いちわ
転生トラック。
誰でも聞いた事のあるこのフレーズは、子供から大人まで等しく魅了する異世界への片道切符を現代風にしたものだろう。昔風に言うならば何が一番近いのか。洞窟を抜けたら地底世界だったとか、森を抜けたら異界だったとかになるのだろうか。
床に突然魔法陣が現れて光を放つとか、あるいは何故か開いていたマンホールに落ちたらとか、そういった確実に変わったと確信を抱ける変容や、あるいは変わり種で朝起きたら突然別の世界に、などというものもある。まあそっちだと世界より自分が変わってるパターンも多いが。
何故突然そんな事を考え始めたかと言えば、話は最初に戻る。トラックに轢かれて目を覚ましたらなんだか違う世界に来てしまっていた。単純にまとめれば話はそれだけであり、それだけを聞けばファンタジーだチートだわーいとなるのは普通だろう。つまりこの場合は普通じゃぁない。
別に轢かれそうになった猫や少女を助けた訳でもなく、轢かれたと思い込んで運ばれた病院の医療ミスで死んだわけでもなく。むしろ転生トラックなどという名前であれば死ななければいけないのだろうが、今回の場合僕が死ぬことは無かった。
高校進学に伴い将来の事を何も考えていなかった僕はなんとなく都会で一人暮らしがしてみたくなったのでそれっぽい理由をでっちあげて田舎から出てきた。幸いにも頭は悪くなかったので有名な学校に合格し、それなりの仕送りとアルバイトで生計を立てようとした矢先の出来事。
別に居眠りで暴走したものが突っ込んできたわけでもなく、信号を見ずに飛び出したら撥ねられたという間抜けな顛末。意識を取り戻したのは病院のベットで、どうやら幸いにも外傷はかすり傷程度で済んだという奇跡的な状態。頭だけ強く打ったらしく精密検査。
検査の結果には一切異常が無く、後遺症も無いと退院出来たのは一週間後。入院費用などは全てトラックの運転手が払ってくれ、申し訳ない気持ちにはなったもののどうやら裁判などになるよりは余程マシだったらしくむしろ感謝された。
この時頭を強く打ったというのが契機だったのだろうか。
最初は些細な違和感だった。テレビをあまり見ない僕は、入院中することもなくのんびり寝てばかり。骨折などで歩けないわけでもなく身の回りのお世話などは頼まなかったものの、やけに病院に勤務している男の人が多いなぁと、その程度の認識。
病院と言えばナースさんが患者の面倒を診るなんて言うのは創作物の中だけで、実際にはそんなことは無いのかなどと見当違いの納得をして退院までを過ごしたのは、別に僕が田舎出身だった事とは関係がない筈だ。やっぱり帰って来いと怒られたものの、元気なんだから許してほしい。
どことなくちぐはぐな母親との電話もとりあえずは説得終了し、新しい住処である一室でバイトの求人広告を眺めているときも別段大きな違和感は感じなかった。男性のみ募集、割の良さそうな土方作業は流石に学生だからやめておくかなどと呑気に過ごす。
何が良いかを真面目に考えなきゃなぁなどと思いながら、ゲームを起動したときに衝撃が走った。知らないソフト。間違えて持ってくるにしては聞いたことが無さ過ぎて、データを確認してみればいつも僕が使うキャラクターの名前。段ボールの中身を確認すれば、知らないパッケージが山となっていた。
この時感じた絶望を、いったいどう表現したらよいのだろうか。まず一瞬自分の頭を疑い、喪ったものを認識し、インターネットを利用してここが異世界であると確信し、これまでの努力の成果どころか生き甲斐すらもすり替えられた状況に死を思い浮かべる。
何かがおかしくなっていた。それが良い事か悪い事か以上に、その時の僕にとってそれまでの成果が失われた衝撃は大きかった。