一章 その6 新しい世界で 2
以蔵さんはちゃんと体を鍛えてるそうです。
そこ、汗臭そうとか言わない!
異世界生活の2日目は気持ち良いくらいの晴天だった。
気候の関係か熱くもなく寒くもない。たまに吹く風が程よく心地良い。
日本だと春先くらいの季節か。
以蔵は昼過ぎ程まで素振等の基礎鍛錬をこなすと意気揚々と
昨日倒した狼を商人の元へと運んで行った。
「お侍さん、折角だがコイツの買取にいい値段は付けられないぜ。」
行商人は、狼の毛皮を剥ぎながら説明した。以蔵は綺麗に革を剥がす事ができないので
血抜きだけした状態で持ってきた為だ。するすると動く行商人の手付き感嘆としながら見る以蔵。
「ほぉ、この辺じゃ欲しがる奴が少ないがか。」
「それも有るが、このブラッドホーンウルフは傷が多すぎる。これじゃ、革としての価値はあまり見込めないな。」
「ブラッドホーンウルフは珍しかろう。それでも値が低いがか。」
無論、以蔵にこの辺りの生態系を知る由は無い。
むしろ貨幣価値さえ分からないのだ。現状では損をしようが勉強代だと割り切っている。
ただ、素直に買い叩かれるのは癪に障るので、せめて次の獲物の目星くらいは、と投げた質問だった。
「あぁ、確かにブラッドホーンは珍しいぜ。ただこのでかさだとな・・・と1リデル12シリンでどうだ?」
そう言って行商人は作業台の見えやすい位置に金貨一枚と銀貨12枚を置いた。
なるほど、やはり、あの狼は珍しい種類じゃったか。あれでよく居る狼だ。
などと言われたら、冒険者も考え直す必要があるがじゃ。
で、リデルっちゅうんが金貨で、シリンちゅうんが銀化かの。
見た所、銀貨は一分銀より重そうじゃな。だが、銀貨以下の貨幣が無いとしたら…
「ちょっと待った。その取引ちょっと待った!!」
以蔵が貨幣価値を思案していると後ろから大きな声がした。振り返ると
五尺四寸(だいたい160㎝位)ほどの少女が腕を組んで立っていた
見た目はアリーシャより2,3歳若いくらいだろうか。ラトのちょっと上
と言った感じだ。ひときわ目立つのは背に背負った巨大なハンマーだ。
丁寧な作りをされて居るのか、黒々としたハンマーは陽光を反射させている。
あの大きさなら、大概の刀や剣は一撃で叩き折れるだろう。
いったいこの女子のどこにそない力があるんじゃろ。案外見掛け倒しで軽いんかのう?
と言うか、あの渕の周りの棘はなんじゃ?実用性は乏しそうじゃの。
「あんたね、武士から買い叩くとか正気なの?こいつら、人の首を飛ばすのに躊躇ないのよ⁉」
「おぃおぃ嬢ちゃん。この辺の相場は知ってるのか。こんな毛皮持ってても売れないっての。」
おぉう。違世界にも武士階級は有るにゃあか。しかし、おとろしぃ連中じゃが。
会わんように気ぃ付けよう。
「そもそも、こっから加工して売る事を考えたら、2リデル切って当然だろ。」
「だ・と・し・て・も、相場で5リデルは下らない、ブラッドホーンウルフの
毛皮が2リデルなんて異常よ。」
少女の強い語気に行商人も「うっ」とたじろいだ。すると少女はすぐさま以蔵に耳打ちする。
「あんた、幾らぐらいで売って欲しいの?」
「儂は相場は分らんがじゃ。おんしに任せる。」
少女は一瞬、ポカンとしたような表情を見せると、「あんたよくここまで旅できたね。」
と呆れたように溢して、行商人に向き直った。
「加工が大変なのは当たり前。大体、コレ角付きじゃない。その3本角を隣町の
ギルドに持っていくだけでも1リデル8シリンは堅いわ!」
「くっそう、じゃぁ2リデル4シリンでどうだ。」
