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短編

龍の試練、ドラゴンルーレット、じゃじゃーん!

作者: NOMAR


 龍騎士に憧れた。


 子供の頃、見上げた青空の中で、空を泳ぐように優雅に飛ぶ赤いドラゴン。その背中には銀の鎧の騎士が乗っていた。

 その騎士はドラゴンの背中から、こちらを見下ろして手を振った。風の中で、空の上から。

 龍騎士、ドラゴンと心を通わせ、大陸中を国から国へと飛ぶ。ときには人を守る為に魔獣と戦い、ときには争いを止める為に国と国の間を取り持つ。

 何処の国にも属さず、ドラゴンを相棒に様々な土地を巡る。海を、森を、草原を、砂漠を。

 人が足を踏み入れぬ遠い遠い秘境の地を。

 そして変わった植物の種や、病の治療法など、遠き地で見つけたものを教え伝える。

 伝導者にして調停者。

 何者にも従わず、大地より遠く離れた空を高く飛ぶ。雲の高さを、風のように自在に。

 ドラゴンの背に乗り空をもうひとつの故郷とする龍騎士。

 小さな村の農奴に生まれた俺には、過ぎた憧れ。それでも、青空を泳ぐように飛ぶ赤いドラゴンは目に焼きついて、その幻影は俺の頭の中から、いつまでも消えない。

 なれるのならば、いつか俺も龍騎士に。

 ドラゴンと共に世界を巡る旅を。

 あの空の中へ。何処までも遠く。


 ◇◇◇


 今年も門の前に多くの人が集まる。三年に一度の龍の試練の年。

 

 ただ、前回、前々回と龍の試練を越えた者は居らず、新しく龍騎士に成れた者はいなかった。それだけ龍の試練が厳しいのだろう。

 ここに集まったのは龍騎士を目指す名だたる騎士に冒険者、剣士に魔術師。いずれも腕に覚えのあるもの、空とドラゴンに憧れた者。まぁ、中には有名になりたいとか、人によっていろいろあるが。

 また、国から龍騎士が出ることを誉れとし、貴族が後ろ楯につく者もいる。中には金で名のある戦士を雇い、迷宮を抜けて龍秘境を目指そうという者もいる。そのやり方で龍の試練を越えて、龍騎士になったものはいないのだが。

 三年に一度の龍の試練の年。

 封じられた迷宮門のある霊峰ガーナの麓、龍神殿の街ガーナロンは祭りのような賑わいを見せる。


 前回の龍の試練では、俺は迷宮を抜けることはできず、龍秘境まで辿り着くことはできなかった。

 村から逃げ出し、もと農奴という身分を隠して冒険者へと。魔獣討伐で知り合った剣士に技を乞い、彼が彼の剣の師匠を俺に紹介してくれた。この面倒見の良い兄弟子との出会いが無ければ、俺は野垂れ死にしていたかもしれない。

 彼と師匠のおかげで剣士としては、俺はそれなりになれた、と、思う。なので腕に覚えはあり自信もあったが、思い上がりだった。三年前の迷宮の試練は手強く、俺は期限内に攻略できなかった。


 だが龍騎士を諦めることはできず、山にこもり剣の腕を磨き、今は三年前より強くはなったはず。

 魔獣や魔術についても師匠の知り合いの賢者に教えを乞い、書物を調べ知識も増した。俺は魔術は使えないが、これで対魔術戦闘はそれなりにできるようになった。前回のように魔術を使う魔獣との戦闘も、少しはましになっているだろう。


 集まった面子を見れば、巨人殺しの斧士ヒューダ、百獣討伐の剣士ライノスガ、雷精の魔槍士ミスタントと、異名持ちの有名人がいる。今回こそは新たな龍騎士の誕生を、と、力を入れて支援する国やギルド、商会もいる。

 うちから龍騎士が出ました、というのは自慢できることでもあり、我が一族から龍騎士を、と頑張るところもある。

 俺は魔獣討伐の数はそこそこあるが、大物を討伐したことが無く、俺にはまだ異名が無い。

 だから誰が龍騎士になるか、という賭けに無名の俺の名前が上がることも無い。

 賭け札を売る男が、


「さぁさぁ、今年は誰が龍騎士に? 門が開くまであと少し! 応援したい勇士の札は買うなら今!」


 と、試練が始まる前にとがなる。この街では三年に一度の祭りのようなもの。

 今年こそは迷宮の試練を越えて龍秘境へ、そして龍の試練へ。いや、龍騎士への憧れが消えなければ、俺は龍の試練を越えるまで、三年後も六年後も、生きていればここに立っている気がする。

 

 太陽が真上に昇る頃、霊峰ガーナの麓、岩壁の大扉が軋む音を鳴らして勝手に開いていく。ラッパの音が高々と鳴り響き、三年に一度の龍の試練が始まる。

 見送る人々の歓声に手を振り、龍騎士を目指す者が一斉に扉の中へと進む。勢いよく飛び込む若者を見て、俺は装備を確認してからゆっくりと扉へと進む。

 三年前は扉が開くと同時に駆け込み、誰よりも速く迷宮を抜けようとして、序盤で体力を消耗し過ぎた。

 今回は迷宮を抜ける。その為には急ぐ必要は無い。期日の七日以内に迷宮を抜ければ良いのだ。

 龍秘境のドラゴン達に会うには、この迷宮の試練を越えねばならない。

 暗く深い霊峰ガーナの迷宮へと進む。


 ◇◇◇


 迷宮に入り五日目、


「ゴォアアアッ!」


 悲鳴を上げて倒れるマンティコア。ずいぶんとてこずったがなんとか倒せた。鎧の右の肩当てが爪で引き剥がされて無くなった。服が引き裂かれ肩には浅い傷。それよりも左の足の方が酷い。爪で抉られたところに最後の回復薬の瓶を開け、傷に垂らす。瓶の底に残った分を口に含む。

