梗概4・侍女と騎士
暗闇の中、縦長クッションの仕掛けを引っ張り、目的地点まで草を掻き分け進むのは寵妃付き侍女グラディス。定のいい囮役である。
針金で固定した人間もどきのクッションを、必死で引っ張り草原を行く。
この縦長クッション、明るいところで見れば随分雑で間抜けな出来なのだが、暗闇だからなのか不思議と人が並んで足早に行く感じが出ている。これにはちょっとした仕掛けが施されている。
(使う機会がなければいいけど)
今夜は月が弓型でそんなに当たりを照らしてはいないが、暗部ならば人影と認知してしまう、微妙な明るさである。まあグラディスが進むにあたって少しは明るい方が良いのだが。
先程微かではあるが、音を聞いた。あれは・・抜け道を塞ぐ爆破音、だろう。
ハーリ・・・ううん、大丈夫。あいつは強いから。
ライバルで腐れ縁の、彼が脳裏に浮かんだ。
グラディスとハーリは同い年で、同じ皇立学術院に通った同級生でもある。
ハーリは庶民で、けれども入学式の祝辞を読んだ、『受験で一番をとった』優秀な子だった。
ちなみにグラディスは2番だった。余裕で1番、そして祝辞を読むと思っていた彼女は愕然とした。
(な、なんですってぇ?庶民が1番?一体どんな勉強をしてきたの?)
彼女は高位貴族、侯爵令嬢だ。国内外から優秀な家庭教師を呼んで、幼い頃からみっちりと勉強させられていた。
剣も、魔法も教え込まれた。それなのに!!どうして!!!
ハーリは国境近く、フォートレス辺境伯の領地で生まれ育った。
7歳の時に隣国バンゾクとの小競り合いで両親を失い、フォートレス城の従者になるべく引き取られて教育される事となったのだが、文字を覚えるから始まり、馬や飛竜を世話をするうちに、乗り手としても才能を見せた。そして剣術、体術、さらに魔法も教えられたら吸収し、メキメキ頭角を現した訳である。
フォートレスの領主である辺境伯にも認められ、進学を認められたのだ。
因縁なのか、二人は同じ組になる。成績順でA、B、Cと組み分けされる。したがって二人はA組だった。
グラディスは彼に対して敵意を顕にし、何かにつけて喧嘩腰となるのだがハーリの方はしれっとして受けては流し、受けては止めると相手にしないから、余計に激昂させて周りをハラハラさせた。
だが彼とて聖人君主では無い、まだ10代の子供だから遂に怒りが限界に達し、ぐい!と彼女の耳を引っ張った。流石に女の子に叩いたりは出来なかったのだが、グラディスは容赦無く反撃、バシンと彼の頬を叩いた。
「何よ!手加減なんかするんじゃ無いわよっ!」
「やったな・・・もう手加減はしない」
ばん!と彼もグラディスの頬を裏拳で殴った。そして二人は教室で取っ組み合いの喧嘩を始めたのだった。どちらも体術では互角で、教師2人で引き剥がさなければならなかった。
それからというもの、試験でハーリが1位をとった次には、グラディスが魔法実技で1位と、二人だけ異様に高レベルの戦いに激化していく。
剣や体術は男女別の授業なのだが、グラディスはあまりにも強過ぎるので、特別に男子と一緒に受けた。
同級生では相手にならないので、組むのはハーリとグラディスとお決まりとなっていく。
毎年学術院で秋に開催される剣術大会と魔術大会と馬術大会と飛竜滑空大会も二人は接戦、1位と2位を二人で奪い合った。
そんな二人も中等部になると、ハーリとグラディスは仲が良くなるのだ・・いや、恋愛的なものでなく、好敵手という立ち位置なのだろうか。
中等部1年の初夏・・
「金が稼ぎたいから、お前付きあえ。暇だろう?」
ハーリはグラディスの机の傍に立ち、いきなりこんな事を言い出した。
「まあ、貧乏庶民、お金恵んで欲しいの?」
「うむ・・恵んでもらうに近いかな?お前は剣も魔法も体術もそこそこ出来るからな」