つまり儂はほぼ4シリンで毛皮を買い叩かれておったのか。うーむ、大分足元を見られたのぅ。
「何が『くっそう』よこちとら相場で5リデルと1リデル8シリンって提示してるんだけど⁉」
どうも、少女の口調から怒気を感じる。どうやら、白熱のあまり興奮している様だ。
「わかったよ、3リデル10シリン」
「リデル単位で値上げできるなんてまだまだ余裕じゃない。5リデル6シリン」
「そんな値段無理だ。4リデルと5シリン。」
少女は見せつけるように深いため息を付いた。
「じゃぁ4リデルと11シリンでどう?」
「よし、それなら・・・」
「ただし、角は付けないわ。それでも相場以下よ。業突く張りにも損は無いんじゃないの。」
「・・・・・・わかった。それで手を打とう・・・」
行商人は少しの沈黙の後にうなだれるようにして頷いた。
おぉ最初の提示金の二倍くらいかの。得した感じじゃ。
少女は行商人から角と袋に入った硬貨を受け取ると、すぐさま硬貨を数えだした。
「さすがに、数は誤魔化してないみたいね。確かに4リデル11シリン受け取ったわ。」
「こちとら信用商売だ。買い叩くことは有っても、勘定に嘘はつかねぇよ!!」
「二度と来るんじゃねぇ‼」とも続いたが、少女は「べ~」と舌を突き出して歩き出した。
「はい、コレ返すわね。あんたも相場が分からないなら、誰かに付いて来てもらいなさいよ。」
そう言って袋と角を以蔵に渡す。以蔵としては一人でこの世界飛ばされたため、
頼れる人が居ないのが実情だ。いや、心当たりは有るにはあるが・・・
呼べばすぐに来そうではある。だが、表示価格を値切ってさらに以蔵の損を広げたに違いない。
「いや~助かったきに。家出の身での、頼る人も居ないがじゃ。」
「家出って、その格好で?」
以蔵の服装は袴の上に紋付羽織、そして薄手の外套と少々厚手な恰好となっている。
わりと風遠しが良いのと、真夏でも似たような恰好をしていたので、暑さは気にならなかった。
「なにか、おかしいがじゃ?」
「そんな恰好で出歩くなんて、世間知らずのボンボンですって言ってるようなものじゃない。
せめて、家紋の部分は目立たないように…いや、それでも危ういわね。」
「服は、これしか持ってなか。」
危うく、昨日この世界に飛ばされてきた。と言いそうになったが、以蔵はすんでのところで堪えた。
「それより、なんかお礼がしたいがか。よかったら飯でもどうじゃ?」
「いいわ、行きつけの食堂が有るの。そこに行きましょう。」
案内されたのは、行商人のキャラバンから少し離れた煌びやかな店だった。
外観は白く、店の横にオープンテラスも有り、外観は小さめなものの洒落た雰囲気を出している。
向かいに有るのが、看板の拉げた武器屋でなければ、こんな村の中にある店とは思えない風貌だ。
店内は4人掛け円卓が6席と少々すくない。煌びやかな調度品が飾られた店内で給仕がスッと立っているせいか、まるで貴族の邸宅にでも足を踏み入れたようだ。
「おまん、儂の有り金を全部吐き出させる気か?」
「見た目はすごいけど、そんな高くないわ。領主が趣味でやらせてる店だもの。」
「ほう、そうか。」
何が高くて、何が安いのかは分らないが、たぶん毛皮の買取値段を超えることは無いだろう。
「ところで、おまんに聞きたい事が有るがじゃ。」
料理が一通り運ばれた所で以蔵が切り出した。
「なにこの辺の貨幣価値?教えてあげても良いけど、別途で報酬をもらうわよ。」
少女は自身の顔程も有るステーキをナイフで起用に切り分けて、食べている。
