6 手紙
そうと決まれば、連絡もなく突然行くのは憚られるので、用件を手紙に書き、城へ送ることにした。
テラスの前の通りを、ヴェンをちらちらと見ていく者が通り過ぎる。王国の手の者がヴェンを観察しているのだろう。その内の一人を捕まえて使いにすれば手っ取り早いのだが、それは尾行に気付いていることを教えることになる。
格式のある宿の人間を使いに出すのが妥当だ。
クリスは、宿の受付で便箋と封筒をもらうと、便箋に手紙を書く。
宛名と時候の挨拶に続き、急だが明日の都合の良い時間帯にお伺いしたい旨の本文を書き、結びの挨拶で締める。後付けで日付と差出人と記す。
ヴェンは、挨拶文や礼儀を尽くした本文をさらさらと書くクリスを見て、クリスにも教養があるのかと、失礼なことを考えた。
剣士の称号は、権力や権威がある人物のうち一定数以上が認めると与えられる。上のランクであるほど、与える側の地位も上がる。そのため、そういう有力者と関わりがないと、高い称号は与えられない。
だから、称号の付与には、世間の人気や知名度も影響するが、有力者との交友関係も大きな影響がある。そして、有力者と交流するには、教養がある方が心証が良い。
十四段階の称号のうち、上位から二番目の剣聖の称号を得ているクリスは、実は礼儀作法に明るかったりする。
ヴェンは知らないが、クリスが以前スレッドリンドル城を訪れた時は、立場を弁えて国王や長官と接していた。
「ストラティ家ってのは名家なのか?」
「どうした、急に?」
クリスは、便箋を封筒に入れながら、尋ねるヴェンに問い返す。
「あ、いや、何でもない」
流石に、クリスに教養があることが不思議だ、とは言えない。
「ウィラーン王国内での家格は第二位だよ」
「え?」
「は?」
メイプルとヴェンの声が重なる。
「王家に準じる…」
説明しようとするクリスを、ヴェンが遮る。
「聞き返したんじゃなくて、驚いてるんだよ。え、何、実は偉い人?」
「うちの家系は代々、王家の剣術指南役なんだ。剣術指南は待遇が良いから」
そんな王家に近いところにいるなら、教養が身に付いているのも頷ける。ヴェンは納得した。
「剣術指南のストラティ家って、聞いたことないよ?」
「教えるのは国王の幼少期、王太子になるよりも前だから、基本的に表舞台には出ないからだね」
クリスも教えたの?、今は父が指南役だ、とストラティ家の話で盛り上がりそうになるが、
「先に手紙を出そう」
封をした封筒をひらひらと見せるクリスによって、打ち切られた。
封筒自体には、宛名も差出人名も書かれていない。郵便によって届ける場合には必要だが、使いを送るなど直接届ける場合には、慣例的に書かないことになっている。
その封書を持って、クリスは再度宿の受付に向かった。
この手紙をお城まで届けてほしいのですが、担当をお呼びします、みたいなやりとりがあって、クリスは受付から横にずれて、担当者が来るのを待つ。
程なく、二十代半ばくらいと思われる、落ち着いた感じの見目麗しい女性が現れた。
年下好きじゃなかったら心を奪われてたかも知れないなあ、宛先がお城だからこんな綺麗な人が来たんだろうな、とクリスは思う。
その女性が目の前まで来た時には、一瞬前に思ったことなど忘れて、
「手紙を届けてほしいのですが、担当の方ですか?」
とすぐに用件を切り出した。
「はい、お城へ届けてほしいと伺いましたが、差出人様、あなた様のお名前と、宛先の方のお名前をお尋ねしても宜しいでしょうか?」
程よく高い、透き通る声が尋ねてくる。
クリスは、高さは良いとして、もう少し芯のある声の方が好きなんだけどね。言わずもがな、その基準はメイプルである。
封筒を女性に渡し、クリスは答える。
「クリストファー・ストラティとメイプル・ウィリアムズから、国王陛下へ。陛下がご不在でしたら、エリアノス・ソーラ長官へ届けていただ……、大丈夫ですか?」
クリスから受け取った封筒を持つ手を震わせ、口をぱくぱくとさせて、年上の綺麗な女性なのに、妙に可愛らしい。
「とりあえず、深呼吸しましょうか」
クリスが促すと、女性は深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いた。
「も、申し訳ありません。クリス、トラティ、ストファー……」
顔を真っ赤にして、もう一度、女性は深呼吸をする。
「お見苦しいところをお見せしました、ストラティ様」
まだ顔は赤いままだが、今度こそ立ち直ったようだ。
クリスとメイプルとヴェンが三人一緒にいるという噂を聞くし、向こうの席にメイプルとヴェンと思われる男女がいるしで、本物なんだろうなと、女性は思う。
この三人を目の前にして、緊張するなという方が無理がある。そんな訳で、宛名を聞き逃していた。
「誠に申し訳ありません。もう一度、宛先の方のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」
クリスは、再度宛名を述べた後、返信を受け取ってくるところまで依頼した。
「申し遅れました。私はミーヤ・ビーファイと申します。責任を持ってお手紙をお届けし、お返事を伺って参ります」
ビーファイは、最後の方は優雅な立ち居振る舞いで、名を告げて出発した。
クリスが席に戻ると、
「役得だったな」
綺麗な女性との会話を、ヴェンが冷やかす。
「ん?」
素でわからないクリスは、
「何のこと?」
メイプルに尋ねる。
「えっと」
メイプルはどう答えたものか迷う。
ヴェンがあのお姉さんが綺麗だとか言うから、メイプルはちょっと嫉妬してたけど、クリスはまったく動じていない。クリスの不動は嬉しいんだけど、自分の嫉妬は気付かれたくない。
だから、話をすり替える。
「ヴェンは背が高くて仕事ができる感じの女性が好みなの?」
背中から斬られた感が半端ないヴェン。
「まあ、妻に似た感じではある」
何!?
「妻!?」
「結婚してたの!?」
同い年の女性と結婚したばかりの新婚だとか、新妻を放って旅をしていて良いのか、とか、クリスとメイプルがヴェンに根掘り葉掘り聞く。
クリスとメイプルは食後でお腹いっぱいなのに、ヴェンの惚気話まで聞いちゃうとお腹が破裂しちゃいそうだから、ヴェンの話は省略しておこう。
三時間後、まだ根掘り葉掘り聞いてくるクリスとメイプルにヴェンがうんざりしているところへ、ビーファイが戻ってきた。
彼女は、門番に国王への手紙を託してから二時間ほど待って、門番経由で国王からの返信を受け取ったという。
クリスは、ビーファイから、宛名も差出人も書かれていない封筒と一緒にペーパーナイフを受け取ると、さっと封筒を開ける。
ペーパーナイフをビーファイに返し、ビーファイが受け付けカウンターの中へ消えると、クリスは手紙を広げた。
手紙には挨拶やら何やら色々と書いてあったが、要約すると翌日の昼食に招待するという内容だった。
今回登場した綺麗なお姉さん、ミーヤ・ビーファイの名前の由来です。
構想時にはいなかった人なので、今回名前を考えました。
雅、ビューティ、ファインを繋げました。
名は体を表す、ですね。