 迷宮の試練は前回と迷宮の形が違っている。迷宮に入った人物に合わせ、それぞれがまた違う迷宮に飛ばされるという。

 集団で挑んでもやがては迷宮の中で一人にされる。個人の力量を試す為の試練なので、これは当然か。

 倒れたマンティコアが一瞬白い石像のようになり、砂のように崩れて消える。後には青い水晶がひとつ。これが迷宮を抜ける鍵だろうか。

 青い水晶を手に拾うと、壁に扉が浮かび上がる。ここに来るまでの迷宮には無かった、白い大きな扉だ。このマンティコアがこのエリアのボス、ということか。どうりで手強い。

 すぐに扉には向かわない。扉の向こうにすぐ次の敵がいるかもしれない。

 装備を確認、手に持つ剣は頑丈なコルダ鋼鉄製、刃こぼれも歪みも無い。投げ剣はあと四本。回復薬は最後の一本を使いきった。残り少ない保存食の入った荷を肩に下げ直して、白い扉を抜ける。


 ◇◇◇


 白の扉を抜けた先は明るい。天井に嵌められた石が光を放ち、白い壁に囲まれた綺麗な部屋。先程までの迷宮の洞窟とは違い、聖堂のような清らかさのある空間。

 俺が抜けて来たような白い扉がいくつも並び、その中の二つが開く。


「お、先を越されたか?」


 ひとつの扉から出てきたのは金髪の若者。


「どういう仕掛けになってるのか、興味があるわ」


 もうひとつの扉から出て来たのは黒髪の女。どちらも片手に青い水晶を握っているのは、俺と同じ。


「閃光のキルシュに風精使いヴァッサー、とは」


 扉から出て来たのは異名持ちの有名人だ。黒髪の女はクスリと笑う。


「名が売れると自己紹介が省けるわね。あなたは?」

「俺の名か? ルオンだ」

「ルオン、さんね。青水晶を持っている、ということはあなたもサイクロプスを倒してきたのかしら?」

「いや、俺はマンティコアだった」


 迷宮の試練はそこに入る人により違う、ということが改めて解った。風精使いヴァッサーはサイクロプスを倒してきたらしい。


「で、なんで門の前に佇んでいたんだ?」


 金髪の男、閃光のキルシュが聞いてくる。目の前には大きな白い門。扉は無いが門の向こうは濃い霧に包まれて先が見えない。


「佇んでいたという訳では無く、ここに来た直後にあなた方が現れた。まだここを調べてもいない」


 白い門はここに来るときに通った転移門と同じなのだろうが、この白い門はかなり大きく、ドラゴンの彫刻など彫り込まれ豪華だ。明らかに作りが違う。

 風精使いヴァッサーが白い門に近づき、門柱を見る。


「『迷宮の試練を抜けし者、ここより先は龍秘境。龍の試練を受ける覚悟のある者のみ、青水晶を手に門をくぐれ』と、書いてあるわ。迷宮の試練はここで終わりのようね」


 期日以内に迷宮の試練を抜けたか。そしてこの門の先が、ドラゴンの住む龍秘境。

 いよいよ龍の試練か、龍秘境に住むドラゴンと出会うのか、胸が高鳴る。


「じゃ、お先に。一番乗り、と」


 片手を上げて閃光のキルシュが散歩でも行くかのように気軽に白い門をくぐる。


「……怖いもの知らずね。龍の試練が何かも解らないのに」

「龍の試練が何か、知っているのは龍騎士とドラゴンだけだろう」

「噂ではそうね」


 龍の試練については謎だ。試練を越えて龍騎士になった者は知っているのだが、秘密だと教えてはくれない。かつて龍の試練まで辿り着いた者も、試練を越えられなければその記憶を消されるのか、憶えている者はいない。

 龍の試練の内容を知るのは、試練を越えた者とドラゴンのみだ。


「まさか、速いもの勝ちということは無いとは思うのだけど」


 言いながら風精使いヴァッサーも白い門をくぐる。俺は深呼吸して気持ちを落ち着け、もう一度装備を確認してから、右手に青水晶を掲げて足を踏み出す。

 この門の向こうにドラゴンが。ドラゴン達の住む龍秘境が。そして夢にまで見た龍騎士へとあと少し。


 ◇◇◇


 白の大門を抜けた先は闘技場のようなところだった。観客席になるところには、赤、白、青、黒と色とりどりのドラゴン達。二十体はいるだろうか、こちらをじっと見ている。

 これだけのドラゴンに囲まれ見つめられるのは初めてだ。ここが龍秘境。この近さにこれだけの数のドラゴンが、胸が高鳴る。

 先に来た閃光のキルシュも風精使いヴァッサーも、ドラゴン達に圧倒されたようで固まっている。

 二人の向こうにいるのは一際大きい白銀の鱗のドラゴン。威厳と深い叡知を感じる瞳が俺達を静かに見下ろしている。


「迷宮の試練を越えた勇士達よ、歓迎しよう。ようこそ龍秘境へ」


 偉大な白銀のドラゴンが語る。


「我は龍皇、これより汝らに龍の試練を。勇士達よ、心構えは良いか?」

「あぁ、いいぜ」


 閃光のキルシュがあっさりと応える。


「龍の試練とはなんだ? 何を試される?」

「慌てるな。先ずは名乗るが良い」

「俺の名はキルシュ=ノウェン。渾名は閃光、輝円剣の伝承者だ」


 その名乗りには自信がある。大型魔獣を倒した異名持ちらしい堂々とした態度だ。


「私はヴァッサー、精霊使いレトルガノの弟子。渾名は風精使いよ」


 精霊術士として名高いレトルガノ、その弟子の中でも最も優れ、風精術では師も越えるというヴァッサー。彼女もまた、師の名前を誇るように大きく声を出す。

 この二人の後に名乗るのか。深呼吸して名乗る。


「俺はルオン。カーシィ流剣術を学んでいる。師の名はティーザ=カーシィ」

 

