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七色の……  作者: 四十水智美
七色の剣
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11 解けた封印

 メイプルは両手で口を押さえ、声にならない悲鳴を上げた。


 そんな!?

 クリスが負けた?


 ……。

 あれ、でも、ちょっと待って。


 ガシャン?




 クリスは自分の力を強大に見せて、マーブルから勝つイメージを取り去ろう、あわよくば負けるイメージを植え付けようとしたが、効果はほとんどなかった。

 次善の策は、負けないことだ。そのためには、防御に徹すれば良い。陽が落ちるまで持たすのは難しくないだろう。

 但し、マーブルがクリスの左脚を斬る決意をした場合はその限りではない。流石にヴェンと同レベルの剣士に左脚を狙われれば防ぎきれない。その時はその時だ。


 対するマーブルは『竜の剣』を取り戻したい。それには勝つしかない。となれば、マーブルには攻めるしか選択肢がない。

 もしかしたら、マーブルが無理な攻撃をして、隙が生まれるかも知れない。運が良ければ、クリスは勝ちが拾える。


 マーブルもそれがわかっていた。だから、マーブルから仕掛けても、無理はしない。反撃されないように注意しながら、攻撃を繰り返した。


 何度か攻めて、マーブルはクリスの左脚が足を引っ張っていることに気が付いた。

 その動きの悪さのせいで、クリスは反撃する体勢を取ることができないでいる。おかげで、マーブルが一方的に攻撃できる。


 攻撃を繰り返せば繰り返すほどに、クリスの左脚の動きは悪くなった。それは剣王でも気付かないくらい微々たるもの、剣帝や剣皇では気付けても突くことのできない僅かなもの、名人でようやく攻めるきっかけとして利用できるような、小さな小さな隙だ。

 そして、剣聖ならば、そんな小さな隙であっても、決定的な弱点として活用できる。


 マーブルは、剣聖と同レベルだと自負していた。その強さは、名実ともに剣聖であるヴェンが認めるほどだ。


 クリスも運がないな、とマーブルは思う。

 剣聖の称号が贈られるほどの剣士は、いない時代の方が長いのだ。それが今の時代には二人もいる。更に、それに匹敵する剣士もいる。クリスの極微な隙を勝ちに結び付けられる剣士が同時代に存在するのだ。


 勝ちを確実にするには、左脚を斬った後、腕なり右脚なりを続けて斬るべきだ。だが、クリスはマーブルの友人であり、クリスは今後剣士として再起する可能性もある。

 マーブルは、斬るのは弱点となる左脚だけに(とど)めておこうと決めた。もし万が一クリスが戦いを継続するとしても、左脚を斬られて更に動きが悪くなったクリスに勝つのはそう難しくないだろう。


 それでも、マーブルは安易に左脚を攻撃しない。もしかしたら、クリスは左脚を狙わせるためにわざと隙があるように見せているかも知れない。確実に左脚を捉えられると確信できるまでは、打たない。


 マーブルは、最初二、三回しか続かなかった攻撃が、六、七回続くようになったことに気付いた。

 これは仕掛けても良いかも知れない。


 仕切り直したマーブルは、一歩踏み込んでクリスの喉に突きを繰り出す。クリスに一歩下がる時間はなく、『竜の剣』を右から当てて軌道をずらそうとした。

 マーブルはクリスの剣が当たる前に自身の剣を右に引き、クリスの剣がマーブルから見て右に流れるのを確認する。既に剣はクリスの右脚に向かっている。クリスは右脚を引き、マーブルの剣の間合いから外れた。

 間髪入れずマーブルは半歩踏み込み、クリスの右手首に打ち込む。すかさずクリスも半歩下がり、間合いから外れると同時に、自身の剣を左からマーブルの剣に当て、攻撃の流れを止めようとした。

 マーブルは構わず一歩踏み込み、クリスの鳩尾を突こうとする。ほぼ同時に一歩下がったクリスは事なきを得るが、マーブルが踏み込んだ直後に半歩下がっていたため、クリスの剣は空を切る。


 クリスの剣はクリスの右上に向かい、クリスの左脚が微妙に前に出ている。

 マーブルは一歩踏み出すと同時に右から剣を振り下ろした。

 クリスは左脚を引こうとするが、もう間に合わない。


 ガシャン。


 マーブルの剣が、クリスの左膝を捉えた。


 しかし、剣の感触がおかしい。そうだ、発生した音もおかしかった。

 それに、最後、クリスは脚を引こうとして、間に合わないと見るや、引くのをやめた、ように見えた。

 あれは、わざと当てさせた?


