凡人な自分には分からない
世の中には天才と呼ばれる人がいる。
天賦の才、どれだけ努力しても、どれだけ時間を有効活用しようとも、差は縮まるどころか開くばかりで、誰もがその人に追いつけない。
努力が足りない訳でも、工夫が足りない訳でもなく、過ごした時間は同じはずなのに積み重なった物には大きな差ができていて、今も現在進行形でその差は広がっている。
結局、最後の最後に勝敗を決めるのはどうしても才能で、努力は決定打には届かなくて
だからいつも思ってしまう。呟いてしまう。
「結局は才能だな」
廊下に貼り出されたテスト結果はいつも通りの2位を示していて、1位とはいつも圧倒的差をつけられる。
1点を笑う人は1点に泣くと言うけれど50点近くの差があれば1点なんて笑い飛ばしても構わないだろう。
すでに興味の視線はそこになく、この前解いた問題に目を向ける。
数学の、それも参考書にも教科書にも載っていなかった問題の模範解答を穴が空くほど見つめても意味が理解出来なくて、後で先生に聞こうと思いふと視線を上げれば、友人と話す女子と目があった。
成績優秀、眉目秀麗、運動能力は抜群で才色兼備という言葉の例にあげられそうな彼女は当然我が校3学年の期待の星で、天才である。
すぐに目を反らし、机の中から英語の問題用紙を取り出し解き直す。
分からない英単語はほとんど無く、文法もしっかりできていて、それでも知識に無かった問題をいくつか落としている。
昔から教えてもらっていた『努力は裏切らない』という言葉は本当だったがそれ以上に『努力は差を認識させる』ものだった。
ここまでくれば分かってしまう。
いつも話に花を咲かしている彼女に何故届かないのか。
部活もして友人と遊びもしている彼女に何故並ぶことすら出来ないのか。
才能だ。
学校の放課後、それでも努力しているのは別に『これまでの努力を無駄にしたくない』だとか『努力し続ければいつかは勝てる』なんてことを考えている訳ではなく、ただの惰性と習慣が混じったキルタイムだ。
「ホント、人って不平等だ」
「人の不平等さについて書く問題なんてありましたっけ?」
顔を上げればあの時見た宝石のような目がすぐそこにあって、真っ黒な瞳が自分を捉えて離さない。
「あっ、すみません。その、今回は少し間違えてしまったので気になったところを聞いてみようと思ったんですけど……こういう話が得意な友達がいなくて」
申し訳なさそうに目を泳がせながら言う姿はきっと庇護欲をくすぐられるようなものなのだろうけど、それでも今はあまり人と話したい気分じゃなかった。
「別に俺も得意じゃない。少なくともお前よりは」
突き放すようにそう言えば彼女は力無く笑った。
話は済んだとでも言うように問題用紙目を落とせばきっと彼女も席に戻り、俺もいつも通りに勉強ができる。
そんなはずだったのに机にかかった影には動く様子がなく、一向に離れる気配は無かった。
「何だよ」
「えっと、嫌でした?」
「嫌でした」
「即答!?」
せっかく入れた文法が、フレーズが空気に溶けだし、帰らぬ人になっていくのを感じる。いや、人じゃないか。
「あ、そこ間違ってますよ?」
細い指が示した問題はさっき後で先生に聞こうと思っていた数学の問題で、解き直そうとしていた途中で放っておいたものだ。
「ここは後で先生に聞くんだ。間違えてても問題無い」
「だったら私が教えますよ!」
「先生に聞くんだから大丈──」
「けど今年の先生ってあまり言いたくないんですが教えるの上手くないですよ?」
こいつの言う通り、今年は受験生だと言うのに先生陣は大ハズレと言われており、しかも俺たちのクラスはその中でもまさにハズレの先生を引いている。
担当じゃない先生に聞くこともできるが、コミュ障の自分が別の先生に聞く気力なんて持っているはずもなく、加えて
「? どうかしましたか?」
目の前にいる彼女は1年から校内1位はもちろん、全国だって一桁の常連で5割くらいは1位という化け物っぷりだ。
授業中にも他の生徒に教える声は少し聞こえてくるが、理解出来ない人はいないほどの教え上手でもある。
こういう人はどこが分からないのか分からないなんて言いそうなものだけど、彼女に至ってはそうではないらしい。
「じゃあ、よろしく」
「はい!」
結局了承してしまったがまあ別にいいか。彼女のことが嫌いなわけでもないのだから大丈夫だろう。
実際に教えてもらうとすらすらと説明が脳内に入ってきて、自分がどこでつまづいたのか、どこを理解できていなかったのかすぐにわかった。
「どうです? どうです?」
少しどや顔なのは腹がたつが分かりやすいのだからぐうの音も出ない。