「そこそこ」
なんですと?そこそことはどう言う事よ!グラディスはいらっとした。
だが彼はしれっとしたものだ、話を続ける。
「ギルドには15歳からじゃないと、加入させてくれないからな。俺は先月15になった。お前、今日15になっただろう?ギルドに加入出来る年になったのだから、今度の日曜、ギルドに加入に行くぞ」
「行くぞって。恵んでもらうに近いとは?」
貴様、私の誕生日をなぜ知ってる!?、という問いはとりあえず置いといて・・続きを促した。
「15歳で初めての依頼は必ず2人以上でないと受けられないんだ。一人じゃ稼ぐことも出来ない。だから行くぞ」
カチンときた。こんな物言いではグラディスでなくてもイラつくだろう。こんな性格だから、彼はモテなかった。でも学術院1割に満たない庶民の生徒たちには大人気だった。
「行くぞって!!なんでそんなに偉そうなのこのド庶民は」
「お前なら一緒でも行けるだろうと踏んだ。分かったか」
グラディスはもう、あからさまに顔がひきつる。
何、この『認めてやってる』的な、偉そうな態度。でも依頼が気になる。
「・・・・・どんな依頼受ける気なの」
「オークを1頭狩る簡単なお仕事だ」
「あら本当。で、私にはどんなお礼を寄越すの」
「お礼?」
彼はキョトンとする。こんな返事が返されるとは思わなかったらしい。
「報酬は当然でしょう?依頼に付き合わされるのだから」
「ん?お前金持ちじゃないか、なに、欲しいの?いらんだろう?実地でオーク狩り出来るんだ、それがお礼だ」
なんと礼儀知らず!頼み事をするなら等価交換するのは当然だろう?グラディスはばん!と机を叩く。
「あなたねっ!!それが人に頼む態度なの?貴族庶民関係無しで、無礼極まりないわよっ!!誠意を見せなさい、誠意を!!」
こう言われて、彼は目を見開いた。どうやら今気が付いたようだ。こういう事柄を、誰も注意する人がいなかったのか?貴族連中とは友達付き合いしていないようだし、庶民仲間からは『番長』とか言われているらしい。まだ暴君とか魔王と言われないだけマシか?
「・・・うん、確かに。お貴族のお嬢様は、礼節を重んじると」
そして急に跪いて、自分の胸に左手を添え、右手でグラディスの右手を取り、ちゅ。
「グラディス嬢、私ハーリ・クィンと共に、ダンジョン攻略に参じて頂けないでしょうか」
「無礼とは言ったけど・・そういう畏ったやり方じゃ無くて」
添えられた手を強引に戻し、じろりと彼を睨む。そうじゃない、そういう事じゃ。
なんだかもやっとして、落ち着かない。ちゅ、は余分だちゅ、は。
そして・・彼の顔を『見た』。
この時・・グラディスは初めて『真面』に、彼の顔を『見た』のだった。
黒いと思っていた彼の髪が濃い雲母色で、光が当たる部分が不思議な色に瞬く事。
瞳も同じく雲母色で、同じ色に輝くのだと。細く無く太すぎず、スッとした形の鼻梁、優男にならない程度の骨格、そして大きな掌。仲々の美少年だった事にようやく気付いた。
「ええ、よろしくてよ」
今頃、今更気がついた。3年も顔を突き合わせていたというのに・・何それ!
なんだか可笑しくなって、不思議と先程の苛立ちが消えて、人前であまり見せない彼女の笑顔が・・炸裂した。それをハーリは真面に『喰らった』。直撃だった。数秒彼女の顔を凝視して・・気が付いた。
学術院に入学以来、二人は毎日いがみ合い、何をするにも喧嘩腰で、本気で殴り合った事も1度や2度では無い。
流石に中等部1年に進級すればそこまでにはならないが、あいも変わらずいがみ合いや口喧嘩は日常だった。毎日彼女の顔を見ていたはずの彼も、たった今、気が付いた。
おい?このお貴族様・・すごく・・べっぴんさんだぞ?