 俺には異名も無く誇るような戦績も無い。俺の剣の師は強いのだが、大きな道場を構える訳でも無く、カーシィ流剣術を広く世に広める気も無い。知る人ぞ知るという流派だ。

 ここにいるドラゴン達は人のことをどれだけ知っているのかが、少し気になった。俺の師の名前を知っているのだろうか? いや、師も俺も名声とは縁が無いか。

 龍皇は俺達の名乗りを聞き深く頷く。


「では、この地に足を踏み入れた順に試練を行う。今回の龍の試練は、」


 一体の桃色のドラゴンが大きな円盤を持ってくる。円盤には何かいろいろと書いてある。桃色のドラゴンが大きく声を上げる。


「ドラゴーン、ルーレットー! じゃじゃーん!」

「おおおおお!」


 ドラゴン達が盛り上がり拍手をする。なんだか、いきなり軽くなった? なんだこのノリは?

 龍皇が解説を始める。


「勇士達の持つ青水晶には投げ矢が入っている。今回の龍の試練は簡潔にして解りやすく、先ずはルーレットを回す。勇士達はこのルーレットに投げ矢を投げる」


 手に持つ青水晶がパリンと割れて、中から投げ矢が一本、出てきた。


「投げ矢が当たったところに書いてある食材、これを勇士達に食べてもらう。以上だ」


 いや、その、以上だと言われても。桃色のドラゴンが椅子を二つ持ってくる。


「順番に行くから、二人は座って待っててねー」

「あ、どうも」


 いったいどういう試練なんだ? 桃色のドラゴンが持ってきた椅子に腰かける。隣のヴァッサーも首を傾げている。

 戸惑う俺達を置き去りに事が進んでいく。龍皇が円盤、ドラゴンルーレットに手をかけ勢い良く回す。様々な色で色分けされた円盤がクルクルと回る。


「ではキルシュよ、その手に持つ投げ矢を投げるが良い」

「あ、あぁ、これって運任せの試練なのか?」

「運の要素もあるか、どうする? 棄権するか?」

「ここで棄権したら何の為にここまで来たか解らん、よし、投げるぞ!」


 キルシュが投げ矢を投げる、ドラゴンルーレットの一ヶ所に刺さる。ルーレットの回転が止まると投げ矢の刺さったところの文字が読める。


 リス


「……は?」


 ポカンとしてるキルシュに桃色のドラゴンが椅子とテーブルを運んでくる。キルシュを座らせて、テーブルの上に小さな檻を置く。小さな檻の中には、リスが一匹、元気に走り回っている。


「ドラゴンルーレットの結果、キルシュが食べるのは、リスでーす!」

「おおおおお!」


 桃色のドラゴンが宣言し、何故か盛り上がるドラゴン達。リスを、食べろと?

 キルシュも疑問に感じたようで、目の前の檻の中のリスを見ながら訊ねる。


「このリスを食べろと? 生きているのだが?」


 龍皇、白銀のドラゴンが手にするメモを読み上げる。


「では食べ方を説明する」


 リスならば焼いて喰うのだろうか?


「首の骨を折り、皮を剥き、新鮮なうちに生でどうぞ」


 それは、キツい。キルシュが椅子を蹴って立ち上がる。


「なんだそれは? リスを生でなんて食えるか!」


 キルシュの叫びに、ドラゴン達が揃って、あーあ、と残念そうな声を上げる。何だこの空気?

 龍皇がふむ、とひとつ息を吐く。


「そうか、では審議に移る」

「ちょっと待て! 試練ならば力か知恵を試すものではないのか? 生きたリスをいきなり食えってなんだ? それで俺の実力をどう計る?」


 キルシュは喚くがドラゴン達は構わず話合っている。なんなんだこの試練? 桃色のドラゴンがテーブルの上のリスの入った檻を手に持って引っ込んでいく。

 ドラゴン達のざわめきが静まり龍皇が結果を口にする。


「キルシュは龍の試練、不合格」

「待ってくれ! 納得いかん! なんだこの試練は?」

「なお、この試練の内容については、不合格者は記憶より消させてもらう。キルシュよ、残念だが退場してもらおう」

「おい! もっとまともな試練を! これで不合格ってなんだ? おい離せ!」


 桃色のドラゴンがキルシュを人形のように持ち上げる。


「はい、不合格者はこちらへ。龍の騎士を目指すなら、また三年後に挑戦してね」

「離せ! こんなのおかしいだろ? 俺がこんな試練で不合格なんて! おいこら!」


 桃色のドラゴンがキルシュを持ったまま退場していく。喚くキルシュの声が小さくなって聞こえなくなる。

 これが、龍の試練?


