梗概6・養子
『大掃除』から1年後・・
クィン卿はグラディスと結婚、城下に慎ましい屋敷を構えて今日も皇宮に出勤。
グラディスはただいま産休、屋敷で領地の政をチマチマと携わっている。彼女の父親で侯爵が教師として屋敷に同居中。義父とはうまくやっているクィン卿である。
さて、皇子達とアルルだが。
12歳になった第1皇子アルフィンは、春に皇立学術院に入学して現在小等部の1年生。
寮生活となり、週末しか帰ってこない。
第2皇子アルバーンは親友のアルルと共に、城でお勉強や武術を習っている。
だがアルルはこれにプラス、正妃からの『淑女の御行儀レッスン』を受けている。だって本当野生児だったからね。
アルルの身内だった老婆は、何故アルルを男の子のように育てたのか・・・
既に故人なので聞くことも出来ない。そして母親だが・・今も連絡は無い。
皇宮に戻る時、家に『アルルの行方はフォートレス辺境伯に聞くべし』といった張り紙をしておいた。
戻ったなら・・いや、娘を心配するなら辺境伯の所に所在を確認しに行くはずだ。
アルルが皇子達に引き取られて既に2年は経っている。つまり・・・
アルルは家庭教師に用紙を差し出す。
「書き取り終わりました」
「ふむ・・・綺麗な字ですね。綴りも間違いはありません。アルル、先に終わって良いですよ」
今日は共通語の書き取りだ。まだアルバーンは書き取り中。アルルが先に終えたから急いで書いているのを教師がちら、と見て。
「綴りが間違っていますよ、アルバーン様。ゆっくり書いたほうがやり直しが少ないですよ」
そして新しい用紙をアルバーンに渡す。
「わぁ・・・書き直し?」
「そうです。これが親書などの公式の文書だったなら・・お分かりですね?」
「はい・・・」
しゅんとアルバーンはしょげて、新しい紙に書き直す。
正妃となった母親はアルルを見て・・少し顔を顰めた。
アルルはこんなにも良い子なのに・・・彼女の母親は何をしているのだろう。
最後に会ったのが3年くらい前と聞いた。
母親にも何か事情はあるのだろうが、娘の様子が気にならないのだろうか。
探してやろうかとも思ったが・・・やめた。
むしろ引き渡したくなかった。
館では男の子だと思っていたから手を掛けなかったが、今は櫛で髪をとき、衣装も整えて。
こうしてアルルを見ると本当に可愛い女の子だ。可愛い、私の・・・娘だ。
御行儀もきちんと出来るようになった。こうしていればどこかの令嬢のようだ。1年前の野生児ではなくなった。可愛いアルル。意外にピンク色が似合う。フリルのドレスも様になっている。
最近は御行儀レッスンではなく、着せ替えばかりをしている。自分が幼少の頃着ていた服を取り寄せて、彼女に着せるのが最近の楽しみだ。やはり男の子ではこんな楽しみが出来ない。
ああ。この子が私の娘になれば良いのに・・・
でも・・母親が彼女を引き取りに来たら・・返さなければならない。
正妃はそっと溜息をついた。
正妃がアルルを随分気に入っているのを皇帝である夫も理解しているが・・やはり母親が引き取りに来たら応じなければならない。
なのでフォートレス辺境伯に頼み、アルルの家に定期的に確認に行ってもらっていた。
貼り紙がちゃんと付いているか、家に誰かいないか。
「まだ貼り紙は付いたまま、家に誰か入った形跡もありません」
同じ連絡が届くばかりだ。
このままアルルを置いてやるのもどうか。王族の養子に庶民がなれる筈もない。
何処かの貴族に養子が妥当だろう。それか侍女にするのも良い。そうすれば皇宮にずっと居られる。
侍女見習いは10歳くらいから受けている。あと1年、母親が迎えに来なければ進路を考えてやろう。
アルルはアルバーンよりも勉強が出来る。早々文官補佐にもなれるに違いない。
しかも剣も武術も同じくらい出来る。騎士にもなれるのではないか?
