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七色の……  作者: 四十水智美
七色の剣
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2 洞窟へ

 翌朝、クリスとメイプルは、今日はヴェンに何を言われるのだろうと身構えたが、ヴェンはもう冷やかさなかった。

 いつも通りに稽古をしてからの朝食だ。


 だけど、メイプルの服装はいつも通りではない。

 いつもは、稽古が終わると、道中一つしか持たないワンピースに着替える。襟周りと袖周りと腰回りと裾周りに花柄のボーダーが入った赤系統のワンピースだ。

 だが今日は、鮮やかな赤と橙と黄を織り込んだ、ぶかぶかの剣士服を着ていた。洞窟へ行くので、汚れても良いように、だ。


 久し振りに剣士服を着たまま朝食を取るメイプルは少し照れて、そんなメイプルにクリスは熱い視線を送っているけど、それでも、ヴェンは冷やかさない。

 ヴェンとしては、やり過ぎて二人の仲を壊したくないし、隙を作ってクリスに反撃されたくもない。何より、洞窟の番人と対峙するであろうクリスに悪影響を与えたくなかった。


 朝食後、ヴェンが玄関前に運んだ馬車を見て、クリスとメイプルは怪訝な顔をする。

 馬車が北を向いている。昨日まで南下していたのに。


「戻るのか?」

 御者台に座るヴェンに、クリスが尋ねた。

「ああ、七百メテルくらい」

「んん?」


 クリスは通ってきた道を思い返す。確か、千メテルほど戻ったところに町があったはず。


「とりあえず、乗りない」

 ヴェンが考え込むクリスに乗車を促した。


 クリスははっとして、メイプルを見ると、メイプルもクリスと視線を合わせている。そして、二人で声に出さずに笑顔を作った。


「君達、唐突にいちゃつくの、やめよ?」

 そんなクリスとメイプルを見て、ヴェンは呆れる。今までなら馬車に乗ってから戯れていたはずで、一動作毎に見詰め合うなんてことはなかった。昨日の冷やかしで、一段階上がってしまったのだろうか。


 クリスとメイプルが笑ったのは、ヴェンが訛ったからだったが、それを指摘すると逆襲されそうなので、クリスとメイプルは黙っておくことにした。


 一段階上がった訳ではないので、馬車に乗ってからもクリスとメイプルが密着するようなことはなく、

「戻るくらいなら、手前の町に泊まれば良かったんじゃ?」

 クリスはヴェンに行動の意図を質した。


 戻る距離が短いならまだしも、町の方が洞窟に近いのだ。それならば、宿が取れるか怪しい村よりも、確実に泊まれる町の方が良いように思う。


「いや、手前の町は良くない。番人に感付かれるかも知れない」

 ヴェンによると、洞窟最寄りの町では、洞窟へ行こうとする者がいないか、番人の配下が監視しているらしい。


 ただ、その町に限らず、この街道沿いの町や村では多少なりとも監視はあるそうだ。だが、洞窟を通過してみせたことで、クリス達への監視は外れたと思われる。

 それに、監視するにしても、洞窟が目当てかどうかを知るためには何度も旅人に接近する必要がある。しかし、村は人も建物も少ないから、村で接近を繰り返すのは不自然だ。


 そんな訳で、洞窟の南にある村が宿泊に適するとヴェンは判断した。


「色々考えてくれてたんだ。ありがとう」

 クリスは素直に礼を述べた。


「どういたしまして」

 礼を受け取ったヴェンは、表情を厳しくし、

「しかし」

 と続ける。


 街道の先に町が見え始めた。

 やおら馬車は減速し、街道から枝道へと入っていった。

 森の中を走る街道から西へ延びる枝道は、その入口が木に囲まれていて、注意しなければ見落としそうだ。


「この道の入口は町から見える。俺達が曲がったことは知られた。洞窟にはあと一時間ほどで着くが、番人もすぐに現れるから、そのつもりで」

 クリスは頷いた。確かに、町が見えてから、町の方から視線を感じた。すぐに番人へ伝達されるのだろう。


「それと」

 厳しかった表情が温和だったと思えるほど、ヴェンは雰囲気を一新した。クリスが最初にヴェンに会った時のような、寄せ付けない壁を感じさせる。冷ややかではないが、暖かくもない。


「俺は洞窟の番人と仲が良い」

 クリスははっとした。確かヴェンは番人と何度も会っていると言っていた。クリスとヴェンの関係性を思えば、ヴェンはクリスより番人を優先すると考えるのが自然だ。ヴェンは、番人が配下にヴェンを監視させているとも言っていた。クリスやメイプルの知らないところで、ヴェンは番人と連絡を取っていたのかも知れない。


「心配しなくてもクリスを陥れるような真似はしない」

 クリスの思考を読み取り、ヴェンは一瞬表情を和らげた。


 だが、またすぐに壁が現れる。

「ここまではクリスの味方をしてきた。それは信じてくれて良い。俺達がスレッドシティを出たことは、恐らく番人の配下に気付かれている。だけど、道中ずっと監視されている訳ではない。クリスも尾行らしき者は見ていないだろ。だから、町を通過したことで多少は番人の目を誤魔化せたはずだ」


 ヴェンの動向でクリスが洞窟へ近付いていることを知られたのだから、せめて正確な時間が伝わるのは少しでも遅らせよう。クリスとメイプルはそう受け取った。


「だがそれは番人に仇する行為でもある」

 ヴェンの表情は読めないが、友人二人の間に挟まれて、つらい思いをしているのかも知れない。


 ヴェンは大きく息を吐き出した。

「でも、それももう終わりだ。『竜の剣』に関して、これから何らかの決着が付くまで、俺は第三者に徹する」


 ヴェンの役割は、クリスとメイプルを『竜の剣の洞窟』へ連れて行くことだ。そこには、洞窟への到着を番人に知られないことは含まれない。番人と仲の良いヴェンが番人へ状況を逐一報告していたとして、クリスは文句を言える立場にない。


 自分達の動向を番人に隠そうとしたのは、ヴェンの好意なのだ。

 クリスは、もう一度礼を声に出すことはない。ただ、上半身をヴェンに向けて、頭を下げた。




 鬱蒼と生い茂る木々を通る小道は、最後に急な上り坂を用意していた。その坂を登り切ると、そこは草原だった。

 その草原の先に、洞窟はあった。




 その洞窟の入口は、人が二、三人ほど横に並んで歩けるくらいの幅があり、天井も高い。


 入口の横に馬車を停めると、ヴェンは素早く降りて車輪を固定した。

 続けてクリスとメイプルも降りる。


「中、明るい?」

 洞窟の中を覗いたメイプルが驚きの声を上げた。


 洞窟の手前や壁、天井に鏡が張り巡らされ、それに反射した日の光が洞窟の中を照らしている。その影響か、洞窟の入口付近は腰ほどの高さの草が生い茂っていた。


 メイプルはヴェンを見るが、ヴェンは首を横に振るばかりだ。答えるつもりはないらしい。


「行こう」

 クリスは洞窟へ足を踏み入れた。杖で草を分け、足で踏み固めて道を作る。そのすぐ後ろにメイプルも続いた。


洞窟へ行くまでに2話(約6000字)かかるとは思いませんでした。

思いの外、クリスとヴェンのやりとりが楽しくて!

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