「では次、ヴァッサーよ、投げ矢をドラゴンルーレットに」


 龍皇がヴァッサーを呼び、ドラゴンルーレットに手をかけて回す。


「さーて、何が出るや?」


 龍皇は楽しそうだ。ドラゴン達も何やらワクワクしている。


「お、お願いします。食べやすいもので」


 風精使いヴァッサーは投げ矢を握りしめ、祈りを捧げてから、えいやと投げ矢を投じる。

 クルクルと回るドラゴンルーレットに投げ矢が刺さり、回転が止まる。投げ矢の刺さったところの文字が読める。


 ゴライアスバードイーター


「え? バードイーターって、ちょっと、え?」


 桃色のドラゴンが戸惑うヴァッサーを椅子に座らせる。そして持ってきた手提げの檻をヴァッサーの前のテーブルに置く。


「ひいっ!」


 ヴァッサーが悲鳴を上げて仰け反る。テーブルの上の檻の中には大きな蜘蛛が一匹。大人の手のひらよりも大きい茶色の蜘蛛が、檻の中をカサカサと動いている。

 あれを、食べろと? これではリスの方がまだましだったのかもしれない。

 銀の龍皇が手にするメモを読み上げる。


「ゴライアスバードイーターの食し方を説明する。先ず、この蜘蛛は体毛に毒がある」


 毒があるのか、食べたら死ぬんじゃないか? ヴァッサーの顔から血の気が引き今にも倒れそうだ。構わずに龍皇が続ける。


「蜘蛛に串を刺し、毒のある体毛を焼いてから食べる」


 桃色のドラゴンが片手を檻に入れ、取り出した蜘蛛の頭から尻までを串で貫いて刺す。刺された蜘蛛は絶命せずに必死に脚を蠢かせる。

 カタカタと震えながら目を見開くヴァッサー。

 桃色のドラゴンは口を開き、炎の吐息を小さく吐き、串に刺した蜘蛛を火で炙る。蜘蛛の脚が身体の方へと丸まるように、燃えた体毛が散り奇妙な香ばしい臭いが辺りに漂う。


「このくらいかなー? はい、どーぞ!」


 桃色のドラゴンが風精使いヴァッサーの前の皿に焼いた蜘蛛を置く。どーぞ、と、言われても、あの蜘蛛を食べるのか? 串に貫かれ焼かれた蜘蛛は、動かなくなり死んだようだ。

 ドラゴン達が何かを期待するような目で注目する中、ヴァッサーは震える指を蜘蛛に伸ばす。


「わ、解ったわ。これは、勇気を試す試練なのね。わ、私は龍騎士にならなきゃいけないのよ。師の為にも、同門の為にも、こ、こんな蜘蛛くらい、」


 ヴァッサーは震える指で焼かれた蜘蛛に触れる。な、なるほど勇気か。龍の試練とは度胸試しなのか。

 しかし、食し方というのが少し引っ掛かる。

 ヴァッサーは蜘蛛の脚を指で千切る。触れる蜘蛛の感触が気持ち悪いのか、ひ、とか、うぐ、といった声が口から漏れる。

 ヴァッサーはテーブルの側に立つ、桃色のドラゴンに訊ねる。


「み、水は貰えるかしら?」

「はい、どーぞー!」


 桃色のドラゴンがヴァッサーに応え、水差しとコップを持ってきた。ヴァッサーは水の入ったコップを確認すると、蜘蛛の脚を小さく千切る。


「た、食べるわ!」


 目を瞑り小さく千切った蜘蛛の脚を口に入れる。急いでコップを握り水を飲む。口の中の蜘蛛の脚を水で流し込む。

 焼いた蜘蛛など噛みたく無い、味わいたく無い。それならば噛まずに流し込む。ヴァッサーはその手で行くか。だが、それは食べると言うのだろうか?

 ヴァッサーは目に涙を浮かべ、蜘蛛の脚を細かく千切っては次々と口に入れ、水で胃の中に流し込む。おぇ、とえずき手で口を押さえ、それでも果敢に蜘蛛の脚に挑む。

 ドラゴン達を見ればヴァッサーに注目している。何を考えて見ているのか解らない。

 サイクロプスを倒す異名持ちの魔術師。風精使いヴァッサーは泣きながら蜘蛛に挑む。

 ヴァッサーはなんとか蜘蛛の脚を八本、食べた。というか流し込んだ。しかしこのゴライアスバードイーターという蜘蛛は子猫ほどもある大きな蜘蛛だ。脚の無くなり焼けた蜘蛛の頭と胴体が、まだ皿の上にある。

 ヴァッサーが蜘蛛の腹を震える指で触ると、ブニと沈む。その感触が気持ち悪かったのか、


「ひいっ! うぷっ!」


 身を引いて両手で口を押さえる。顔から血の気が引き白く見える。胃に入れた蜘蛛の脚を、なんとか吐かないように堪えているようにしか見えない。誰が見てもこれは限界だと感じる様子だ。


「それまで」


 龍皇が厳かに告げる。


「これより審議に移る」


 観客席に並ぶ色とりどりのドラゴンが話し始める。


「食べる、は、食べたか」

「一人目の金髪よりは、度胸のある娘だ」

「でもねー、リアクションがイマイチよねー」

「ウケ、としては良くないよね」

「でも一応、食べるは食べたし」

「しっかし、これではなぁ」

「いや、見込みはあるのでは?」


 ざわざわとドラゴン達が話し合う。さっきのキルシュの審議より長い。好意的な意見もある。どうなる? というか、なんだこの試練は? 何が目的なんだ?

