表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/27

かんわに

 安藤君が私の家、というか部屋に来るようになって早五日、毎日がエブリデイで正に青春の一ページとも言える時間を過ごしていたのはこの私、桜井一華である! 二日目の朝に前日の夢は凄かったとか言ってうきうき過ごしていたらまさかの現実で死にかけたけど!


 毎日何時間もイケメンと一緒にゲームしたりアニメ見たり、多分だけど私の人生の絶頂期はこの一週間じゃないだろうかと思う。この思い出だけであと100年は戦えるレベルだ。いや、むしろ燃え尽きて灰になる可能性の方が高い……? まあ少なくとも幸福の閾値がおかしくなってるとは思う。


 そんなわけで(どんなわけだ)、安藤君にこんなに毎日来ていても大丈夫なのかと尋ねてみたところで、返ってきたのは衝撃の答えだったのだ。あーなるほど、やっぱり安藤君は何か創作物から出てきた存在じゃったかー。……むしろなんでそうじゃないの? 現実さんバグってない?


 世界の真理について考えていたら、安藤君から更なる爆弾を投げ込まれる。だ、誰かー! この子に常識を教えてあげてくれー! 一人暮らしの男の子が家に女の子招くとかどう考えても襲ってくれと言ってるようなものじゃんかぁ! 安藤君そんな事考えてなさそうだけどぉ!


 他の人にもほいほいそんな事を言っているんじゃないかと気が気でないよあたしゃ……むしろ私が女として見られていないのか、安藤君の危機感が足りていないかのレベルの話になって……あ、もしかしてそういう事? あーそういう事だったりするの?


 まあそれはそれとして男の子の家に遊びに行くとか、以前の私だったら想像すら出来ないイベントである。もし初日に誘われていたら奇声を上げながら逃げていただろう。我ながら完璧な自己分析である。最早言ってて悲しくなどならないレベルだ。


 まあ冗談かもしれないと、対安藤君フィルターを通すのを忘れて聞いてみればいきなり明日来ないかと誘われる。そうだった、安藤君はお世辞とか社交辞令とか常識っていうものが存在しないてぇてぇ天使だったのを忘れてはいけなかったのだ。


 なお天使に対してあまりにも不等価な交換をしている私は多分天国には行けないけど、まあ天国みたいな光景が見れているから仕方ないと思える「お礼」。初日と違って耐性のついた私は五日目ともなれば平常心で眺める程度造作も無かった。ホントダヨ?


 安藤君が帰って、お母さんに明日のお昼ご飯は要らないって言ったところまた尋問された。友達と遊びに行く(嘘は言ってない筈)というだけなのに、どうしてそこまでされねばならぬのか。日頃の行い? 最早ぐぅの音も出ない。


 小学校の遠足とかが楽しみで夜眠れないっていう話の意味が、遠足とか疲れるし今まで楽しみだった事の無い私にも初めて分かった夜。遅くまで明日持っていくアニメとかゲームを準備して、まあつまり何が言いたいかと言えば夜寝れなかった分のしわ寄せがどこに来るかって話。


 朝起きた私は、待ち合わせに約束していた時間があと1時間も無い事に気が付く。まあ起こしてとか頼んでないし普段ならお昼位まで寝てることもあるからマシな方ではあるけど、少なくとも眠気だけは一気に吹き飛んだ。慌てて着替えて家を出る。


 休みの日、いつもと違う時間。かなりガラガラの電車は中々久しぶりで、椅子に座ってしばらく。立っていると高い手すりには手が届かないし、肩も凝るからラッキーだった。座れれば荷物に胸を乗せれるから大分楽なのである。本当に厄介だなぁ。


 なんとか遅れずに駅を出たところで声を掛けられる。フードで顔を隠していたので一瞬誰か分からなかったが、声といい身長といい私に声をかける人物なんて一人くらいしかいない事といい確実に安藤君だろう。挨拶を返して近くに行く、とそこで事件が起きた。


 何かが足に引っ掛かり、そのまま転びそうになる。ぐ、一早く安藤君に近づこうとした罰が当たったのか、あるいはただ単に運動できない所為か、このままではこらえきれませんねぇ! 頭から地面にぶつかる恐怖で手が前に伸びる。けれども訪れた衝撃は想像とは別のものでした。


 中途半端に倒れそうな体勢を安藤君が受け止めてくれたおかげで、地面とキスどころか安藤君の胸板や腕の感触をたっぷりと味わうことになる。しかも安藤君の声が耳元で心配してくれるサービス付きだ。なんてこった、ここは天国だったのかぁ。


 転んで怪我するよりも余程理性に対してのダメージが大きい危険地帯であるものの、抜け出そうと腕を振っても胸板の感触をたっぷり味わえるだけでぬけだせないなーなんてこったー。……ん? もしかして、これ、私が、胸、押し付けてる……?



