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七色の……  作者: 四十水智美
メイプル・ウィリアムズ
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7 予想を裏切らない裏切り

 半分くらいを治療したところで、門からまたも十人ほどの剣士が入ってきた。入るなり全員が抜刀する。いや、先頭を歩く、毒々しい服装をした初老の男だけは、ギラギラした目でメイプルの持つ『緑の剣』を見ているだけで、剣を抜いていない。


「あれがサリスです」

 ヴィヴィアンが告げる。

「じゃあ、あれが『氷の剣』か?」

 クリスはその男の腰に差してある剣を見た。

「ええ」

 ヴィヴィアンの返事と同時に、クリスは治療を中止し立ち上がる。続けて、ヴェン、メイプル、ヴィヴィアンもサリスと対峙した。


「ヴィヴィアン」

 サリスは、クリス達まであと十歩ほどのところで立ち止まり、嗄れた声で呼んだ。

「儂を裏切るか」

 ヴィヴィアンは少し悩んだ顔をした後、意を決して答える。

「裏切ったのは私ではありません。あなたです」

「よう言うた。恩を仇で返す痴れ者が!」

 ヴィヴィアンは一瞬視線を足下に落としたが、すぐに顔を上げてきっとサリスを睨む。サリスはにやにやと笑っている。


「いつ私があなたに仇をなしたと言うのですか」

「つい先日も、カーリーなどという売国奴に荷担したばかりではないか」

「それは……」

 意図を知らなかったとは言え、事実だから反論がしづらい。

「儂が戦争を画策しておるなどと下らぬ噂が流れていることは知っておる。だが、儂の弟子の中にそれを鵜呑みにする者が現れたことは残念でならぬ」

 サリスは、下卑た笑い顔を苦々しげな表情に変えて、続ける。

「噂を広めたのがカーリーだとわかっても尚、儂に刃向かい続けるのは、弟子の方から師弟の縁を切ったということなのであろう」


 クリスとメイプルとヴェンは顔を見合わせた。

「あの爺さん、ヴィヴィアンを取り込もうとしてない?」

 してる、と頷き合う三人。

「これ、たぶん取られちゃうよね」


 どうする、なんとかしないとまずいんじゃない、と慌て始めた三人を余所に、サリスはヴィヴィアンに話し続ける。

「あくどい商人に騙されおって」

 騙された? もしかして、俺は間違ったことをしてしまったのか。ヴィヴィアンはひどく驚く。

「儂に確認もせず、カーリーなどという俗物に付いたのは腹立たしいことであるが、事実を知った後も儂の元に戻らぬのは、とても寂しいことであった」


 サリスが戦争の画策をしていないという主張を、否定する材料は幾つもある。カーリーが持っていた証拠もあるし、フェインの証言もある。そもそも、ヴィヴィアン自身も自分で証拠を見付けている。しかし、ヴィヴィアンはサリスの言葉を受け入れ始めていた。そして、それは後ろ姿を見ているだけのクリス達にも伝わった。


 もう、クリスもヴェンも、ヴィヴィアンを諦めていた。サリスは、ヴィヴィアンの性格を知り尽くしている。サリスの邪魔をすれば、ヴィヴィアンを引き留めるどころか、彼がサリスの元へ走るのを加速し、引き戻せなくする恐れすらある。


「三大剣士と知り合えば、それはもう誇らしかろう。育ての親よりも有名な赤の他人に擦り寄るのもわかるというものじゃ。だが、奴らの行動はどうだ。真っ先に『緑の剣』を奪いに来たではないか。ただ剣を集めているだけ、昔のお主と同じじゃのう」

 サリスは、そこで言葉を止め、じっとヴィヴィアンを見つめた。それ以上続けなくても、動揺しているヴィヴィアンは勝手にサリス側に倒れるだろう。


「あなたが戦争を画策していない証拠はあるのですか」

「そんなもの、ある訳がなかろう。当然、儂が戦争を画策しているという証拠も見付かる訳がないが、だからと言って、それが戦争を画策していない証拠にはならんだろう。あえて言うなら、儂にそのような噂が出ることが、儂がカーリーを止めようとした証拠と言えるのではないかね?」