彼もまた、毎日顔を引っ付かんばかりにメンチ切っての『オラオラ』な睨み合いをしていたにも拘らず、お貴族様のご尊顔を、真面に見たことが無かった。
銀髪と思っていたが、なんと・・パールブロンドだったのだ。所々、日が当たると金色が主張をしてくるのだ。睫毛は濃い金色で、瞳は濃い蜂蜜色だった!くりくりっとした、なんとも愛らしい輝きのそれが、自分を見つめているのだ。
・・なんとまあ、もったいない。こんなに美人なのに、あの性格か。男顔負けに強いとか。
でも金の為、経験値のため、ダンジョンに付き合って頂こうではないか。
こうして二人は日曜にギルドで落ち合い、登録を済ませたその足で、オーク討伐に赴いたのだった。
そこで驚きの発見。
思った以上に戦闘が『以心伝心』で、やりやすかった。
ここで援護が欲しいと思ったところで、タイミング良く助けが入るし、引いて欲しいと思えばさっと避けてくれた。
『何、やりやすい!』
『こうくると思うとくるなぁ・・いいぞ』
思いの外、楽しいクエストとなったのだった。
倒したオークをギルドの職員に渡し、もらった報酬だが、
「貴方に差し上げましてよ」
ひらひらと、グラディスは優雅な手つきで、札数枚を彼の胸ポケットに差し入れた。
「またお困りになったら、付き合っても宜しくてよ」
今日のクエストが本当に楽しかったので、グラディスはご機嫌だ。
少し首を傾げ、緩く口角を上げて微笑む姿は、さすがは侯爵令嬢であった。
「よし、じゃあ来週も空けておけ」
対する彼は、愛も変わらずこの口調!
「まあ。なんて物言いでしょう!その高飛車な態度、なんとかなりません?」
ムッとする彼女の表情を見て、やれやれと思いつつ、大袈裟に手を動かして胸に当て、礼をした。
「大変申し訳ありません、何せ庶民なもので(礼節礼節)」
「礼儀作法の時間も、学院でもあるじゃないの。本当あなたったら・・私を舐めてるわよね?」
「・・・♬。舐めてるとは」
体を起こし、グラディスの肩を掴むと引き寄せて、ベロン。ペロ、では無い。
「こういう事ですかな?」
「なっ」
ハーリは彼女の頬を舐めた。頬には刷毛で塗った様な涎跡で、てらてら光っている。
「なっ・・・・・・っ・・・・・・・」
震える呟きを漏らした後、彼女は固まったのを見て、あれ?と彼は首を傾げる。
あんまりうるさいから、ちょっとおちょくってやろう。
グラディスは騒ぐだろう、怒りまくるだろうと。ポカポカ、いやバシンバシンと彼を叩きまくるだろうと思ったのだが・・・彼女は顔を真っ赤にして、そのうち下を向いて、黙ってしまったのだ。
これにはハーリも焦った。
・・・・・ええ?そんな馬鹿な。何だ、この反応は。
剣術も、体術も、馬術も、飛竜滑空も、そして魔術も、並の男なんか相手にならないくらい強い彼女が・・こんな反応をするとは。よく見ると、涙ぐんでいるのだ。
「おい、お前」
「・・帰ります・・無礼者・・」
グラディスはか細い声で、まだ下を向いたままで、身体が微かに震えていて・・踵を返した。
「おい!!待て!!ああ・・ごめん、ごめんったら!」
いつもの彼とは違う、オロオロと慌てふためき彼女の傍に駆寄って、彼女の顔を覗き込むと・・一粒の煌きが、地面に落ちたのを見た。彼女が女の子だと、今更気が付いた。殴ったって泣いた事が無かったグラディスだったから、驚きだった。
「ああ、本当に・・巫山戯過ぎた・・悪かった、もう泣くな」
「今回は・・許してあげる・・もう、あんな事巫山戯てしないで頂戴」
「ああ。本当に、悪かった・・」