 これではまるで、ゲテモノを食べる様を、ドラゴン達が眺めて楽しんでるようでは無いか。

 銀の龍皇がヴァッサーに向き直り、厳かに告げる。


「ヴァッサーよ、龍の試練。合格とする」


 ヴァッサーが龍皇を見上げる。その目は驚きに見開いている。合格となれば、ここに龍騎士が誕生する。前回、前々回と龍騎士になった者はいないから、九年振りの龍騎士の誕生だ。


「ただし、条件付きで。龍の試練の様子を見たところ、ヴァッサーを背に乗せよう、という若龍はいないらしい」

「え? それはどういうことです?」

「故に汝にこれを授ける」


 銀の龍皇の手からフワリと浮かぶものが、ヴァッサーの目前へと宙を移動する。銀の鱗を加工したような、紋章入りの大きなメダルのような物。


「龍秘境への通行証だ。ヴァッサーよ、龍の試練の合格者として認めるが、汝が龍騎士となるには相方となるドラゴンを探さねばならん。龍秘境に訪れ、これというドラゴンを見つけ、説得し己を顕示するのだ。汝を背に乗せ、相棒となることを認めるドラゴンを見つけよ」

「は……、はい!」


 ヴァッサーが銀のメダルを手に笑みを見せる。


「龍の試練を越えたことを祝福しよう」


 ドラゴン達が大きな手をバムバムと叩き拍手する。桃色のドラゴンがヴァッサーに近づく。


「通行証と転移門の使い方を説明するよー。ついて来て」

「あ、はい」


 ヴァッサーが立ち上がり桃色のドラゴンについて行こうとする。俺は慌てて椅子から立ちヴァッサーのもとへ走る。


「風精使いヴァッサー! おめでとう、女龍騎士の誕生とは蒼星のラティス以来だから、二十一年振りになるのではないか?」


 ヴァッサーが俺に振り向く。片手にメダルを持ち、もう片手のハンカチで口を押さえて。俺は龍騎士の誕生を目にしたことで、興奮している。


「新たな龍騎士を祝わせてくれ。おめでとうヴァッサー、龍騎士の誕生に立ち会えたこと、嬉しく思う」

「ありがとう。だけど、あなたが龍の試練を合格できないと、記憶を消されて忘れてしまうのではないかしら?」

「む、そうか。忘れたくは無いな」

「あなたが龍の試練を越えれば良いのだけど? 知恵と力は迷宮の試練で試された。龍の試練とは、運と度胸を試されるものだったみたいね。事前に知ることができないのは、未知に対する心構えも見られているのかしら。それで私は条件付きで合格のようだけれど」


 ヴァッサーは喜んではいるが、条件付きということに、何か考えているようだ。ハンカチで口を拭い俺に微笑む。

 

「あなたにも幸運があるように」

「ありがとう」


 桃色のドラゴンとヴァッサーは、並び話ながら奥へと歩いていく。風精使いにして龍の騎士。ヴァッサーならば風龍騎士と呼ばれるのだろうか。

 次は俺だ。俺も龍騎士に。


「最後の挑戦者、ルオンよ、心構えは良いか?」


 銀の龍皇の言葉に頷き、投げ矢を握りしめる。この一投で全てが決まる。

 龍皇の手がドラゴンルーレットにかかり、勢いよく回す。様々な色で塗り分けられた円盤は回転する虹の円盤。書かれた文字の読み分けなどできず、運に任せるしか無い。

 祈り、命運を天に任せて投げ矢を投じる。

 ドラゴンルーレットの回転が緩やかに止まり、投げ矢の刺さったところの文字が読める。


 キビヤック


「はい、椅子に座って待っててねー」


 桃色のドラゴンが促すまま、椅子に座る。このテーブルに乗せられる、俺がこれから食べるもの。キビヤック。見たことも聞いたことも無い。いったい何者なのか。

 だが、何が出てきても食ってみせる。ヴァッサーはこれを運と度胸の試しと言ったが、俺は違うのではないか、と考えている。

 これはドラゴンと同じものが食べられるかどうか、なのではないか?


 考えていると桃色のドラゴンが戻ってくる。抱えているものをドサリとテーブルの上に置く。

 なんだこれは?

 大きい、人の子供くらいある。しかし、これはどういう生き物だ? 全体的に黒い。獣なのだろうが、手も足も無い。巨大なモグラのような姿。

 死んでいる。生きてはいない。だが死んでからどれだけ経過しているのか? 腐臭が漂う。この臭い、腐ってるとしか思えない。

 この不気味な足の無い、腐った獣を食え、と? 俺は外れだったか?


「キビヤックの食し方を説明する」


 銀の龍皇が手にするメモを読む。


「アザラシの腹を開き、中から海鳥を取り出す」


 桃色のドラゴンが机の上の不気味な獣、アザラシと言うのか? その腹を爪で開く。肉の腐った臭いが辺りに立ち込める。

 ドラゴンはこれを食うのか? 周りのドラゴン達を見れば、顔をしかめて鼻をつまんでいるのがいる。銀の龍皇も鼻筋がひきつっているように見える。

 ドラゴンも臭いと感じてる。旨そうに見てるドラゴンはいない。ならばこれはドラゴンの食い物でも無いのか?

 アザラシの腹の中からは、真っ黒な異臭を放つ海鳥がゴロゴロと出てくる。腹の中に海鳥を詰めていたのか? 何の為に?

 桃色のドラゴンが目の前の皿に、黒い海鳥を一羽置く。むせるような腐った肉の臭いがする。


「海鳥の尻の羽をむしる。肛門に口をつけ、溶けた内蔵をすすって飲む」


 信じられないような食べ方だ。かぶりつけ、というよりはマシなのか? グニャリとした海鳥の死骸を持ち上げ、羽をむしる。

 これを食えば、龍騎士に。だが、いったいこの試練はなんだ? 臭いだけで咳き込んでしまう。羽をむしった海鳥。これからその腐って溶けた内蔵を、すすって飲む。俺の腹は耐えられるだろうか?