「……そうですね。何故私は師を疑ってしまったのでしょう」

 ヴィヴィアンはその場にへたり込んだ。


 クリス達にしてみれば、どうしてそれだけの会話でサリスを信じてしまうのでしょう、である。それだけヴィヴィアンがサリスに恩義を感じているのだろうけれど。


「ヴィヴィアン。過ちに気付くのが遅かったな」

 ヴィヴィアンははっとしてサリスを見た。サリスの表情は悲しげだ。

「何をすれば私は許していただけるのでしょうか」

「周りを見てみよ。これで許してもらえるとでも思っておるのか」

「損害はすべて私が賠償致します」

「あれを見よ」

 サリスが指さす先にはアンバーが立っている。

「ディールは心の拠り所を奪われたのじゃぞ。あれは金では解決できぬ」

「私が『緑の剣』を取り戻します」


 ヴィヴィアンとサリスの会話は突っ込みどころ満載だが、いちいち説明するとそれだけで疲れそうだ。

 目的は違うが目標が同じだから一緒に行動しよう、と持ちかけたのはヴィヴィアンの方なのだが、本人がそれを見事に忘れてしまっている。

 ヴィヴィアンと戦わなければならないのはもう間違いないが、せめてもの救いは、わかりやすく裏切ってくれたことだ。ヴィヴィアンに後ろから斬られるのではなく、正面から戦えるなら、この後、関係も修復しやすいだろう。


「メイプルさん、申し訳ないが私と剣を交えていただけますか」

 ヴィヴィアンはメイプルを指名したが、その前に立ったのはヴェンだった。

「命の恩人と戦うのは気が進まないでしょう。代わりに私がお相手します」

 ヴィヴィアンはぽかんとした。クリスとメイプルもヴェンの意図を掴みかねている。


「あなた方夫妻は、クリスに命を助けられていますよね。あなたはサリス以上にクリスに恩を受けている。メイプルが『緑の剣』の所有者だとは言え、恩人クリスが最も大切にしているメイプルに刃を向けるおつもりですか?」

 クリスをサリスの上に置いて、ヴィヴィアンをサリスの束縛から解き放つ努力をする。ヴェンの弁舌は巧みだ。


 だが、クリスはヴェンが戦う理由に納得していない。実際にはメイプルではヴィヴィアンに勝てないかも知れない。その代わりに戦うのはヴェンではなくクリスであるべきなのだ。


 ヴェンはクリスを見て、にやっと笑った。ヴェンは視線をヴィヴィアンに戻して続ける。

「安心してください。私達も暇ではありません。行かねばならないところがありますから、『緑の剣』を賭けて戦うのは、私とだけだと保証します」

 ヴェンはクリスを指差す。

「あの通り、クリスも頷いています」


 クリスが頷いていたのは、保証することを示した訳ではなく、ヴェンの意図がわかって納得したからだった。

 クリスは、近いうちに『竜の剣の洞窟』へ行く。そこで番人と戦うことになる。クリスと互角のヴェンと引き分けた相手なのだから、当然、その戦いでクリスが剣技を出し惜しむことはできないだろう。そして、そこにはヴェンも同行するはずで、それはつまり、クリスの手の内をヴェンにさらけ出すことになる。それでは同じ二大剣士として不公平なので、せめてノームの守護神(超一流)レベルで、ヴェンも剣技を見せよう、と言うことだったのだ。

 律儀な奴だ。


今回は、アトの名前の由来です。

クリスが最初に助けた姉弟の弟の方です。


アトはアトルシャンから採りました。

アトルシャンは、エメラルドドラゴンの主人公です。


エメラルドドラゴン由来が三人。多いですね。


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