あの過激に張り合ってきた、いつでも喧嘩腰のグラディスが、侯爵令嬢で鼻っ柱の強い彼女が、泣くとは思いもしなかったハーリは、それ以来彼女に甘くなっていく。
学園で喧嘩はしなくなり、二人で『連んで』いるところを目撃されるようになるのだ。
「もしや、身分差の恋?」
「土日は二人で連れ立って、どこか出かけてるぜ」
「まさかデートかな?」
とか周りからは思われていた様だが、全然違った。恋人では無い。クエスト仲間だ。
「今度ギルドで『ドラゴンの卵』回収クエがきたんだけど行くか?」
「何ドラゴン?」
「どれでもいいが、出来ればシルバーだって」
「ふーむ。じゃ、装備はうち(侯爵家)のを貸してあげるわ」
「やったぜ」
色気も何もありはしなかった。
2年に進級する頃にはハンターランクがAランクまでになっていて、二人の進路も近衛術騎士団の入団と決まったのだった。
「お前が男だったらなぁ。最高の相棒だったんだがなぁ・・残念だなぁ」
「そうね、貴方が女だったんなら・・・・ふふっ」
「あ?何笑ってるんだ?」
「女のハーリを想像したのよ」
「なんで俺が女装しないといかんのだ」
ギルドの依頼を受け、ダンジョンに向かう道中も、こんなふうにおしゃべりをする様になっていた。
今日も任務完了!
ハーリとギルドで別れ、飛竜に乗って屋敷に帰る道中、グラディスは思いを巡らす。
楽しい。二人でいる、この時間が何と楽しい事か。
テストも剣や魔法などでも、二人で張り合う楽しさよ。
学術院では好敵手で、ギルドでは相棒。
そして、近衛術騎士団に入団しても、二人で騎士となって、これからも相棒で。
「そろそろ入団試験の訓練を始めたほうがいいわね。ハーリにも相談しなくちゃ」
2年の秋頃から、近衛術騎士団の入団試験の為に、二人は毎日剣術、魔法、体術、馬術、飛竜など実技の訓練を放課後行った。週末には息抜き?にギルドで依頼を受け、二人で駆け回った。
毎日が楽しく、充実していた。
こうして・・二人は特訓のお陰か、3年の3学期半ばに行われた近衛術騎士団入団試験に見事合格し、卒業後に入団が決まったのだった。
本来なら学術院を卒業後、近衛術騎士訓練学校に2年鍛えられてから入団試験という流れが一般的で、学術院からの直接入団は、まだ誰も成し遂げていなかったので、本当に快挙だった。
だが卒業式を終え、いざ入団という段階になって、グラディスの入団が取り消されたのだった。
彼女の父親である侯爵が、大反対したからだった。彼女には縁談があると。
流石に高位貴族で、宮廷でも権力を持つ彼の圧力があっては、どうしようもなかった。
「本当は入って欲しかったのだが・・」
当時の統括団長が残念がっていた。
彼女だって侯爵令嬢だ、家のための縁談だって、そのうち受け入れるつもりだった。
あと2年、いや1年でいい。
騎士として、ハーリと共に・・あの楽しい時間を、あと少しでいいから・・
父親である侯爵に懇願しても、却下されてしまった。
彼女は今までお願いらしいお願いなど、一度もしたことが無かった。
本当に、たった一つのお願いだったのだ。
「もういい。こんな家なんか。何よ、ほんの2年程度も待てないの?いいわ、もう、知らない」
グラディスは家を出て、向かった先は皇宮だった。それも後宮だ。
別に皇帝の寵妃になりに行ったのではない、学術院の先輩だった寵妃に会いに行ったのだ。
彼女とグラディスはお隣さんで、同じ侯爵令嬢だ。まあ、お隣といっても5キロは離れているが。
小さい時はよく遊んでもらったものだ。後宮に彼女が入った後でも、ちょくちょく慰めに行っていたから、警備兵も顔を覚えていたのだろう、すんなり会う許可がもらえた。
(さあ、やるわよ!)