 度胸試しというなら、確かにそうだろう。


「食うぞ」


 海鳥の肛門に口をつける。吸い込めばドロリとした汁が口の中へ。脳天を貫くような臭いに気が遠くなりそうだ。

 仰け反って椅子ごと後ろに倒れる。


「げふぉっ、ごほっ、えほっ」


 咳が出る。涙がでる。ドラゴン達は倒れた俺を見て笑っている。やはりゲテモノ食べさせて、それを眺めて楽しんでるのではないか?

 臭い、くどいぐらいの肉の味が口の中に。溶けた肉汁が口の中を浸食する。臭い、とにかく臭い。

 だが、なんだ? この味は?

 身を起こし再び海鳥の肛門に口をつける。このキビヤックの正体を確かめるために、さっきより慎重に口に溶けた内蔵の汁を入れる。

 ドラゴン達が、おお? と、驚く声を出す。


 臭くて腐ってるとしか思えないこのキビヤック。だが、口にしてみれば毒とは思えない。

 俺は剣の修行の為に山に籠っていた。そのときは食事は山でとれる鳥にウサギ、キノコに野草を口にしていた。

 野草にキノコは毒の判別が難しいものがある。そんなときは少し千切り、微量を舌に乗せ味で身体にいいか悪いか感じとる。

 そんな生活で、俺は食べられるか、食べられないかの判別をしてきた。ろくに食い物がない農奴のときから、この舌で食い物を見つけて生きてきた。

 その俺の舌が感じている。

 このキビヤックは毒では無いと。ならばこれは人の食い物か?


 舌が痛い、口の中が痛い。痛いって味覚としてどうなんだ? 腐臭が鼻に抜けて鼻水が出る。指で海鳥の肛門を開き、中を指で掻き出して口に入れる。


 足の無い不気味な獣、アザラシの腹の中に百を越える海鳥を詰める。まるで怪しい呪術の儀式のようだが、このキビヤック、作るために手が込んでいるのは確かだ。

 そして、リスにしろ蜘蛛にしろ、このキビヤックにしても、わざわざ食べ方が指示されている。

 もしかして、このドラゴンルーレットに書かれているものは、ゲテモノだが人が食えるもの、なのか?


 臭いに慣れてくると、少しずつこのキビヤックが解ってくる。くどいぐらいに濃い鳥の肉の味。濃すぎて喉が渇く。むせかえる臭気に咳が止まらない。

 確実に解ったことは、キビヤックは毒では無く、人が口にするために作られたもの、だということ。


「それまで」


 銀の龍皇が告げる声に、キビヤックを食うのを止める。内蔵を絞り出した黒い海鳥の死骸を皿に乗せる。

 肉の汁が俺の口の周りから胸をベッタリと汚している。このキビヤックの正体に疑問を感じてから、夢中になってしまった。

 銀の龍皇はドラゴン達をグルリと見回す。ドラゴン達は何も言わずに笑い声を上げて頷く。

 銀の龍皇も口元が笑っている?


「ルオン、汝、龍の試練、合格とする」


 合格、俺が。龍の試練を越えて、龍騎士に。子供の頃から憧れた、ドラゴンを駆る騎士に。

 しかし、その前に、


「龍皇よ、ひとつ訪ねてもいいだろうか?」

「ふむ、なんだ? 言ってみよ」

「このキビヤックとは、いったいなんだ?」

「ルオンよ、汝は何だと思う?」


 逆に訊ねられた。龍皇もドラゴン達も興味深く俺を見ている。

 蜘蛛の脚を食ったヴァッサーは、条件付きで合格だった。条件付きとは、ギリギリで合格ということか? では、何が足りなかった? もしや、この謎かけこそが、本当の龍の試練なのか?

 考えて答を口にする。


「このキビヤック、どう見ても腐っているようにしか見えない。だが、味わってみれば毒でも無く、逆に人の身体には良さそうなもの、と感じた」

「ほほう」

「百以上もの海鳥を腹に詰めるなど、作るのに手間がかかっている。故に、俺はこのキビヤック、薬ではないかと思う」

「これは薬では無い」


 銀の龍皇が楽しそうに言うことに、側に立つ桃色のドラゴンが口を挟む。


「おじーちゃん、そんなに間違ってもないしサービスで正解にしてもいいぐらいだと思うよ?」

「ふむ、ではルオンの豪快な食べっぷりに免じ、応えよう。このキビヤックは人の食べ物だ」


 これが、人の食べ物。どう見ても腐った肉で臭いも酷い。だが口にしたあとでは納得する。

 薬では無く、食物だったか。


「北方、氷原の民の食べ物だ。雪と氷に覆われた土地では食事は肉と魚に片寄る。そのために不足しがちな栄養素がある。野菜や果物が取れにくい土地に住む者は、肉を発酵させることで足りない栄養素を補おうとした。アザラシの腹の中に海鳥を詰め、地に埋めて寝かせる。発酵した海鳥の肉は、氷原の民にとって必要な栄養素をふんだんに含む」

「つまり、肉の塩漬けと似たようなものか?」

「その通り。雪に覆われ畑が作り難い、氷原の民にとっては野菜や果物に代わる食べ物。その地で生きる者が作り上げた暮らしの知恵、それがこのキビヤックだ」

「それでは、リスは? 殺したてを生で食う、というのは?」

「はるか西方、森の民ではリスを捕まえてその場で食べる。野苺を摘みその場で食べるのと同じ感覚で。森の民にとってリスを生で食べるのがその地での当然となる」

「では、蜘蛛は? 蜘蛛を焼いて食べる民がいるのか?」

「南方ではゴライアスバードイーターは、その地に住む子供のオヤツのようなものだ。毒の毛が目に入らぬように気をつけて、捕まえて毛を焼いて食べる。それがその土地の食文化だ」