 確実に訴えられるレベルの性犯罪じゃんかぁぁぁぁぁぁ!!!



 血の気が引けたお陰で冷静になり、あわてて安藤君から離れる。私のようなチビデブノロマがラッキースケベの挙句セクハラとか、そんな光景を私が見たらとりあえず警察を呼ぶレベルだ。つまり周囲から見ても安藤君から見てもそういう事である。これはひどい。


 即座に謝り倒すも、やはりいかな聖天使たる安藤君とて生理的嫌悪感は抑えられないらしい。どことなく硬さの感じられる声、私が自分の一時の欲望に身を任せた結果傷つけてしまったのは明白だろう。これは人間として終わっている。


 明日から臭い飯かなぁ、そう油断していた私は未だ大天使安藤君の尊さを理解しきれていない矮小な存在であった。掛けられる声、何故か宙に浮かぶ身体。未だ確認した事の無い浮遊感と幸福感や快感に包まれる。宇宙で自由になれたらこんな感じなんだろうか。


 おとぎ話でお目にかかるような伝説的な体勢、つまりお姫様だっこ。私が今放り出された真理という名の宇宙は多分全人類がここに到達出来れば戦争なんて無くなると確信できるほどだった。この瞬間私は確かに楽園の存在を確信していた。


 一瞬とも永遠とも思える時間の後で、ついに私は楽園から追放される。むしろ罪濡れの私がそのような空間に居た事のほうがおかしかったのだ。加えて神から無慈悲な宣告が告げられる。私服、パーカーしかないんです。ダサくてごめんなさい。


 そう落ち込んだところで、天使からの囁きが告げられる。お揃い。なんと甘美な響きなんだろうか? やるじゃんパーカー、流石だよパーカー、私は信じてたぜパーカー! シャツとかに比べて胸も楽だし、やはりパーカーは天界の着物であったか。


 呆けている間にドアが開く。安藤君の家は確かに家というよりは一室っていう感じで、1人暮らしなんだなぁっていうのが良く分かる広さ、というか狭さ。私の部屋よりは広いけど、家族で暮らすってなったら無理じゃないかなって感じ。部屋の匂いが家とは違うんだなぁって。


 机の前に座ってすんすんと匂いを嗅ぐ自分。安藤君の匂いとか言っている自分を客観視した場合どうなるかを考えて、先程の失態を思い出す。いや、変態じゃん? 手遅れじゃない? 楽園とか言ってトリップする前にせめて謝らないといけなくない?


 飲み物を持ってきてくれた安藤君に、今度こそ謝罪する。許してくれるとは都合の良すぎる考えだし、嫌われて当然の行為をしでかした私が出来る事。やはりお金を払わなくてはいけないのではないだろうか? とも思うがいきなりお金を渡されても安藤君は困るだろうし。


 お父さんとお母さんに迷惑はかけたくないし、せめてお金で解決できないかと自分の罪を告白していくと、何故か安藤君は精一杯のフォローをしてくれる。本当に悪い大人とかに騙されないか私心配だよぉ! 光属性すぎて同じ空気を吸っていることが申し訳ないっ!


 そう思っていたら何故か手を握られていた。超スピードだとか催眠術だとかそんなちゃちな物じゃない、もっと恐ろしい何かだ。天使が私を昇天させに来ている。浄化の光だ。どちらかといえば闇属性の私にはまぶしすぎる。というか強力すぎる! ……!?!?!?


 その直後に発生したインパクトはそれまでの思考の全てを吹き飛ばしていった。うまくしこうがさだまらなくなる。あたたかさとほどよいかたさ、はぐ? はぐされてるの? なんで? ほえ? なんで? はぐなんで? いやとかきらいとかそうじゃないとかかんけいなくない?


 ……いやいやいや嫌いじゃなければこんな事出来ないとかいや逆だ嫌だったら出来ないのかじゃあ出来てるってことは嫌じゃなかったって事でそうなると安藤君は私に胸を押し付けられても嫌じゃないって事になってなんだそれなんだそれなんだそれ! どういうこと? どういうことだ! ちょっとわかんない! 私に聞かないでよ! 助けて! ちょっと理解しつつある自分が怖い! え? 安藤君なんなの? 好きなの? 私の事好きなの? いやそれはありえないか、じゃあなんなの? え? エッチなの? エッチな男の子なの? 天使なのに? エッチで天使な美少年なの? そういう事? え? ちょっとよくわかんない! 助けて!


