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梗概3・寵妃と陛下


ああ・・元気そうだ・・よかった


少し離れたところで、彼女はいた。

スプリングスノーの樹の下に敷いたラグに座り、息子達と従者達と・・笑っていた。その笑顔に、胸がチリッと痛んだ。彼女の笑い顔など、どれくらい前に見たきりだった?


男装していたが美しい彼女が、アルフィン・・彼は女装をしていた・・を抱き寄せる。

照れくさそうにして、それでも嬉しそうに笑っている。アルバーンは先程の子供と楽しげに何かを話していて、二人で顔を見合わせ・・・ニコッと笑い、彼女たちに飛び付いて、4人で団子の様に固まって。

大きな笑い声が此処まで聞こえた。

傍にいるクイン卿が嗜める様に子供二人を引き剥がし、侍女のグラディスが飲み物を注いで・・

楽しげな様子は、他の観光客にも微笑ましい光景だった様だ、ふふ、と誰もが微笑んで通り過ぎて行く。


皇帝アルフレドは庶民の服を着て、『お忍び』でフォートレス辺境伯領を訪れていた。

彼は妻・・寵妃の『家出』を知っていた・・というか、ここにたどり着くように誘導していた。


彼は今までのことをぼんやりと思い出す・・




父である前皇帝が事なかれ主義で、争い事をいなすのが致命的に下手くそで、有力貴族や金持ち達を抑えることが出来なかったばかりに・・愛する女性を正妃に迎え入れる事が出来ず、屈辱的な寵妃として迎えざるを得なかった。

でも彼女は男の子を2人も儲けてくれた。これで立場は安定かと思われたのだが・・


一度も寝屋に足を向ける事のない夫のせいで、『放っておかれた哀れな王妃』とあだ名を付けられた正妃は憤怒した。彼としては正直知ったことか、である。


甘やかされて育った公爵令嬢の彼女に、こんな無礼をする者は誰もいなかった。

どんなわがままも聞いて貰える、願いは叶う、それが当然だったのだ。

見目麗しい、有能な皇太子を夫にして、正妃になりたいとおねだりしただけなのだ。彼が好きだったわけではなかった。皇太子の幼馴染で、正妃候補だった侯爵令嬢が以前から気に入らなかった、自分よりも美しい、賢い、正妃としてふさわしいと言われていた彼女に、ギャフンと言わせたいから、恋仲の皇太子を奪ってやろうと思った『だけ』だった。そしておねだりは叶った。

だが・・彼女よりも位の高い皇太子だって、お願いはあった。心から願った、たった一つのお願いは、くだらない横槍で叶わなかった。

皇太子を好きというわけでなかった、ただ寵妃をギャフンと言わせたかっただけ・・・

公爵令嬢の企みを知った皇太子が、怒り猛ったのは当然だった。


騙し討ちのようなやり方での婚約をされた恨みだ。

婚約を解消したかったが父の所為で、こちら側が婚約を申し込んだことになってしまっていた。

だから向こうが違反をしない限り、こちらからの婚約破棄が出来なかった。

愛情どころか、他人よりも酷い対応で接した、いや、ほったらかした。



そして国を挙げての盛大な結婚式・・

本当なら、今は寵妃の彼女と歩むはずだったバージンロードを、近寄るのも悍しい化物と歩まなければならない苦痛に、皇太子の端正な顔があからさまに歪んでいる。腕を組まなければならないのに、手は真っ直ぐ伸ばしたままで、花嫁に差し出す事もない。花嫁は仕方が無いので、ブーケを握り締める。