 世界は広い。生で肉を食うことも驚きだが、あの大きな蜘蛛が子供のオヤツだとは。

 そしてキビヤック、腐った肉のようにしか見えなくとも、雪と氷に覆われた土地で生きる者には、このキビヤックが足りないものを補うという。

 知らぬことばかりだ。

 銀の龍皇が優しげに語る。


「広き大地では住むところにより、風習も文化も違う。食べるものひとつにしても。ルオンよ、汝は旅の果てに辿り着いた地にて、その地の民にこれらの食物を出されて食べられるか?」


 何も知らなければ、腐った肉を食えと言われれば侮辱としか思えまい。だが、その地において、作るのに長い期間が必要で手間もかかるキビヤックは、その地の民にはご馳走なのだろう。


「ドラゴンの背に乗り世界を見て回ろうとなれば、これは龍騎士に必要な資質。この龍の試練は、己の小さな常識に囚われず、目の前のものが何かを見抜けるかどうか、これを試すものだ」

「それでは、俺が合格というのは、かなりおまけしてもらってのことではないか? 俺はこのキビヤックさえ食えば、龍騎士になれると、ただそれだけで」

「いきなり否定せず、先ずは食べてみた。これで良しとしよう。できれば曇らぬ目で口にするものから正体を暴いて欲しいところではあるが」


 目を細める銀の龍皇。見ればドラゴン達は皆、同じように目を細め口元が笑っている。俺はこの場に立つのが恥ずかしくなってきた。

 ゲテモノ食わせてもがく様を眺める見世物かと、疑ったことが恥ずかしい。この龍の試練で、世界を旅して回る為に必要な心構えを試されていたとは。

 住むところが違えば、リスを生で食う人がいるのか。蜘蛛を焼いて食べる子供がいるのか。その土地で出されたものを、こんなもの食えるかとはね除ければ、それはその民を拒絶するに等しい。

 曇らぬ目で、己の五感で真実を見抜く。それができねば、つまらぬスレ違いから争いともなるかもしれない。

 顔を上げられ無くなり俯いてしまう。俺はなんと、心の狭い小さな男か。龍の試練の真意も読み解けずに、ドラゴンを疑ってしまった。


「合格したんだから、俯くなよ」


 観客席から黒いドラゴンがこちらに来る。銀の龍皇よりは小さいドラゴンだ。それでも俺を背に乗せて飛ぶのも簡単な巨体で、ズンと足音立てて俺の側まで来る。


「一口目で仰け反って倒れたのには、笑わせてもらった。が、その後だ。未知の物の正体を確かめようと、夢中でかぶりついたとこがいい。これを作った氷原の民も、その食いっぷりを見れば喜んで受け入れるだろうよ」


 黒いドラゴンは俺を見下ろして、口を開けて笑う。


「そして薬という答を出した。その答えは間違っていない。その好奇心に未知に挑む度胸、この黒龍バンデックの相棒に相応しい」

「ちょっとあんた! 待ちなさいよ!」


 観客席から今度は赤いドラゴンがやって来る。


「九年振りの龍騎士なのよ、何、抜け駆けしてアピールしてんのよ。あたしは赤龍ディーネ、龍騎士が男ならドラゴンは女の方が相性がいいと思わない?」

「早いもの勝ちというものじゃ無いだろう。落ち着けお前ら」


 言って近寄って来るのは青いドラゴンだ。


「誰を相棒に選ぶかは、剣士ルオンが決めることだ。俺は青龍ルーディラーン。若龍の中で一番飛行速度が速いのが、この俺だ」

「「お前もだよ!」」


 観客席にいたドラゴン達が次々とこちらに来る。そして誰もが自分を選べと言い出し始める。これはいったい?


「りゅ、龍皇よ、この騒ぎは?」

「ここにいるのは若龍ばかり。ドラゴンが人の住むところに近づけば騒ぎとなろう。だが、龍騎士の駆るドラゴンとなれば人も受け入れよう」


 銀の龍皇は騒ぐ若龍達を横目に言う。


「若龍達は人の世界を見て回りたいというのが多い。その為には龍騎士が相棒であれば良い」

「それが、ドラゴンがその背に人が乗るを許す理由か?」

「その上で、心根正しく、物事の真を見抜く目を持ち、なおかつ、おもしろい者であれば言うことは無い」


 若龍達はいろいろと言い合っている。くじ引きだ、ジャンケンだ、いやレースで決めよう、と、二十数体のドラゴン達がギャアギャアと騒がしい。

 銀の龍皇が首を下ろして俺に言う。


「選ぶのは剣士ルオンだが、若龍達がこれほど龍騎士を取り合おうとするのは珍しい。さて、剣士ルオン、汝、どのドラゴンを選ぶ?」


 銀の龍皇の言葉に若龍達がピタリと静かになる。俺に注目する。


「いきなり選べと言われても、俺にはどのドラゴンも初対面で性格も相性も解らないのだが」

「ふむ、ならばこの龍秘境で若龍と話し、気の合う者を探すが良い。お前達は剣士ルオンを困らせ無いように」

「「はーい」」

「なんならくじ引きで、一ヶ月交代でお試し騎龍などしてみると良い」


 そういうのは有りなのか? まさか、キビヤックの食いっぷりで若いドラゴンの人気を得るとは、思わなかった。

 これで俺も龍騎士に。子供の頃から憧れた、ドラゴンの騎士に。

 だが、その前に気になることがある。ドラゴンルーレットを見れば、聞いたことも無いような単語が並んでいる。あれが全て、見知らぬ土地の食べ物だというのか?


