ろくわ
「タ、タダイマー(小声)」
「あら、お帰……」
「初めまして、お邪魔します」
電車で一つ乗り換え、小一時間ほどの距離。電車内では終始無言ながらちらちらと此方を見る桜井さんに、取りあえず曖昧に微笑んでは目を逸らされる事多数。幸いにも混雑はしていなかったので逸れることも無く無事に家へと辿り着いた。
警戒するようにこそこそとドアを開け、小声で様子を窺う桜井さん。丁度買い物に行くところだったのか、トートバックを脇に靴を履いている桜井さん母。目が合ったのでとりあえず挨拶しておくと、すごい勢いで桜井さんを引き込んでドアが閉まる。
「あんた――脅迫――」
「違――友達――」
「お金――犯罪――」
「そういう――違――」
それなりに漏れ聞こえる音から察するに、桜井さん母に盛大に勘違いされているのではないだろうか。クラスメイトを連れてきただけでこれだけ疑われるとは桜井さんの信用はどうなっているのだろうかとわくわくが止まらない。声が止むとドアが開き、疑わしそうな顔の桜井さん母と若干おこな雰囲気で半泣きの桜井さんが見える。
「安藤といいます。一華さんには仲良くしていただいております。本日は急にお邪魔してしまいまして、ご都合がよろしくなければまた後日に致しますが」
「あらご丁寧にどうも。えぇと、失礼ですけどお店の人とかでは無くて?」
「クラスメイトなんですけど、学生証をお見せすればよろしいでしょうか?」
「お母さん失礼すぎるでしょ!」
桜井さんが桜井さん母の背中をバシバシと叩いている。元的には息子が連れてきたクラスメイトの娘さんに風俗嬢かの確認をする父親的な感じか。あれ、もしかして訴えたら勝てるレベルなのでは? まあ別に特に怒ったりする気は無いけども。
「ご、ごめんなさいね! どうぞ上がってちょうだい」
「お母さん買い物行くところだったんでしょ! 早く行きなよ! 安藤君部屋こっちだから」
靴を脱ぐと手を引かれる。階段を上がって二階、少し行ったところにあるドアの前まで連れていかれて、ノブに手を掛けたところで何かを思い出したようにピタリと止まる桜井さん。ぎぎぎと音を立てるような動作で首をひねり此方を向くと、絞るような声で。
「ちょ、ちょっとだけち、散らかってるから、片付けるまでまま、待っててもらって良いかな?」
「別に物が散らかってるくらいなら僕は気にしないし大丈夫だよ?」
「いやいやいや、ほんとちょっとだから! 5……3分でいいから!」
風のような速さでドアの中に潜り込む桜井さん。あまりの速さに中が覗けない程で「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」という声が混ざりつつもものすごい勢いで何かを片付けているどたどたという音がする。ここで急に入ったりしたら面白いだろうなぁと思いながら、のんびりと待つのであった。