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11. 馬鹿と馬鹿女神


 

 その日は早めにブラン婆さんとの修行を終え、螺旋階段を上がり、書庫へと通じる扉を開くと目の前に筋肉質の男が爽やかな笑顔で立っていた。


「え、誰」


 と、言いつつこいつからはムスリクと似た匂いがぷんぷんする。


「ムスリク隊長から頼まれて来たっす! 今日から女神様の護衛担当になったっす!」


 案の定だった。


「え、お前らって確か、諜報部隊じゃなかったっけ。護衛は専門外だろ」

「俺、諜報活動は下手くそ過ぎてクビになったっす!」

「ええー……」

「大丈夫っす! 力には自信あるっす! ちゃんと女神様を護るっす!」

「ま、まあムスリクの知り合いならいいか……よろしくな」

「はい! よろしくっす!」


 男はまっ白な歯を見せて笑った。


 この男、名前をシカバという。ムスリクに憧れて筋肉をつけて諜報部隊に志願したらしい。鍛え抜かれた筋肉のおかげで見事諜報部隊に入ることが出来たが、いかんせん頭が悪かった。筋肉では補いきれない馬鹿さ加減に部署異動を言い渡され、この度晴れて女神の護衛という任についたのだった。


 ムスリクは俺が悪漢に襲われかけたことを気にしてこの男を寄越したのだろう。世話をかける。


「お前も俺の護衛なんて退屈な仕事をさせて悪いな」

「何言ってるんすか! 女神様の護衛は大事な仕事っす!」


 この男、声がでかい。一応女神召喚のことは一般市民には伏せられているはずだが、こいつがこう女神様女神様と言っていたら良からぬ噂が立ちかねない。


「シカバ」

「はいっす!」

「俺のことはジンノと呼べ」

「無理っす!」

「何でだ!」


 間髪入れずにシカバは答えた。畜生、いい笑顔をしやがって。


「俺の家、女神信仰が強いんす! だから女神様のことを呼び捨てなんて出来ないっす!」

「女神信仰とかあんの?」

「あるっす! 光の女神様は最上位の女神様っす! 絶対絶対呼び捨てなんて無理っす!」


 こいつ、結構頭が硬い奴かもしれない。


「……なら、コーイチでいいよ」

「コーイチっすか?」

「そうそう。俺の世界ではコーイチって光の女神様って意味なんだよ」

「え! まじっすか!?」

「まじっす。お前にだけは特別にその呼び方を教えてやるよ」

「ええ! 嬉しいっす!」

「よし。じゃあこれから俺のことを呼ぶときは?」

「コーイチ! っす!」

「よし!」


 口からの出まかせだったが、こいつが馬鹿で助かった。これで、女神女神でかい声で言うこともなくなる。と、思っていたが。


「コーイチ!」

「何だ?」

「何でもないっす!」


 さっきから数十回同じことを繰り返している。付き合いたてのカップルでもやらねえぞ。そしてこれはなかなか精神的にキツいものがある。


「シカバよお。女神ってのはそんなに凄いもんか?」 

「当たり前っす! この世で徳を積んだ純粋な魂を持つ者が天に召されると女神様になるらしいっす! だから女神様は偉いっす! 凄いっす! 」

「へー。それって男も女神になるってことか?」

「そうなるっす!」

「ははは……」


 俺はそんなに徳を積んだ人生を送っていたわけではないが、男も女神になるってのは身に覚えがあり過ぎる話だ。


「はっ!……危ない!」


 突然シカバが叫んだ。


「え!?」


 状況を把握すら間もなくシカバに抱えられて物陰に押し込められた。この間のことがあったから大通りを通っていたのに何が起こったというのだ。


「シカバ、どうした!?」

「今、鳥の糞が落ちて来てたっす。 危ないところだったっす」

「は?」


 唖然とする俺を前にシカバは汗を拭ってやり切った顔をした。


「危なーい!」


 水溜りに足を踏み入れそうになったところを体を持ち上げられた。


「危なーい!」


 飛んできた虫から護ろうと覆い被さってきた。


「危なーい!」

「危なーい!」

「危なーい!」


 …………。


「ああ、もう! 鬱陶しい!!」

「コーイチ、どうしたっすか!?」

「どうしたもこうしたもあるか! 護ってくれるのは有難いが、そこまでしなくていい!」

「何でっすか!? 命の危機っす!」

「水溜りを踏んだり虫にぶつかられたくらいで死ぬか!」

「死ぬっす!」


 今日一番でかい声でシカバは叫んだ。


「え……」

「俺の爺ちゃんの妹の再従兄弟は水溜りに潜んでいた魔物に喰われたっす。曾祖母ちゃんの娘の旦那の義理の母親の孫は虫の姿をした魔物の毒で死んだっす」

「あ、そうだったのか……何か、ごめん」

「嘘っす」

「てめえ! ふざけんなよ!」

「でも、そう言う可能性もあるってことっす!」


 こいつなりに俺の心配をしてくれていたってことはわかる。でも、


「魔物は俺に触れることも出来ずに消滅するから問題ねえよ」


 胸を張って言うとシカバはキラキラとした眼差しを俺に向けた。


「そうなんすか!? 流石コーイチっす!」

「ま、まあな」


 純粋に褒められると少し気恥ずかしい。だが、悪い気はしない?