出席者の殆どが『事情』を知っているので、皇太子に同情するばかりだった。そして厚顔無恥な花嫁には、侮蔑の視線が向けられるのだった。


「贅沢をしても良い、子さえ産まなければ、愛人だって作って構わん。だが私の愛情など望むな」

結婚式の壇上で、皇太子は告げたのだった。誓いの口づけもするフリ、ベールを捲らずそのまま、唇に触れる事は無かった。


この仕打ちにそのうち折れ、離婚を言ってくるだろうと思っていたが、中々図太い女だった。


嫌がらせの対象は最初は寵妃だったが、次第に彼の子、皇太子達へと変わった。

寵妃が死んでも後継が二人もいる。子供は望めない。産む行為をしていないのだから当然だ。

後継を産まない自分は、立場がどんどん悪くなる。

皇位継承順位だが、寵妃の産んだ皇太子長男が1位、皇太子次男が2位、そしてこちらの親族に3位の男子がいる。

皇帝と皇太子が死んだ後、3位の彼が後を継げば良いのだ。

子など要らぬ、出産をすると、身体の線が崩れる。

美しいと言われていた寵妃も、今では少しふっくらとして、エレガントでなくなっている。

2番目の皇太子が生まれた時、もしかしたら、私の魅力に陛下も気がつくのでは・・・そんなことはあり得ないのに、いつまで経っても自信満々な彼女だったが、数年経ってようやく理解する。


王太子長男が10歳になっても、夫である皇帝とは全く会う事無く・・遠くですれ違う事すらないのだ。

「もういい。国の全てを、我が一族が手に入れてやる」


だが決心は遅かった。自分の一族、一派の勢力が、知らないうちに随分衰えていたのだ。

皇帝に即位してから彼は、真っ先に王妃の一族やその傘下にある貴族達の力を削ぐことに専念したのだ。

ゆっくりと、じわじわと、念入りに、執拗に、容赦無く、無慈悲に・・


正妃の実家である公爵家が力を持ち、皇帝でさえ黙らせる事が出来たのは、皇国がまだ国の形をなしていない頃から『暗部』という特殊な集団を持っていた為だ。『暗部』には諜報、暗殺、策謀などに長けた人間が集まっていた。彼らのお陰で一族は皇国でも重用され、公爵の地位を賜ったのだ。

だがこれら集団も、皇帝は排除する事にした。これほどの強い力を、臣下が持つ意味は無い。


こうしてひっそりと、暗部と皇帝の親衛隊の影の戦いが繰り広げられていたのだが、とうとう危惧していた事が起こってしまった。

第二王太子アルバーンが毒殺されかかったのだ。


ところが・・この事件を皇帝が知ったのは、事件3日後でアルバーンが目を覚ました後だったのだ。

側近とクィン卿には、とある任務の段取りをさせていた為、此処一月は今まで使った事の無い部下を付けていた。

なぜ連絡をしないのかと部下を問い詰めると、平然と返した返事がこれだ。

「正妃様のところに行く暇も無い陛下を、たかが妾の子供が伏せっている程度で煩わせてはならぬと指示された」

遂に自分の部下まで奴らの手が回っていたと・・愕然とするも、皇帝は反撃に転じた。


「そうかそうか。私は息子の危機にも、仕事をしなければならぬのか?

そんな薄情な男と思われていたのか?いや・・・お前が薄情なのだな?

お前は恋人が、親が、子供、友人が危機に遭ってもそうして済ました顔ができるんだな?

私は人間なのでね・・お前のような人でなしでは無いのだよ。

上司に言われたらなんでもいうことを聞く様だ、私はお前にとって上司だな?

じゃあ・・・人でなしは要らぬ。ここから出て行け。お前は人間じゃ無いから、ドアから出なくて良い」

あっという間だった。椅子から立ち上がり、大股で部下に近寄ると、首根っこを引っ掴んで窓から放り出した。ここは3階だ。


ぎゃあ、という声に気が付いた別の男が、部屋に入って来た。先程の男よりも上官の階級章が付いている。

「陛下!どうされましたか!・・?」

部屋にいたはずの部下がいないので、彼はキョロキョロと、目で室内を見渡している。

皇帝は男のすぐ傍に立ち、ニヤと口角を上げるが、笑ってはいない。

「・・お前か?あの男に、我が子の状態を教えるなと言ったのは」

「え・・うわっ!」


男の末路は先程の人でなしと同じ・・


夕方になって寵妃の部屋に向かうが・・様子がおかしい。

いつもは蝋燭が廊下を照らしているのに、いくつか消えているのだ。蝋燭の確認をしていない?

