アンパイアのひとりごと
本作は20年程前のプロ野球を舞台に借りており、現状とは違っていることをご了承ください。
えーと、今日の俺の担当は、と。たしか昨日は球審をやったから、三塁塁審のはずだな。やっと楽なポジジョンが廻ってきた。球審ってのは大変だからなあ。この間の名古屋なんか、振った振らないで球審が監督にぶん殴られたらしいし。俺はパ・リーグでほんとによかったよ。
さて、一服したし、ぼちぼちグラウンドに出てみるか。よっこらしょっと。
なんだあ、もう試合が始まるってえのにガラガラじゃねえか。いくらパ・リーグだからってこの入りはないだろ。ま、いっぱい客が入ったからって俺の給料が上がるわけじゃないし、関係ねえけど。
ところで他の連中は、と。なんだ。みんな、もう出てたのか。おーい、客の数で賭けしようぜ。五千人? そんなにいないって。俺は三千人でいいや。また負けたほうが今日の飲み代を持つってことでいいな。しめしめ。これで三タテだ。
あ、もうプレイボールかよ。ちょっとくらい待ったってバチが当たるわけじゃなかろうに。せっかちな球審だぜ。
それにしてもあの応援団の連中、なんとかならないもんかねえ。ラッパなんか持ち込みやがって、うるさいったらありゃしない。やってて自分で恥ずかしくないのかねえ。ほらほら、もう他の客に絡んでやがる。しっかり応援せんかい、なんてこと言ってるんだろう、どうせ。静かに観戦したい客もいるってことが、どうしてわからないんだろう。
おっと、サードゴロだ。はいはい、ファールだよ、ファール。残念でした。危ねえ危ねえ。うっかりしてると、どこに打つかわかったもんじゃねえ。もう三塁線なんかに打つんじゃないよ。
しかし今日の先発は二人とも球が全然はしってねえなあ。この分だと打ち合いになるぞ。ああ、いやだ。さっさと酒呑んで帰りたいってえのに。なんだあ、あんなクソボール振ってやがる。こりゃ、案外早く終わるかも。
あ、盗塁だ。きわどいけど、アウトォ。な、なんだよ。抗議したってアウトはアウトなの。嫌だなあ。このガイジン、しつこいんだよ。この間だって。あ、なんだ。俺の手掴みやがって。触るな、この野郎。臭いんだよ。審判の言うことをちゃんと聞きなさい。退場にするぞ。やれやれ、やっと諦めやがった。あいつ、今日は特にしつこかったなあ。家で何かあったのかなあ。かみさんに逃げられたとか。日本での生活は大変だろうからなあ。物価は高いし、差別はされるだろうし。でも、俺には関係ないし、こっちはいい迷惑だよなあ。家庭のいざこざを職場に持ち込むなってんだい。今度うだうだ言いやがったら本当に退場だからな。
おわっ、すげえライナーがスタンドに飛び込みやがった。あれで怪我する客も結構いるんじゃねえかなあ。プロの打球は避けきれるもんじゃねえからなあ。俺の商売も命懸けってわけだ。ん、場内アナウンスを今頃してらあ。怪我してから「ファールボールには充分お気を付けください」なんて言われたって、どうしようもないだろ。間抜けだなあ。
ありゃ、球審が俺のほう指差してら。あ、ハーフスイングか。ヤバいなあ、全然見てなかったぞ。とりあえずセーフにしとこう。ハーフスイングを取らなくて抗議されるなんてこと、滅多にないからな。あれ、ベンチから誰か出てきたぞ。まずかったかなあ。なんだ、ピッチャーのところに行くのか。びっくりさせやがって。
そう言えば、天気予報で今夜は雨って言ってたっけなあ。濡れると寒いからなあ。降らなきゃいいけど。ま、さっさと中止になりゃ早く帰れるから、どっちかって言うとそのほうがいいんだけどよ。
あっ、三塁線抜けるぞ。ここは余裕を持ってカッコよく打球をまたいで、と。痛てっ。くるぶしを直撃しやがった。あたたたたたたたたた。こりゃ、骨が折れたかも。メチャメチャ痛いぞ。あ、一応歩けるわ。骨は大丈夫だったみたいだな。ところでプレーはどうなった。アウトらしいな。可哀相に。俺に当たらなきゃ長打コースだったのに。誰だ、打った奴は。あらら、またあのガイジンか。まずいなあ、俺のことジッと見ていやがる。なんか、いやーな感じだなあ。試合が終わったら、今日は呑まずにさっさと帰ろうっと。