「次はこっちをやりましょう。あっ、ここも引っかけありましたね」
そう言って次々と分からなかった問題を教えてもらって、アドバイスなんかももらって、最初に頼りたくないと思っていたのは何故だったのか理解が出来なくなるくらいには教えてもらえたことを感謝していた。
それなりにあった解き直しはいつもの何倍もの早さで終わっていて、いつの間にかあと少しになっていた。
「すごいな。そういえば数学の問題ってどこで見たことあったんだ? あれって教科書とかにも無かっただろ?」
「ああ、あれですか。あれは初見でしたけどなんとか解けました」
誇らしげに無い胸を張る彼女に自分らしくもない意気揚々とした気分が冷めていくのが手にとるように分かった。
「結局才能なんだな」
「……え?」
やっぱり才能だった。
そうだ。よく考えればそうじゃないか。
どれだけ凡人が天才を追っても届かない。
天才は、それこそ数学や物理なんかの教科書に載っている天才はその時代の最先端を走っていた。
凡人はどうやっても彼らの背を追うことしか出来ない。
何かを生み出す程の才能が、有名な言葉から少し借りれば、凡人にはひらめきが存在しないのだ。
だから追いかけても最善は彼らと並ぶことで、結局は追い抜くことができない。
オイラーの定理なんてつくることなんて出来なくて、結局はそういうものなんだと先人の知識を使ってまた別の天才が見つけた何かへとつなぐことしか出来ない。
高校数学はそんなもので、だから初見の応用なんて凡人には解けやしない。
凡人には天才が無いのだから。
ああ、多分俺がこいつに教えてもらうのを渋ったのはそういうのを知りたくなかったからなんだろう。
「君もそんなこと言うの?」
うつむいた顔は見えなくて、当然表情も分からなくて、ただ、声だけが震えていて
それでも分からない。俺は凡人で彼女は天才だ。
凡人は天才が分からない。
「何でみんな、っ! 何でそれ一言で終わらせるの! 才能があったから、天才だから、私に勝てなくても普通で私が負ければ大騒ぎ……私の努力を天才の一言で終わらせないでよ!」
彼女の怒った姿は初めてで、これまで特に話したこともない彼女をなだめる方法なんて分からなくて、
前例を知らないものは凡人には解けなくて
それでも少し似たような形は見たことがあって
それは努力が認められなくて、どうしても結果がでなくて、そのくせ彼女とは比べようも無いほどセンスが無い。
「すまん」
「え?」
だけど、それでもこのくらいの応用なら凡人にだって部分点くらいは取れるだろう。
「いや、才能だけみたいな言い方して」
多分、俺は見えてなかったんだろう。
確かに基盤に差があればどれだけ努力しても勝てない。
けれどそれは相手もそれなりの努力をするからこそ届かないのであり、追いつかないのだ。
天才だから。努力しなくても上でいられる。
そういう偏見をいつの間にか持ってしまって、努力してる自分が勝てないのは彼女が天才だからと言い訳して、
そう言わなければ、そう思わなければやっていけない程に弱かった。
「努力してないみたいな言い方して」
才能だからと言い訳できる程に自分が努力した。
それはいい、けれどだからといって相手が努力していないと言う訳じゃない。
だからといって相手の努力を否定していい訳じゃない。
だってそれは自分の努力が才能一つで負けるようなつまらないものだと宣言してるのと同じで、同時に相手の研鑽を無視する行為だから。
それは自分の否定に他ならない。
「えっと、あの」
「だから、まあ、なんだ。すまん」
「いえ、その、こちらも……」
「とりあえず、まだ言ってなかったな。テストお疲れ。1位おめでとう」
気まずい空気は苦手なのだ。
適当な言葉でぱぱっと話の展開を進めてしまえば多分どうにかなるだろう。
そんな適当な考えは当たり前にハズレて帰ってくる言葉は無い。
「どうかしたのか?」
「い、いえ! その、何でも……」
夕陽に染まる教室、風は頬を撫でカーテンをはためかせ、吹奏楽部の練習する音色が聞こえてくる。
そらされた顔は夕陽で赤く見え、照れてるように錯覚するが、今のやりとりでそんな考えになることは無いだろう。
そこにいるのは小さくて、可愛いなんて感想が出てきそうなただの女子で、それでもやっぱり天才で、だから彼女が何を考えているのか
凡人な自分には分からない
なんとなーく書いたものをなんとなーく物語風にして色んな人の意見も欲しいから投稿しました。
あ、あと息抜きってのもあります。
最後の方は結構適当になっちゃったかもですがもしよければ意見とか感想とかください!
めっちゃ待ってます!