「ふむ。あの子はそうだ、クイン卿に預けてみるか」
庶民出で、今は侯爵にまで出世した彼になら。アルルは彼、そして妻のグラディスとも付き合いがある。
彼女の生い立ちを知る二人は無碍に断らないだろうし、子守手伝いにも良いだろう。
「このまま母親が現れなければ好都合なのだが」
そう。庶民の暮らしと比べれば、彼女にとってもいい事だろう。何より妻が喜ぶ。アルバーンもだ。
こうして出勤したクィン卿を皇帝は呼び出し、先程の『お考え』を述べた訳だ。対するクィン卿は・・右手を突き出す。『小遣い頂戴!』な素振りだ。
「今妻は身重なのでー、出産後でしたら!」
それはもう!『ええ笑顔』でした。
「勿論、支度金は弾むぞ。中々お前はおねだり上手だな」
余りにも露骨、あからさまなので皇帝は声を出して笑った。
「という訳だけど、良いよな?」
館に戻り、お腹が目立つようになった妻にクィン卿はしれっと告げる。
「良いわよ・・・知ってるんだから。あなた、元々アルルを引き取るって言うつもりだったでしょう?」
「バレてたか」
庶民の子アルルは今は後宮に住まわせて貰い、王子と同じ教育を受けて過ごしているが・・
特別すぎると妬む者もいるし、そこを弱点と突く者もいる。先んじて手を打とうと動く予定だった。
館から皇宮までは歩いて10分。皇子達とすぐ遊べる距離だ。
アルルを後継権無しの養子として引き取り、今生爵位の侯爵令嬢とすれば皇子達の友人として遊びに行くことも出来る。
「アルルは賢いし、武術もまあまあだ。俺たちが通ってた学術院に入れてやるのも愉しかろ?」
「今度こそ女騎士、って言うのも良いわね!」
グラディスは『ぱああ』と擬音が聞こえそうな笑顔で喜んだ。
「いやいやいや。アルルは君と同じにはならないよ!君は本当に・・・強かったから」
「あら誉めてくれるの?昔はちっとも誉めてくれなかったのに」
「誉めてたさ。口に出さないだけで」
「それは誉めてるとは言わないでしょう?」
刹那、クィン卿は思い出す。
飛竜に乗り、ロングハンマーをバトンのように振り回して滑空する彼女の勇姿を。
ワイバーンを一人で3体瞬殺した豪傑だった。まあ自分は5体だったが。
それから瞬く間に半年。
結局アルルの母親は音沙汰無しだったので、少し早いが養子の縁組をする事にした。
母親に取り返されるのを懸念した正妃が皇帝をせっついた訳だ。
既に3年以上母親は現れず。司法なども入れての正式な縁組となった。
グラディスも出産を終え、子供が首も据わってきたので『このタイミングなら』と。
クィン夫妻もアルルと面談をした所、彼女から打ち明けられた。
「これ以上陛下や正妃様にご迷惑をお掛け出来ない」
なんと彼女は自分から出て行くつもりだったのだ。
自分は庶民だから。優しい正妃やアルバーンに甘えていてはいけないと。
こんなまだ一桁の年齢の子に気を使わせていたのを知ると・・クィンとグラディスは顔を顰める。
「賢しい!子供はちょっとくらい甘えるもんだ!」
そしてクィンは彼女のおでこを人差し指で突き、グラディスはほっぺたを軽く抓った。
あれから3日後、養子縁組手続きが完了した。
「今日からアルルは『アルル・デラ・シャレード・クィン侯爵』となる。よろしく」
元正妃派のシャレード侯爵の名を拝命したクィン卿だ。通名は今まで通りクィン卿だ。
「はい!よろしくお願いします、クィン卿」
「アルル、俺は君の父親代わりとなる訳だ。お義父様って呼んでも良いんだよンフフ」
彼ももうすぐ29歳だ。アルルは9歳。父親と言ってもおかしくない年齢だ。
「そうだけど・・」
アルルは言いずらそうだ。どちらかと言えば兄、それか剣の師匠。
「うふふ。いきなりだものね。今までのように卿でも良いけど、私はお姉様でも良いのよ」
「あ!グラディス狡いぞ!!俺もお義父様よりはお兄様と!!」
「はい!お兄様、お姉様!私もこの方が嬉しいです」
「ダァ!」
「あら。サタースも仲間に入れて欲しい様よ」
渾名サタース・・正式名サタースウェイトはクィン卿とグラディスの息子だ。
「弟になるね、アルル」
「弟・・!」
アルルには兄弟がいない。仲が良いアルフィンとアルバーンの兄弟が羨ましかった。
「可愛がってね!」
「はい!お姉様!」
楽しい夕食の後はリビングで語らい・・
今アルルは屋敷の一室で微睡んでいる。
その部屋は彼女の為に改装された『彼女の部屋』だ。
ベッドに横たわり、気持ちの良いケットに包まっている。
私に家族が出来た。
素敵なお兄様とお姉様と弟。
皇国きっての名誉騎士のクィン卿夫妻だ。
・・お母さんは・・・・
あたしが物心つく頃にはもう何処かに働きに行って、家を留守にしていた。
帰って来たと思ったらまた何処かに行ってしまう。一定の場所に留まっていないから、手紙も出せない。
あたしを愛していた、いや少しは思ってくれていたのかは分からない。
お小遣いも貰った事も無い。抱きしめてくれた事も・・頭を撫でてもらった事も・・
ああ、そうだ・・
お母さんの鞄が落ちたから拾ってあげたら、
「触るんじゃ無い!」
そして殴られた。
ろくなもんじゃない。
あたしは、あたしは・・・もしかして。
お母さんに・・・・・
捨てられた?
「ふふっ」
可笑しい。可笑しい。ああ、可笑しい。
捨てられた?
・・・ううん。
あたしが。
あたしの方が。
お母さんを捨てたのだ。
この素晴らしい暮らし。勉強も武術も、そして礼儀作法も教えてもらえるのだ!
服も見て!部屋も素敵な『あたしだけの一人部屋』がある!
お母さんじゃこんな暮らし、あたしに与えれる?
素晴らしい大人達。そして、アルフィン様、アルバーン。
みんなあたしの味方。
あたしは守られている。
もしもあの人が来たって大丈夫。
図々しくあたしの前に現れたら・・そうね。
悔しい思いをさせてやらなくちゃ。
あたしはお母さんに捨てられたお陰で、こーーーんなに!幸せになれたんだって。
捨ててくれてありがとうって!
「ふふっ」
・・思っても言わない。
あたしの狡い、汚い、醜いところなんか、みんなには見せたくない。
あたしを思ってくれて、見てくれて、大事にしてくれるみんな。
だからあたしはみんなのために生きると決めた。
勉強をして、武術を磨いて、貴族の礼儀も身に付けて。
「ふふっ」
皇帝陛下と正妃様のために。
アルフィン様とアルバーンのために。
クイン卿とグラディス・・ううん、お兄様とお姉様のために。
弟サタースの為に。
あたしを大事にしてくれる人の為に、生きるのだ。
「おやすみ」