ななわ
「ど、どうぞ」
「お邪魔します」
カップ麺がいくつかできる程度の時間の後、部屋に入ると大分綺麗であった。穴抜けの陳列されたフィギアや本棚、無理に詰め込んだのか微妙に膨らんでいる戸棚、その他多少の点に目を瞑ればの話だが。壁のポスターの剥がした痕跡などを見ると非常に申し訳ない気持ちになる。
勉強机には大型のディスプレイ、デスクトップとゲーム機、本棚の漫画やライトノベルにゲームのパッケージとフィギア。工作用の機材の乗った丸机など正にオタクの部屋であり、これでオタクじゃないとかほざいても誰も信用はしないレベルである。やったぜ。
「あ、椅子一つしかない……」
「んー、じゃあベットに座っても良いかな?」
「あ、大丈夫です、どぞ」
丸机の周りに座るかベットに座るかで少し考えたが、正座などは足もつかれるのでベットに座っていいかを尋ね、許可を得たので軽く腰掛ける。片づけで落ち着いたのか、また緊張している桜井さんは椅子に座ることなく棒立ちのままであった。
「ほら、桜井さんも座って」
「ししし、しつれいしまひゅ……ぴゃぁ」
冗談のつもりで隣をポンポンと叩いてみたら、意外にも素直に隣に腰かける桜井さん。沈み込んだおかげで微妙に座る角度が変わり、ほんの少し腕と肩が触れると同時に悲鳴が漏れ出た。こちらとしても内心はそれなりに緊張しているが、自分より盛大に慌てている人間を見ると落ち着く。
「ごっ、ごめ、失礼しまっひゅた」
「別に大丈夫だから落ち着いて?」
呼吸すらおぼつかなくなり始めた桜井さんに内心で笑顔が止まらない。どの程度まで追い打ちをかけても大丈夫かのラインが分からないので取りあえずはアクセル全開で行こうという計画だが、果たしてどうなるのかわくわくが止まんねぇぜ。
「そういえば玄関で下の名前呼んじゃったけど嫌じゃなかった? 一華さんって」
「こひゅっ」
背中をさすりながら攻撃を仕掛けていく。耳元で囁くように名前を呼んだのはあくまで大きな声だとうるさいかもしれないという善意からであって、どんな反応をするかが気になったからじゃないんだからね! なお瞬間的に呼吸が止まった模様。これが愉悦か。
「だっだだだだ大丈夫れす!」
「そう? 良かった。じゃあこれからも一華さんって呼んでいいかな?」
「」
「あれ? おーい?」
大丈夫との事で微笑みながらそう言ってみたところ、完全にフリーズした。目を開けたまま固まる桜井さんが再起動するまでにおよそ1分の時間を要したのであった。