 マーブルはクリスが自分を見ていることに気が付いた。

 クリスに何か言いたいことでもあるのか、マーブルもクリスに視線を合わせることで、発言を促す。


「最後、完全に左脚を狙ってたな」

「ああ」

「凄いよ、封印が解けちゃった」

「封印?」

「うん、ちゃんと解除したいから、一時休戦しても良い?」

「駄目と言ったら?」

「戦いながら解除する」

「まあ良いよ」

「じゃあまたあとで」


 言って、クリスはメイプルの方へと歩く。

 その歩き方が普通であることに、マーブルは気付いた。クリスのぶかぶかの下衣が、左膝の辺りで曲がっているように見える。




 クリスとマーブルが二言三言、言葉を交わした後、クリスがメイプルとヴェンの方へ向かって歩いてきた。

 メイプルもヴェンもすぐに、クリスが左脚を曲げて歩いていることに気が付いた。


 メイプルの前に立ったクリスに、メイプルは恐る恐る声を掛ける。


「あの」

「ん?」

「その、左脚?」

「うん、封印が解けちゃった」

「封印?」

「うん、今から取り出すから」


 クリスは下衣の中に手を入れ、腰と膝の辺りでガチャガチャと音を立てながら何かを外し始めた。

 すぐに、クリスは、地面から胸までの高さのやや反り返った棒と、地面から股下までの高さの真っ直ぐな棒の二本を取り出した。


「それは?」


 尋ねたのは、マーブルだ。

 マーブルは、台地の真ん中でぽつんと立っていても寂しいので、すぐにクリスの後を追ってメイプル達の所へ来ていた。


「これで足の外側と内側を固定してたんだ」

「なんで?」


 今度はメイプル。


「え、だから、封印」

「え、なんで、封印?」

「ああ、そういう意味か。いやまあ、ちょっと恥ずかしいんだけど、俺、小さい頃、『黄金の左』って言葉に憧れてたんだよ」


 クリスが言うには、だから、小さな頃は左脚ばかり鍛えていた。そうしたら左右で力強さや速さのバランスが悪くなった。このままだと強さが頭打ちになってしまうかも知れないと懸念した父親に、左脚を封印された。


 封印と言っても、自分で外せない訳ではなく、例えば睡眠時などには外している。普通に毎日屈伸などをして動かしているから、封印を解けば、いつでも全開で動ける。

 封印のお陰で、左右の各種バランスも整ってきている。


「俺、実は半分勝つのを諦めてたんだけど、封印がなくなったから、勝ちに行くよ」

「うーん、何と返せば良いのやら」


 クリスがマーブルに向かってにっと笑うと、マーブルは呻った。


「とりあえず、戻るか」

「いや、この際、完全に封印を解こう」


 どういうことだ、と三人の視線がクリスに集まる。

 クリスは答える代わりに微笑みを返すと、短い棒をメイプルへ渡した。


「まずはこれをメイプルに預ける」

「え、結構重い」

「うん、封印だから」


 続いて、長い棒の上部、中部、下部に手をやって留め金のようなものを外した。

 棒の中は刳り貫かれていて、そこに一本の剣が収まっている。


「剣?」

「ああ、この剣こそが『黒い剣』だ」


 メイプルの疑問形に、クリスは誇らし気に答えた。


『黄金の左』って出すかどうか最後まで迷ったのですが、出さない場合はクリスが左脚を鍛えた理由を書かないといけなくなるな、出せば一言だな。

怠けました(..;)


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