嫌だ。

 まあ、流石のエペも姫様をセイヴに近寄ってくる虫扱いは出来なかったんだろうな。


 姫と勇者、若い二人の甘酸っぱい恋愛か。いいねえ。青春じゃねえか。俺も美世子とのラブラブスクールライフとか妄想したことがあったなあ……。若いっていいなあ。


「あれ? でも、姫様って婚約者がいるっすよね?」


 シカバの一言に姫様はばっと顔を上げた。


「そ、そうですわ! 私、婚約者の方がおりますの! 勇者様なんてこれっぽっちも何とも思っていないですわ!」

「まあ若いうちはいろいろ恋愛してみていいんじゃないか?」

「駄目ですわ! 私にはもう決められた方がいますもの!」

「なら、何でセイヴと俺のこと気にしたよ?」

「それは……気になったから聞いただけです!!」


 姫様は叫び声をあげて城の廊下を走り去って行った。


「廊下は走るなよー…………って、何だったんだ。あれ」

「報われない恋っす。悲恋っす。わかっていても止められない恋もあるっす」

「好きになっちゃいけないのに止められないのか。若いのに辛い恋してんな」

「若いからこその純真な恋っす」

「年取ったら不純になるみたいな言い方やめろよ」


 結婚相手が勝手に決められちまうってのはどんな気分なんだろうな。俺は本当に好きだと思った相手と一生を共にしたいと思う。


「今度姫様のところに遊びに行ってみるか」


 今日のところは一先ずムスリクのところに急がなくてはいけない。





『女神ジンノは王都の姫オネットの秘めた恋心を知った』





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