グラディスは決心していた。寵妃である先輩に、お願いをするのだ。
「先輩、いや寵妃様!私を専属侍女にして下さいませんか?」
会うなり挨拶もそこそこ、グラディスは先輩である寵妃に直談判を申し込んだのだ。
皇室に入り込めば、父の権力も無くなる。私を嫁がせようなんて、もう思わせない!!
それに先輩は、あの正妃との権力争いに巻き込まれている。
私は自分で言うのも何だが、ボディガードくらい出来る自信はある。
「ぜひ、皇太子様(今はまだ)に、私を推薦していただけないでしょうか!」
「まあ、本当に良いの?嬉しいわ!グラディス!」
小さな頃からの友人で、学術院でも後輩で一緒に過ごした彼女が、後宮でも自分の味方でいてくれるのは頼もしかった。すぐさま皇太子に連絡をし、彼女を専属侍女にしたいと願うと、即刻彼は許可を下したのだった。
彼も寵妃が安心して過ごせるように、良い侍女をつけてあげたかったので、願ったり叶ったりだ。
それに少し前に第2皇太子が生まれたばかり、二人の子供の教育係にも良いのでは、と彼は考えたのだ。
それから半年後。
皇宮でグラディスはハーリと再会をしたのだった。再会というか、遠くから見かけただけだが。
彼は辺境地で魔物を退治し、武勲を立てての帰還で、今日はその授与式だったのだ。
ハーリは庶民で位が無かったので、名誉騎士を授与、子爵となった。
皇帝(父親)によって爵位を与えられた彼を、グラディスは離れたところから見つめていた。
ハーリは少し身長が高くなって、身体つきも何だかがっしりとしたみたい。
髪も後ろで纏めて結んで、馬の尻尾のようだ。学生の頃は短髪だったのに。
・・ああ、あれから半年も経ったのか。
私の知らないハーリになってしまったんだ。
本当なら、私も一緒に頑張って・・まあ授与はないかもしれないけど、ハーリと・・冒険・・
ポタ、と涙が零れた。
彼女は舞台に立つ寵妃の代わりに、第2皇太子の子守をしていた。第1皇太子は部屋でお勉強中だ。
式典会場の廊下の窓から、式を見ていたが・・そっと離れて寵妃の部屋に戻る。
お祝いを言いたかったけど・・無理みたい。
ハーリは今一番忙しいみたいだし。
赤ん坊をゆっくりと揺らして眠らせながら、グラディスは歩き去った。
「グラディス?何でここに?」
授与式から数日後・・
寵妃と共に二人の王子を子守をしているところに、皇太子が寵妃に逢いに来たのだが、その護衛がハーリだった。
「えーと、久しぶりね、ハーリ」
騎士服が抜群に似合ってると、グラディスは思った。不意に、自分も騎士服で彼の傍に立っている・・そんな幻想を思い浮かべ、苦笑した。
二人の様子を見て、寵妃はグラディスから以前近衛術騎士団に入隊出来なかった経緯を聞いていたのだが、その話に出てきたのが『ハーリ』という学友だったことを思い出した。
「グラディス、少し時間をあげるから、お友達と話していらっしゃい。警備は大丈夫、アルフレド様が私たちを守ってくださいますから、ね?アルフレド様」
「む?当然だ。二人共、彼女が良いと言うのだ、外のテラスに行っておいで」
皇太子様たちの許可が出て、二人で話す事となったが・・
「久しぶりだな、グラディス。なんか・・女らしくなった気がするなぁ」
そう言って、彼はハハハと笑った。
ああ、笑い方も、なんか男らしくなってる。半年でもうこんなに別人みたい。
彼の成長を間近で見られなかったのが、悔しい。
「ハーリだって、男らしくなった感じだわ」
「そう?ふふん、ちょっと嬉しい事言うじゃないか。で・・どうしてここに?」
グラディスは溜息まじりで、今までの事を説明をした。
「あー、私も入団したかったなぁー。そして前みたいに、前みたいに・・くっぅうっ・・」
笑い飛ばそうとしたが、やはりダメだった。ポタ、と涙が溢れた。ハーリは手を伸ばし、彼女の涙を指ですくう。
「グラディス」
「ああ、もう。ごめんなさい・・ハーリが授与して、頑張っているのが、嬉しいのに・・・悔しいよ・・・素直にお祝いできなくてごめん・・」