「龍皇よ、あのドラゴンルーレットに書かれている食物は、全てここにあるのか?」

「うむ、向こうの倉庫の中にある」

「見せてもらっても良いか?」

「何の為に?」

「未知の土地の見知らぬ食べ物に、興味が湧いた。ドラゴンの背に乗る龍騎士となれば、世界のことを知るべきではないかと思う」


 桃色のドラゴンが驚いたような声を出す。


「えー? あんた、まだ食べるつもり? あの倉庫の中、凄い臭いになってるんだけど?」

「せっかくあるのだから、見て味わってみたい。その倉庫の中に集めた物はどうするんだ?」

「龍の試練に使わなかったものは、物好きが食べたりするけど。保存のきかないものは捨てることになるかな?」

「食べ物を粗末にするのは、性に合わない。捨てる前に見せてくれないか?」


 ドラゴン達は俺を見て動きを止める。そのあと、一斉に声をあげて笑い出す。

 龍皇の許しを得て、若龍達と倉庫の中へと。倒れそうになる酷い臭いの中で、若龍達とこれは臭い、これは意外といける、これは口の中が痛くなる、と賑やかに世界各地の珍味を味わった。


 ◇◇◇◇◇


 龍騎士となりドラゴンの背に乗り空を飛ぶ。世界を旅していろいろなものを目にする。

 かつて小さな村の中で空に憧れた子供が、今はこうして雲の高さから大地を見下ろす。

 さして有名でも無い俺が龍騎士となり、風精使いヴァッサーとは同期となる。

 九年振りに二人の龍騎士が現れたことで、人々は盛り上がった。異名持ちでも無い俺が龍の試練を越えたことに希望を見たのか、この三年後の龍の試練には、挑む若者がかなり増えた。

 俺は龍騎士となり、先輩となる龍騎士から教えを乞い、あちこちの国を巡った。


「人間は下らないことで争いを起こそうとするんですね」

「その人間達には下らないことでも無いのだろう」


 俺を乗せて飛ぶ白龍レジオーネが呆れたように口にする。

 先日のこと、イルカは神の使いであり、食べることが野蛮だという民と、ゾウは精霊が姿を変えたもので、ゾウを食べるのは悪霊しかいない、という二つの民族が戦争をしようとしていた。

 互いに住むところが違い、出会わなければ争いともならなかったのだろうが。


「何を口にするかで、相手の全存在まで否定しようというのが、心が狭い人達ですね」

「どうにも信仰が絡むと面倒なことになる」


 こんなことで戦争というのは馬鹿げている。俺と白龍レジオーネで、二国の軍が睨み会う前線へと降り立った。

 龍騎士の駆るドラゴンを怖れた二つの軍は、開戦直前に動きを止めた。二つの軍が向かい合う真ん中で、俺と白龍レジオーネは大鍋を煮込んだ。

 持ってきたゾウを捌き、イルカを捌き、鍋で煮込んだ。分かりやすくゾウとイルカをレジオーネに手に持たせて運んで来た。実はその肉は先に下処理を済ませ下味をつけてから、改めてゾウとイルカの中に入れて持ってきたのだが。

 白龍レジオーネを怖れて止まる二つの軍の狭間で、俺とレジオーネはゾウとイルカの調理をし、大鍋で煮込み、二人で食べる。


「うん、ゾウもイルカもどっちも旨いぞ!」


 そう大声で告げると、二つの軍は退いていった。


「これで争いにならずに済みますか?」

「難しいだろう。だが、対立に一石を投じることはできたのではないか?」

「まったく、よくあんなところで鍋を食べようって気になりますね」

「レジオーネも、もりもり食べてたじゃないか」

「いえ、残すのも勿体ないし、美味しかったですよ」


 視点が変われば見方も変わる。ドラゴンの力を借りて無理矢理争いを止めても、対立そのものは変わらない。

 龍騎士ならば、できないことは無いと思っていたが、なってみればそうでも無いことが解る。

 できることは、俺の見たもの、知ったこと、ドラゴンの背から見えたものを、人に伝える事。


「少し知るだけでも、世界の見え方は変わるものだ」

「そうですね。人の世界を見ることで、私も思うことが増えました」

「例えば?」

「お肉の味は、下処理と熟成が大切ですね」

「肉以外にも、計画的に物事を進めるには大切なことなのではないか?」

「そう考えると真に料理が上手な者が、為政者となると良いのかもしれませんね」

「一理ある、のか? 民が飢えない政策をするならば、食に詳しくなければならないだろうし」


 世界は広く、俺の知らないことはまだまだある。他の龍騎士と出会い、様々な土地の話を聞く。

 各地を巡り解ったことがひとつある。

 肝心なところを知らないままに、思い込みで間違ったところに拘れば、それは諍いの種になる。


「それでも、命よりも金が大事とか、子供の生死よりも信仰や仕事が大切と言う人がいるじゃないですか?」

「だからこの世に争いの種は尽きないのだろう。知ろうとするだけでも変わることはあるというのに」

「知らない方が良かった、というのもあるのでは?」

「知らないままに生きれば、世界は狭く息苦しいだろう? 俺はドラゴンのことを知り、今を楽しんでいる。レジオーネはどうだ?」

「そうですね。ルオンと一緒だと退屈しませんね」


 ドラゴンと共に世界を巡る。

 未だ知り得ぬ明日を追いかけるように。



 

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[良い点] 悪趣味極まりないゲームかと思えば… [気になる点] もしやこの描写、キビヤックを実食した、と。 [一言] キビヤック、二、三行の話だけチラと見たことはあるけれど、まさか龍騎士にからめて主役…
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