一章 その2 冷静な現状把握って結構難しいよね。
今回からやっと異世界もとい違世界。漢字を変えて表記したのは、単に以蔵さんの頃って異世界なんて言葉ないだろうな~という矢野の気まぐれです。
以蔵は、腹痛との過酷な戦いの最中にいた。
「ぐぅぅ…何がいけんかったきに…昨日確保した水飲み場か、それとも空腹に駆られて食べた山菜がか……」
腹を抱えながらとぼとぼと道を歩く武士の姿は、とてもかっこいいものとは言えなかった。
以蔵としても旅慣れているつもりだったのだ。
自国の土佐から江戸に剣術を学ぶために旅をしたことや、それこそ武者修行と称して中国、九州地方を転々としたこともあった。
どれも一人ではなく、常に武市という旧友や、その武市と立ち上げた土佐勤皇党の仲間たちに支えられての物だったが、そうした経験から森林などの人出のない所で、何をするべきかには覚えがあったのだ。
まず、飲み水の確保。
これは特に問題なく見つかった。以蔵の目覚めた場所はおおよそ道らしい道の無い場所だったが、薄っすらとした獣道が何本か通っていた。
過去の経験からすぐに動かず、耳を澄ませると、水のせせらぎが聞こえてくる。以蔵はその音を辿るように、音が聞こえる方の獣道を進み、見事湧水を見つけ出す事に成功した。
次に寝床となる場所を探す。これも簡単に見つかった、水飲み場から少々下った場所に程よく開けた場所があったのだ。これならば夜な夜な獣に襲われても逃げられるだろうと、そこで腰を下ろし手荷物の確認を始めた。まずは、腰に差した刀。幸いなことに、小太刀もセットである。次にラトの好意なのか袖口には、やや重い使い古した財布と火打石、友人から貰った拳銃も入っている。
「ふむ、これならば火もたけるな。よしよし、火ばたけんと獣が寄ってくるきに。火口がないのはまぁ、諦めようかの。あれば便利じゃが何とかなるじゃろう。」
すでに日も落ち始め、もう四半時も過ぎればあたりは暗闇に包まれそうだ。以蔵は日が沈み切る前に、辺りから燃えやすそうな草や小枝を手早く集めて、燃えやすいようにまとめていく。
そしておおよそ形を作り、食料になりそうなものを探しに行くことにした。
目的は二つ、食べられるものと、着火点にしやすい木の実だ。油性分の高いものが有ればいいのだが、慣れ親しんだ白樺など見つけられる気がしない。あまり実感は湧かないが、こうして首だけではなく五体満足で、生きて歩いている。ということはあの不遜な自称神が言っていたように、ここは違世界なのだろう。
なので以蔵からすればそれに近しいものが見つかれば御の字だった。もっとも、白樺の木でなくとも松ぼっくりのようなものでもいいので、代用品が見つからない事はないだろうと、高を括ってもいたのだが。
事実、道中で松ぼっくりのようなものは幾つか拾えた。白樺こそそれっぽい物は見つからなかった。しょうがなく、樹皮の薄そうな木を見つけ小太刀で何枚か剥いでいく。
「あとは食い物じゃけんど、そこら中に生えてるキノコでも取って帰ろうか。見たことは無いけんど、火に当てりゃなんちゃーがやないじゃろ。」
そうして、当初の寝床と定めた広場まで戻り着々と準備を進める。道中で拾った石に、先ほど剥した樹皮を包むよう巻き付け、蔦で包み口を固定するように縛り、簡易的なコップを作ったりと手慣れたものだ。
そのコップをもって湧水を組んでくるが、完璧に穴が塞げてないために、じわじわと底から水が染み出ていくが、以蔵としては飲み水を飲む度に移動する手間が省けるだけで良かった。
「竹でもあればよかったがに。ほりゃあ望みすぎか。」
そうボヤいて、先ほど拾ってきた、松ぼっくりを並べると、その上に樹皮をしき枯れ草を置いて火を着けた。