「み、見たいか?」

「見たいっす!」


 ぼそりと呟くとシカバは期待に満ちた目で俺を見つめて即答した。


「し、仕方ねえな。少しだけだぞ」

「やったっす!」


 もうすぐ日暮れだが少しくらいなら大丈夫だろう。


 俺達は王都から出て付近の森で魔物を探した。


「夜の魔物は昼よりも凶暴っす! ドキドキっす!」

「そういや、俺、夜に王都から出たの初めてかも」

「ドキドキ初体験っす!」

「ははっ。売れないエロ本みたいなこと言うなよ」


 その時、何やら木々の間を影が移動するのが見えた。


「いたぞ!」


 俺が走り出すとシカバも後に続いた。


「よーし! 久々の『女神アターック』!!」


 影に体当たりをすると当たった衝撃があった。可笑しい。魔物は俺に触れることすら出来ないはずなのに。

 恐る恐るぶつかった相手を見てみると、俺を襲った悪漢野郎だった。


「いってえな……って、お前……あの上玉の嬢ちゃんじゃねえか! そっちからやって来てくれるなんて嬉しいねえ」

「……すんません。人違いっす」

「んなわけあるかあ!!」

「ひええ!! お助けえ!!」


 叫ぶ俺を背後のシカバは不思議そうに眺めていた。


「あれ? 消えてないじゃないっすか? さては俺が嘘ついたからって騙したっすね?」

「馬鹿野郎! 今が女神最大のピンチだろうが! 助けろ!!」

「魔物は消せるじゃないんすか?」

「馬鹿馬鹿馬鹿! こいつはどう見ても人だろうが! 俺の力は魔物専用なんだよ!!」

「そうなんすか!?」

「そうなんす!!」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる! 」


 男が懐からナイフを取り出して俺の服を切り裂いた。


「ぎゃあっ! 変態!」


 男が片手で俺の手首を後ろで拘束し、俺の首元にナイフを当てた。


「もうすぐ俺の仲間がやってくる。それまでお前らには大人しくしていて貰うぜ」

「誰が来るって?」

「え?」


 一瞬で男の体が地面に崩れ落ちた。振り返るとそこには呆れた顔のムスリクが立っていた。


「何の為に護衛を付けたんだか……」

「ムスリク! 助かったぜ! 畜生、お前かっけえな! おい!」


 ばしばしとムスリクの分厚い胸板を叩いていたら頭を軽く(はた)かれた。


「あ痛っ!」

「ジンノ、君って奴は……まったく」

「お、怒るなよ。心配かけてごめんって」

「俺は君が精神的ショックを受けているだろうと思っていたが、まったく懲りていないみたいだな」

「いや、それなりにショックだったよ。勿論。まあ、でも人間気が緩むこともあるわけで……」

「たった数日でか?」

「あう」

「護衛がいる安心感があったのかもしれないが」


 ムスリクに睨まれてシカバはびくりと体を震わせてから、へらりと笑った。


「俺も今助けようとしてたところっす!」

「シカバてめえ! 調子良いこと言いやがって!」

「本当っす! この目を見てほしいっす!」

「キラキラした目をしてんじゃねえ!」

「暴力反対っす!」


 子犬みたいな目をするものだから腹だたしくてシカバの頰を思いっきり引っ張ってやった。


「はあ……」


 そんな俺達を傍目にため息を吐いたムスリクに俺達はぴたりと動きを止めた。


「ムスリク? あの、本当にこれから気をつけるよ。な? この通り」


 俺はちょこちょことムスリクに駆け寄り彼の目を見つめた。

 首をこてんと傾けた仕草にムスリクは弱い。俺はよく知っている。というか、今の俺の姿はかなり可愛いと自負している。こんな女にお願いされたら何だって許しちまうだろ。なあ! ムスリク!


「あ、悪女っす!」

「シカバてめえ! 余計な茶々入れてんじゃねえ! つか、女神に向かって悪女とは何だおら!」

「もういい、わかった」


 そう言うとムスリクは王都へ向かって一人歩き出した。


「……ム、ムスリク?」

「帰ろう」

「うん」


 それからムスリクは黙ってしまった。王都でシカバと別れ、二人になってからも相変わらず彼は黙ったままだ。黙って歩いていると落ち着かない。


「ムスリク……」

「……」

「なあ、何であそこにいたんだ?」


 何か話すことはないかと頭を巡らせていると、ふと思いついた。

 俺がピンチの時に偶々森の中にいたなんて偶然にしては出来すぎている。


「……あの森に、君を襲った野盗達が根城にしている場所があった。そこを叩きに行っていたんだ」


 答えてくれないかと思ったがムスリクは淡々と話し出した。


「俺の為?」

「そうだ」


 ムスリクは本当に俺のことを心配してくれていたのに考えなしの行動をとって悪いことをしてしまった。


「……ごめん」

「もういいよ。君が無事で何よりだ」


 また頭をぽんと叩かれた。今度は優しく。


「ありがとな」

「ははっ。当然のことをしたまでだ」


 よかった。少しは機嫌が治ったか。いつものムスリクだ。


「それにしてもよくあいつらが俺を襲った奴だってわかったな」

「ああ、諜報部隊だからな。王都内での事件や出来事はある程度把握している」

「……すげえな。筋肉諜報部隊」





『女神ジンノの護衛にシカバはなった。が、クビになるかもしれない』





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