胸騒ぎがして、急いで部屋に入るが・・部屋がやけに冷たいのだ。まるで誰も住んでいない様な・・

ふと机を見ると、彼が幼い頃に彼女に送ったブローチが残されていた。

これは肌身離さず彼女が身に付けていたものだ。


心が急に冷え、彼は体をぶるっと震わせた。

遂に自分は、彼女に見限られてしまったのだと。


だがこれは想定内だった。

元々彼女と子供達を、一旦どこかに匿って貰い、その間に『大掃除』をしたいと思っていたのだ。

ただ予想よりも早く、相談する間も無く、彼女らが出て行ってしまった。

彼女の護衛には名誉騎士であるハーリ・クイン卿、そして寵妃が一番信頼している侍女グラディスが付き添っているだろう。行き先はフォートレス辺境伯の領地。クイン卿の出身地で、以前彼は辺境伯の従者をしていたから、領地にも詳しい。

もしも城を抜ける事を考えたなら、この二人を連れて行くと予想をしていた。元々二人をつけるつもりだったから、これで良かった。

庶民出のクィン卿だが、功績により伯爵レベルの地位を得た叩き上げで、どの派閥にも属していない。

そして皇帝派であるメニュエル侯爵令嬢のグラディスと、安心して彼女らを任せることが出来た。

フォートレス辺境伯だが、名前は『アルミン』・デラ・フォートレス。そう、名前の頭にアルが付く。

遠縁だが王族なのだ。幼い頃は彼と遊んだ事がある。彼も信頼に値する人物だった。

「近いうちに迎えに行く。待っていて欲しい」

皇帝はポツリと呟いた。




だが敵もさるもの、中々にしぶとかった。

多くの部下が負傷した。死者も出た。

後少しというところで逃げられ、歯軋りする事も度々。

建国以来皇家とも深く繋がりがあった暗部だ、そうそうやられてはくれない。

皇帝である彼自らも加わり、敵と対峙した。こう見えて彼は魔法が堪能だった。

「隊に加わって欲しいですな、殿下」

と、親衛隊隊長に言わしめた程だった。

まだ皇太子時代、彼は近衛術騎士団にいた事がある。



そうして寵妃達が城を抜け出して1年・・

ようやく正妃一族と一派、そして『暗部』を潰滅状態まで追い詰め、正妃を失脚させるに至った。


表向きは体調を崩し、正妃としての責務が出来ないからという事にした。


当然根回しに『噂話』を撒き散らした。

『皇帝に愛されなかった哀れな令嬢』から始まり、

『金使いの荒い、贅沢な強欲女』

『我儘な子供みたいな性根』

『こんなに長く子を産めないとは』

と、ある事ない事を揚げ連ねたが・・極め付け・・これは事実だ。

『なんと王太子二人を抹殺しようとした』

『毒を盛って殺そうとしたんだと』

『寵妃様も命を狙われたのだそうだ』

『陛下は寵妃様達の命の危険を案じ、どこかに匿ったそうだ』

これら醜聞は瞬く間に国内外に広がり、元正妃の名誉は地に落ちたのだった。

もう誰も彼女に近寄らない、手を差し出し、助けようとはしなかった。


そして、元正妃は城から追い出された後、行方が分からなくなった。



元正妃が退城したのが、スプリングスノーの花見の10日前。

本当は寵妃を迎えに行きたかった・・

だが行方をくらました元正妃の動向が気になった。

もしかして・・・彼女や子供達の居場所が知れてしまっているのかも知れない。

皇帝は予感がしたのだ。

あのしぶとい女が、このまま終わらせる筈は無いと。





「あら、ハーリ。まだ寝ないの?」

灯りもつけず、真っ暗な屋敷のホールで椅子に座り、身動ぎしない男にグラディスは声を掛ける。

「グラディス・・皆を起こしてくれるか?迅速に、そして静かに」

いつもは飄々とした男だったが、この時は恐ろしく静かな佇まいだった。

「!!・・分かったわ」