太陽はとうに沈み切り、月灯のおかげで辛うじて周囲が見える程度だったなか、煌々と燃える火灯は何とも心強かった。炎の周りに小枝に刺したキノコや、現世で見知った食用の山菜を並べて暖を取る。山の中のせいか、それとも季節が違うのか、少々肌寒い。
以蔵はふと刀を鞘ごと外し、持ち手の部分を外した。煌々と燃える火に刀の銘の部分をかざして読んでみたのだ。
「あのクソガキ、趣味がわりぃにもばあがあるぜよ。」
以蔵の手にある刀の銘は『七以斬』と書かれていた。しかも、ご丁寧に裏には胴参とも書かれている。七以とは以蔵の別称で、彼の家が城下の七軒町という所に有った事に由来する。
もともと豪農だったことと、郷士になったのが彼の父からなので、家自体は屋敷と言えないまでもそこそこ大きく、以蔵に多少の自由を許す程度には裕福であった。しかし、彼の家があった地域にすむ人々は、妬みなのか僻みなのか、以蔵のことを七軒町の以蔵を略して七以さんと呼ばれる事もあった。
多分他意はないのだろうが、自身の名前を略称で呼ばれる続けるのは気持ちのいいものではなかった。が、この刀ほど悪意を感じるものでもなかった。つまり七以斬とは以蔵で試し斬りした刀ですよ。という刀銘なのだ。さらには裏に胴参と書かれているあたり、量産品の鈍ら刀とも一線を画していた。
以蔵は恐る恐るもう一刀の小刀の銘も確かめ深くため息を付いた。
こちらには『宜振打』と彫られていた。
宜振とは以蔵の諱である。当時の武家の考えの一つで、家族しか知らない名前である。真名と言えば伝わるだろうか。
自身は鉄蔵として打首になっているし、もっと言ってしまえばあの時、同心が振るった刀は間違いなく七以斬と似た刃幅の打太刀なのだから、この小刀とはまったく関係ないのだが……いい気はしなかった。
「まぁよか。気にしても仕方がないぜよ。はよう食うて寝て、朝日が昇ったらちゃっちゃと降りて街でも探すきに。気にしても仕方がないがぜよ…」
そう自分に言い聞かすように以蔵はつぶやくと、焼けたであろう山菜やキノコに手を伸ばし頬張った。
これがいけなかった。ここまでは、経験となんとなくで、文字通り見知らぬ世界でもどうとでもなっていた。
いや、経験のある無しに問わず、多少の不便と体力の消耗を覚悟し、注意していれば誰でも夜を超す事ぐらいは出来たのだ。しかし、以蔵はこれまでなんとなしに上手くいっていたので、最も注意深く対応すべき所で注意を怠ってしまったのだ。
彼は餓えを経験した事もあった。その苦しさが、決断を焦らせたのかもしれない。もしくは、中ったところでただ腹を下すだけだと、一種の賭けに乗ってしまったのか。結果として彼は冒頭のように一人寂しく茂みの中で後悔することになる。
「アハッハ、君本当に面白いね。僕は久しぶりに退屈を紛らわせて満足だよ。」
「あかん。ようわからん子供の声が聞こえるきに。儂はもうダメかもしらんぜよ。」
「やだな~幻聴じゃないよ。君を見守る神、ラト様だよ。」
二度と聞くことは無いだろうと思っていた声に、以蔵はふと我に返る。視界にはご丁寧によく見知った靴裏と袴の中が映るがそこはスルーしておこう。
「きさん、出てくるときに儂の顔を踏まんと気が済まんがか?」
「やだな~僕を楽しませてくれた以蔵君にちょっとしたサービスだよ。なかなか見れないものが見れてうれしいでしょ。」
やっぱりコイツ殴ってもいいかのぅ。今なら殴れるんじゃがのぅ。
そんなことを考えながら、先ほどより若干落ち着いた腹を抱えて以蔵は火元まで歩いていき、その後ろをピコピコとラトがついていく。
やばい、ラトちゃん書いてて楽しい。やっぱウザ可愛い奴って近くに居なければ楽しめるよねw
第2話も読んでくれた紳士、淑女の皆様からの生暖かい感想ご指摘心待ちにしております。