やはり我慢が出来なくて、いじけてメソメソしてしまった。
「ごめん、ハーリ・・今私、紙屑みたいに、くしゃくしゃなのよ・・悔しいよ・・」
彼は傍に寄り、彼女の側頭部に手を当てグイと引き寄せて、自分の側頭部に押し付けた。
「なあ、グラディス。またギルドのクエストに行こう。そうだなぁ・・金竜の卵でも生け捕るか。
そしてそれを育てて、可愛い皇子の飛竜にしよう。皇太子様の許可を得てからだけど」
「あはは・・そんな暇、ハーリにも私にも無いじゃないの」
「そうだな。じゃ、今度うまいもん食いに行くか」
「奢ってね。あんたの方が、今はお金持ちなんだから」
「しょうがねぇなぁ」
「あー・・やっぱり、私入団したかった。あのクソが、あんなに反対してくるとは思わなかったわ」
「あのクソ(笑)」
「ちょっと前までは、入団してもいいって感じだったのに」
「・・・ああ、それ、多分俺のせいだ」
「え?何で?」
「俺とお前の仲を勘ぐったんだ、お前の親父」
「勘ぐる?」
「恋人同士と思ったようだ。身分を弁えろ、とか言われたからな」
「へ」
いつそんな会話をしていたのだ?もしかしてクエストで使う武器を、家に取りに行った時か?
「だからな、俺たちは恋人では無い、友人だって言ったんだけどな。信じて貰えなかった」
「何それ」
あのクソ、私に直接言ってよ!ちゃんと説明したのに!!かあーーっと頭に血が上った。
「それと、お前に気がある公爵がいて、縁談させるから入団するだけ無駄、とか」
「あのクソ・・本当に、もう許さない」
「まあ、少しは落ち着いたと思うから、どうだ?もう一度入団試験受けてみたらどうだ?」
「・・・無理だわ。私の父が侯爵って事で、既に一度取り消しで圧力掛けたから、多分また書類で落とされると思う・・・本当マジくたばれあのクソ」
「口が悪いな、珍しく。貴族も大変だな」
他人事のように言っている友人に、ウインクをした。
「そうなのよ。でも、ハーリも名誉騎士になったじゃないの。あんたも貴族の仲間入りよ」
「うわ、そうだった。それマジいらない。金でいいよ」
といった具合で、ハーリは王太子(この頃はまだ王太子)、たまに寵妃の護衛でグラディスの前にちょくちょく現れるようになったのだ。
あれから7年が過ぎ・・
陛下の命令で寵妃達を城から逃す段取りを進めていた二人に、寵妃の方から城を出たい、助けてくれと言われて焦った。
とりあえずほぼ決まっていた段取りで城を出た。
途中、陛下に知らせる為に、ハーリの伝令フクロウを飛ばした。
大人3人子供2人の旅は意外にスムーズで、フォートレス辺境伯領にも手間無く入り、前もって決めていた館へと向かい、無事到着。・・実は数人、彼らを守る兵士達が警護していたからなのだ。
こうして平和に暮らしていたのだったが・・・ついに敵に知られてしまった。
この館に来てから、ハーリはグラディスにぐいぐいアプローチを仕掛けるようになった。
『一緒にこの辺散歩しよう』から始まり、朝ご飯を一緒に食べたり、馬に乗る時も二人、彼女を前に座らせて後ろ抱きな格好でギャロップギャロップ♬、買い物もぴったりと隣に立ち、荷物持ちをしたり・・・
ハーリは男爵位を貰った1年後には子爵になり、さらに3年後伯爵位を授与と、ガンガン出世して身分も婚姻可能になっていた。だが今までが友人相棒関係だった所為か、グラディスの気持ちが追いついていない。彼女は恋愛などせずに生きてきたので、ちゃんとした?恋人のするキスさえ未経験だ。
勿論『ベロン』はカウントされない。
恋愛に疎い彼女でも、今は自分が彼に対してどう思っているのかなんて、分かってはいたのだが・・・
「こんな事ならもっと素直に・・・うん、生き延びなくちゃ」
そして彼に告げなくては。彼女は決心していた。
もうすぐ目標地点、あそこまで行ったら、この変なクッション達を捨てて、アルルの家に向かうのだ。
カサ、サ・・
(!!!)