その意味を理解し、彼女は皆の所に行こうとして、足を止める。

「死ぬんじゃ無いわよ」

「まだ君にキスしてないからね、死ねないな」

ちゅ、と戯けて投げキッスをする。

「ばか・・ふざけないで・・死んだら嫌だからね」

いつも冷静な彼女の声が震えていて、なんだか泣き声の様だった。

「ほい」


ああ・・・泣かせちゃったな・・

涙をすくってあげたいが・・今は駄目だ。さて。

(囲まれたな)

彼はそろりと立ち上がり、既に抜身の剣を構える。

屋敷には脱出通路を用意しているから安心だ。皆が通った後、入口を壊せば良いのだ。

だが、殿しんがり役は・・しくじったら、壊した瓦礫に埋まるかもしれない。

「しくじったらごめんな、グラディス」

窓ガラスが破れ、ドアが破られて数人玄関ホールになだれ込んできた。



逃げるのは女子供で、どうしても遅くなってしまう。

「皆、絶対に声を上げてはいけませんよ。折角クイン卿が頑張ってくれているんですから。

その努力を無にしてはいけません。さあ、今から・・しーっ」

微かな声で、グラディスが告げる。

屋敷に越してきてすぐ、この通路は作られたので『暗部』も知らない筈だ。

ここを作るために外国人労働者2人をオーリーオ国から雇い、10日程度で作り、終わった後国に帰した。


もしもここを知られていたら・・・ああ、そんな事を考えるのはよそう・・ハーリは大丈夫かしら・・


グラディスも魔法が使えるが、最近練習をしていない。せいぜい火球と苛烈、数人倒せるか程度だ。


ああ・・出口だわ。大丈夫かしら。もしかして・・外に・・暗部がいたら・・

怖い・・!助けて、ハーリ・・


目がシパシパして、潤んでくる。

この1年、彼がいる事でどれだけ勇気づけられたか。

今彼は傍にいない、頼ることが出来ないのだ。


私がしっかりしなければ・・勇気を頂戴、ハーリ・・


彼女は心で念じ、ついてきた皆にそっと声を掛ける。


「ここで少し待っていてください。私が今からここを出ます。すぐに200、数えたら外に出て、迂回してアルルの家に向かってください。アルル、皆を案内してね」

真っ暗なのだが、アルルが頷いたのがわかった。

「じゃ、行きます」

さっとグラディスは立ち上がり、塞いでいた板を持ち上げると外に飛び出した。

彼女は用意していた3つの大きな縦長のクッションを引っ張って進む。その姿は電車ごっこをしている風に見えるが、グラディスは真剣だ。クッションには毛糸のカツラと服が着せられていて、暗いから細かいところまで分からないが、まるで4人で並んで逃げている様に見える。


出口でアルフが数を数える・・1・・・・78・・・・・161・・・・・・200。

「行くよ。お館様、大丈夫?」

「大丈夫、最近走ったりしてるから」

先に外に出たアルルが手招きをした。

「アルフ様、お館様、アルン、こっちです」

「しゃがんで、隠れて進もう」

「さ、今から・・しー・・」

水口を閉じ、少し進んだところで、突然・・穴から大きな音がした。

そこにいた皆は・・・理解した。クイン卿が・・入口を塞いだのだと。

それでも歩みを止めず、皆は進んだ。

アルルはグスッと鼻をすすった。少し体が震えている。

アルンはギュッと、アルルの手を握った。

アルルは涙を滲ませていて、アルンはきっと前を見ていた。

アルフもお館様の手を握り、アルルの後について行く。


アルルの家まで、歩いて10分。

物音が微かに、館の方から聞こえる・・


(クイン卿・・グラディス・・)

2人の安否を気遣いつつ、闇の中を進む。


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