やれやれ、やっとチェンジか。野球ってのは待ち時間が長過ぎるんだよなあ。サッカーみたいに制限時間を取り入れられないもんかねえ。二時間たったらその場でゲームセットとか。
ところで今、何回なんだ。なんだよ、やっと六回表かよ。先は長げえな。で、どっちが勝ってるの。ああん、1対1か。どっちもだらしがねえなあ。あんなピッチャーから1点しか取れねえなんて。
お、他球場の途中経過だ。なんだなんだ、巨人、また負けてるよ。監督の閃き采配が今日も裏目に出たのかなあ。俺が巨人戦の審判をやったら、絶対に巨人に有利な判定するんだけどなあ。他の奴ら、やってねえのかなあ。
あーあ、一塁塁審、ボークを取りやがった。やめときゃいいのに。ほら、言わんこっちゃない。監督が抗議に出てきやがった。あ、俺のこと呼んでる。知らないよ。俺、見てないもん。でも、職場仲間を見捨てるわけにもゆかないし。仕方ねえなあ。あのね、審判がボークって言ったらボークなわけ。いくら抗議しても判定が覆らないことくらい、ご存知でしょう? ね、お願いしますよ。試合が長引いて喜ぶ人なんて誰もいないんですから。ふう、案外あっさり諦めてくれたわ。ん、あのガイジン、また俺のこと睨みつけてやがる。最初にボークって言ったのは俺じゃないのに。こりゃ、冗談抜きで試合が終わったら真っ先に球場を出ないとヤバいかも。
あーあ、とうとうポツポツきやがった。本降りにならなきゃいいけど。ここも早くドーム球場にならねえかなあ。親会社だって、カネがないわけじゃなかろうに。ケチケチしやがって。でも、ドームになると人工芝になるんだよなあ。俺、あれ嫌いなんだよ。立ってるだけでも結構疲れるし。やっぱり芝は天然物に限るよ。
お、いい当たりだ。右中間やぶったな、こりゃ。なにをもたもたしてやがるんだ、あのライト。ほーら、バッターランナー二塁を回ってこっちに来ちまった。クロスプレーになっちまうじゃねえか。返球がきたぞ。アウト、アウトォ。あ、この馬鹿サード、ボールを落としてやがる。今のは無し、セーフ、セェェェフ。あ、ヤバい。やっぱり監督が抗議にきやがった。まずいかな。さっき、判定は変わらないなんて言ったばっかりだからな。でも、こんな時は審判の威厳を見せとかないと。えーとですね。ボールを落としたんですよね。でね、私がそれを見つけたのがね、もう判定をしちゃった後だったんですよね。でも、落としたものはやっぱり落としてるわけでして。え、はあ、確かに判定は覆らないとは言いましたけどね、それは抗議で覆ることはない、と申したわけでしてね。この場合は私が自主的に正しいほうに判定し直したわけでして。ほら、球審も間違いなく落としたって言ってるでしょ。ふう、やっと帰ったか。いけねえ、いけねえ。気合いを入れにゃあ。でも全然入らねえなあ。
なんだよ、またフォアボールかよ。何個目だよ。最近のピッチャーはコントロールが悪いよなあ。投球間隔も長すぎるし。松本幸行が懐かしいなあ。
で、次のバッターは誰だ。なんだ、あのガイジンか。てめえなんかさっさと三振しちまえ。おっ、打った。でかいぞ。レフトに走らなきゃ。なんで線審を廃止にしちまったんだ。疲れて仕方ねえ。あっ、雨が目に。しまった、見えなかったぞ。ポール際だったからなあ。また恨まれるのは嫌だからホームランにしとこう。あれ、レフトの奴、怒ってら。なんだ、なんだ。ベンチから凄い勢いでみんな出てきたぞ。きっとファールだったんだ。そうに違いない。みなさあん、やっぱりファール、ファールですよ。あ、今度は攻撃側のベンチの連中が。先頭で凄い顔してバットを振りかざしているのは。やっぱりあのガイジンか。まずい、もう収拾がつかねえ。とりあえず逃げよう。あたたた。こら、ものを投げるな。客は客らしく大人しく観てろ。誰だ、襟首を掴むのは。痛い、痛い。殴るのはやめろ。馬鹿、だからって蹴るな。あ、大変だ。誰かスタンドに火をつけやがった。え、ガッデムって。ちょ、ちょっとあなた、そのバットでいったい何を……。