以蔵はナイフとフォークを使い慣れていないのも有るが、ステーキの切り分けは進まず、
パスタを食べていた。内心「武市先生との外食行っていて良かったー」と思っていたが、
他人から見るとどうにか、こうにか使えているというのが一目両全だ。
「別途料金か・・・1リデルでどうじゃろ?」
「ぐっ・・・今一瞬、あんたの足元を見ようとした自分を殴りたいわ。」
通貨を覚えたての以蔵から見て金貨の価値などわかるわけもない。ただ、これから先使っていく
知識を買うとなると、金貨1枚でも安いとも思えたのだが。
「あんたが持ってる角を一本ちょうだいよ。それでいいわ。」
「そんなもんで良いがじゃ?」
「それ以上は貰いすぎよ。だいたい、ここでボッタ喰ったらあの行商人と変わらないわ。」
「では早速、コレを見てほしいじゃが。」
そういうと、以蔵はテーブルの端に財布の中身を広げた。
1分金が5枚と1分銀が10枚、そして1丁銀と銅線が80枚ほど。
「あんた、ほんとに金持ちのボンボンだったのね。これなんかこの辺じゃ貨幣に直せないわよ。」
そういうと少女は丁銀を持ち上げた。以蔵も初めて見たのだが、簡単に言えば純度80%の
銀の延べ棒だ。無論、日本でもそれ一つで4か月は遊んで暮らせる。
そもそも、1分金と1分銀だけでそれぐらいは遊んで暮らせるので、ラトが以蔵に渡したのは
おおよそ10か月はあそんで暮らせる額となる。
「まぁこれ全部リデルに直すとおおよそ90リデル位ね。この銀塊を考えると手数料で6リデルは持ってかれるわね。」
「ふむだいたい五厘くらいの手数料か・・・ちなみにそれで剣は買えるかの。できれば刀が良いがじゃ。」
「それは何とも言えないわ。剣だったら40リデルもすればいい物が買えるけど、刀だとピンキリだわ。
あんたが倒した、ブラッドホーンを倒せるものって基準で70リデル位かしら。」
なんと、所持金のほぼ8割の金額。これは、安めの武具で急場を凌ぐしか無さそうだ。
食事の間、軽い自己紹介も済ませ、貨幣価値の解説を聞いた。この世界での
概ねの貨幣は大きく金貨、銀貨、銅貨の三種に分けられるらしい。
おおよそ1リデル=16シリン、1シリン=20デナト、そして320デナトで1リデルとなるそうだ。
一緒に聞いたが、大方の人の給与はひと月辺り3リデルと8シリンで、外食の平均は1食8デナト。
つまり、毎日外食してもひと月の給与で悠々と生活できるそうだ。
もっとも、自炊をすればその3割くらいに落ち着くそうで、
冒険者や、高給取でもない限りはほぼ毎日、自炊をしているとも言っていた。
「ノルン、助かったきに。恩に着るがじゃ。」
「イゾー、あたしへの恩は高いわよ。なんかあったらイゾナンス商店に来なさいよ。滞在中はそこに居るから。」
そういうとノルンはスタスタと店を出て行った。会計を済ませ店先に出た時にはすでに見えなくなっていた。因みに会計は4シリンと確かに食べた内容に比べれば安いのだろうが…1シリンで外食が2回できる事を考えると、やはり安くはないか。それでも以蔵が提示した1リデルには、ノルンに渡した角と食事代を足しても届かないのだから、文句など言えるはずもない。
ふむ、イゾナンス商店。どこかで聞いたような…はて、なんじゃったかの。
以蔵はどこか聞きなれた単語に機を取られながらも向かいの武器屋に向かった。
さーて、ここで魅惑の合法ロリ(外見年齢15歳)ノルンねぇさんの登場だ!!
その小さな体に不釣り合いな巨大ハンマーに数々の紳士が潰されたに違いない!
彼女とイゾーの冒険はいつ始まるのか。
え、アリーシャ?誰、それ?