 とりあえずアニメを見て落ち着く。落ち着いた。やっぱりアニメは凄い。問題の先送り? 一華よくわかんないなぁそういうの。主人公じゃないんだから、そういうの良くないよホント。現実とフィクション一緒にしちゃだめでしょ。つまり安藤君は現実かつフィクションなんだね。


 迫力あるバトルシーンを超えてふっと落ち着く。思考も落ち着いて、まあ気が抜けたと言っても過言ではない。ついでに言えば起きてから何も食べていない。つまり条件は全てクリアされてしまっていたのだ。お腹が鳴る。こんなの聞かれたら食いしん坊とかデブとしか思われないじゃん?


 音が抑えられるように手で押さえながら安藤君の様子を確認する。どうやら安藤君もそろそろお腹が減っていたらしく、お昼の事を考えていたのか気が付かなかったようだ。良かったぁ。で、気を抜くわけですね。するとですね? 不思議でも何でもない事にまたお腹が鳴るんですよねぇ。


 ……しにてぇ。巻き戻しみたいにほんの数分でいいから過去に戻りたい。もうこれ以上ない程に底辺な生き物でもかける恥があったんだなぁって。知りたくは、なかったかなぁ……


 トントントンと、とても素早くリズミカルな音が聞こえる。昔テレビで見た中華料理店のキャベツの千切りみたいな速さだ。安藤君が料理をしている音。なんていうか、すごく良い。心地良いっていうか、幸せな音。フライパンで物を焼く音と匂い。幸せ。なんだこれ、超凄い。


 なんていうか、男の子がご飯を作ってくれてるっていうシチュエーションがやばい。またお腹がきゅるきゅると鳴りだすのも仕方ない。ま、まぁ? 安藤君に解説しながら見てるし? 実質普段より圧倒的にエネルギー使ってるし? セーフだよセーフ。


 なんて言っていたら、出てきたのはオムライスだった。上のケチャップは大きな桜の花弁かな? いや、違うな、花弁はもっとこう、しゅってなってるもんな! つまり? ハートマーク? そっかー(悟り)。なるほどなー(わかってない)。


 ただでさえ安藤君の手料理っていうだけでとんでもないお値段になりそうなのに、どうしてこんなオプションが付いてるのぉ? いくら払えばいいのぉ? 驚きの余り普通に意識を失いかけるも、身体はソレを求めていた。お腹が鳴る。これ以上恥を晒し続けるのはヤバい。


 あー(恍惚)。なんていうか、ふわっとか、とろっとか、もっと的確に表現できるはずなのに、語彙力が死滅した頭の中にはおいしい以外の言葉が浮かばなかった。結構な量があったにもかかわらず、おいしいおいしいと食べ続けていたら全部なくなっている不思議。


 あ、やばい。これは結構お腹がいっぱいだぞ? 流石にお腹の体積を超える量を食べた訳では無いものの、多分少しぽっこりしてるのではなかろうか? ただでさえ太いのにさらに太くなるとか、たまげたなぁ。でもこればっかりは仕方のない事だと思うんだ。


 まあ運動するわけでもないし、別にいいかと放置する。むしろ運動せずに放置したおかげでここまで太ってる可能性……よし、見なかったことにしよう! とりあえずアニメだよアニメ。はぁー、やっぱりアニメは癒され……る……( ˘ω˘)スヤァ




――――――――――――――――――――




 気持ちのいい浅い眠りから、息苦しさを覚えてふと目が覚める。あー仰向けで寝ちゃってたかぁ。しかしこれ、枕変えたっけ? なかなかぴったりフィットの角度が心地よい、程よい弾力のあったか枕。あれ、その上安藤君の横顔が見れるとか最高かよ。


 ん? ん??? んんん!?!?!? まってうぇいとちょっともちつけれれれ冷静になれ私。ももももっしかして私やっちゃいました? 居眠りこいた挙句膝枕されてりゅ!?!?!? ふぁ!?!?!? なんでぇ(半泣き)!?!?!?


 しかも頭に手が乗ってるんだけど、これって膝枕あんどなでなで的な? そういう? 脳細胞が死滅するタイプの即死攻撃が行われている? マ? 安藤君の声でおはようとかそんな目覚ましあったら絶対起きるわ。というか今覚醒してるもん。


 へ? 手がごめん? やっぱり撫でてたとか? ぴゃぁ? ほん? ほーん? ふぇっへへへ? にゃ? ぷわーん? ばぶー? にょっほほーん? ふにゃぴ? ぺっぺろぽーん? ……いけない、本気で危ないオクスリキメたみたいになってた。


 あわてて何かを言おうとするも、最早言葉が出てこない。膝枕なでなでショックによって脳味噌が熱暴走してる。にこにことこちらを見ている安藤君に、せめて一言だけ言わせてもらいたい。


 こんなの、こんなのっ! 惚れてまうやろぉぉぉーーー!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