グラディスの全身の産毛が、一気に逆立った。
変な音がした!草の音!私が立てている草の音と違う!
カサ、カサカサ、ササササアァ・・・
こっちに向かって走ってくる!3人?4人?
剣術も魔法も体術も、侍女になってからはほとんど練習をしていない。こんな事なら少しくらいやっておけば・・今更ではあるが。
でも、でも・・・やるしかない!じっくりと、引き付けて、もう少し我慢・・今!
グラディスは俊敏に振り返り、クッション達から10メートルほど離れて、
「苛烈!!」
火炎放射のような長い火がクッションに向かって伸び、ボッと音と同時に燃えて・・
バァアン!!
轟音を立てて破裂、大きな炎の球になって燃え広がって、追ってきた暗部の3人の体を飲み込んだ。
クッションの中に、火薬を仕込んでおいたのだ。
燃え盛る火の明るさで、あと2人の暗部がいることがわかった。
あいつらを、私で止めなくちゃ。先輩と子供達を・・私が守らなくちゃ・・
(ハーリ・・!)
右手を一度握り、開きながらブン!と腕を横一文字に振って術を唱える。
「火球!」
投げた火の玉は最初は1つ、それがどんどん2、4、8、16と増えて飛び、一人の暗部に当たって全身が火に包まれて、地面にのた打ち回る。
あと一人はなんとか火の玉を避け、こちらに向かってくる。
腕に仕込んでおいた手投げ剣を3本構え、走る暗部に放つが、右肩を少し切っただけ、まだ速度が落ちない。以前なら100発100中を誇った手投げ剣だったのに・・グラディスは唇を噛んだ。
背中の剣を抜いて、相手の振りかぶる剣を防ぐ。ガキィンと音がして、相手は後ろに飛んで避ける。
久しぶりに剣を受けた。そうだ、剣を受けるとこんなにも手が・・ジーンと痺れる。ああ、ダメだ、痺れて震えて、握る手が定まらない。暗部が、剣を上段に構える。
ハーリにキスしてもらえなかったな
変な時世の句だ、と思ったその時。
人影が暗部の後ろに立ち、変な音がしたと同時に、にょきっと剣の先が暗部の胸から生えたように見えた・・
「グラディス、お待たせ」
暗部の体が崩れ、後ろの人影が現れた。
「ハーリ・・大丈夫だった?」
「現役騎士だからね。しかし、さすがグラディス。7年のブランクでも4人倒すとはお見事」
「・・人を殺して・・気分が悪い。剣もちゃんと震えなかった・・手投げ剣も・・しくじっちゃった」
グラディスお得意の手投げ剣・・しょんぼりする彼女に、彼は苦笑した。
「・・殺さなかったら君が死んでいたよ、グラディス。俺としては生きててくれて嬉しいよ。
お疲れさん、グラディス、さあ・・おいで」
まだ燃えている炎の灯で照らされた彼が、両手を大きく広げて立っている。
彼女は剣を放り出し、彼に飛びついた。
「あのね、ハーリ」
ちゃんと伝えよう、グラディスは彼の胸に収まると、見上げて微笑んだ。