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七色の……  作者: 四十水智美
三大剣士の旅
34/72

9 連行

 ヴェンはクリスから離れて、盗賊が乗っている荷台に近付いた。盗賊からこの事件の詳細な話を聞く為だ。


 荷台に向かう途中、縄で馬車と結び付けられており、強制的に速く歩かされているカーリーが、半ば引き摺られるように歩いているのを見て、馬車に乗せた。


「ヴェン、ありがとう」

 弱々しい声で礼を述べるカーリー。

「ヴェンの方がクリスより人格者だ。あんな奴に負けたなんて嘘だろ。嘘の噂は儂が消すから、代わりに儂を見逃してくれ」


(ヴェンと呼ばれる筋合いはない)

 ヴェンは、クリスが反発する理由がわかる気がした。話し方が、何となく人を見下しているように感じる。

「何だ、元気いっぱいだな。歩くか?」

 ヴェンが手入れ途中の剣先を突き付けると、カーリーは縮こまった。


 盗賊の荷台に着くと、ヴェンは依頼者の名を尋ねた。しかし、当然のように盗賊は依頼者の名を明かさない。

「シュルウフ・サリスではないのか?」

 と尋ねても、うんともすんとも言わない。

「経緯はどうあれ、国家転覆を未然に防いだんだ。協力すれば謝礼がもらえるかも知れない。いや、俺が口添えすれば間違いなくもらえる」

 と甘い言葉で誘う。

 数人がそわそわしたが、頭と思われる男に睨まれ、全員が再び口を固く結んだ。

「おまえが頭か?」

 ヴェンはその男に尋ねたが、何も反応がない。


「クリスは憎らしいくらい冷静な奴でな。悪党も普通に扱う」

 ヴェンは、メイプルを斬ろうとした時のことを思い出しながら、言った。その時のクリスの冷静さは今でもまだ信じられない。


「だが、俺はあいつの行ったことを無にしたい衝動に駆られることがある。貴様等の傷口をもう一度開いてやろうか」

 手入れをしている『大地の剣』を仕舞い、荷台の端にまとめてあった盗賊の武器の中から、短剣を取るヴェン。

「痛いかな?」

 言うが早いか、ヴェンは頭の腿の傷口に刃先を突っ込んだ。

 全員の視線が、ヴェンと激痛に悲鳴を上げる頭に注がれた。


「悪い、クリス。傷口が開いちゃった」

「何やってんだ?」

「色々聞こうと思ったんだが、こいつがなかなか言ってくれないから」

「じゃあ何か。俺はまた十五人の手当てをしなくちゃならんと言うことか?」

 クリスも盗賊の荷台へ向かおうとした。

 頭以外の十四人の顔から血の気が引いたのがはっきりとわかった。

「うん。だけど、致命傷にはしないから、ほっといても良いよ」

「それならほっとく」


 クリスは戻っていき、

「ヴェンダードってやっぱり怖いね」

 メイプルに囁いた。

 クリスとヴェンのやりとりを聞いていたメイプルは、結構良いコンビだよ、と思ったが、口にはしなかった。




 夕方に町で夕食を取った後も、翌日中にフィレシティに着く為に、一行は進めるだけ進んだ。日が落ちて薄暗くなってから、ようやく森の中で野宿をする準備を始めた。

 準備と言っても、特に何をするという訳でもない。馬車の荷台に乗せている、あるいは繋いでいる、カーリー一行と盗賊一味に毛布を一枚ずつ掛けて終わりである。それも、掛けたのは御者の二人だ。

 御者は自由にさせている。彼等の言動を見る限り、カーリーを逃亡させることも、自分達だけで逃亡することもなさそうだ。もし、逃亡させてもしても、すぐに捕まえられるので、まずは信頼することにした。


 クリス、メイプル、ヴェン、ヴィヴィアン、キャシーの五人は、森の奥に入り、火を囲んで座った。


「クリスさん、昼のことですが、私達がフェインに襲われる前、馬車の上で抜刀していませんでしたか?」

 ヴィヴィアンが尋ねた。

 フェインと言うのは、ヴェンが聞き出した、盗賊の頭の名前である。


 尚、ヴェンが開いた傷口は、ヴェン自身が手当てした。クリスほど手際は良くないが、剣士の嗜みとしてそれなりに処置はできる。


「あのおかげで私達は戦闘準備が出来た訳です。そうでなければクリスさん達が着く頃には私達は全滅していたでしょう。クリスさんはあの時盗賊がいることに気付いていたのですよね?」

「あの距離で気付いたのは尋常じゃない」

 ヴェンもそれが気になっていた。クリスは集団を襲うつもりなのだろうか、と実はヴェンも疑っていたのだ。


「フェインがいたところの林が不自然だった。ロイドさんの一行が目に入った時、それを襲うつもりだとわかった」

 とクリス。

「だから、それがどうしてわかったのって聞いてるの」

 とメイプル。みんな頷く。

「うーん、つまり、林が眠っているように見えた」

「説明になってなーい」


「あ、そうだ。絵だ」

「絵?」

「初めて森の絵を描いた時、森が生きている感じが伝わらないと指摘された。何年か後、生きた森になったと褒められた時、何かがわかった気がした。多分それからだ。森や林に人が潜んでいるかどうか、わかるようになったのは」

 クリス以外の四人は静まり返った。


「まだ駄目か?」

「ううん、十分」

 不安そうに尋ねるクリスに、メイプルは合格点を与えた。与えざるを得なかった。クリスの境地に近付かなければクリスの話は理解出来そうにない。


「クリスに不意打ちが無理なことがよくわかったよ」

 ヴェンが感想を述べると、クリスは即座にそれを否定する。

「何を言ってる。おまえにはこれ以上ないくらいに不意打ちをされただろ」

 メイプルに斬り付けたことである。

 ヴェンは苦笑した。

「あれは不意打ちか。いや、騙し討ちか」

「騙し討ちも不意打ちだろ」

「そうだな。悪かった」


「それって、例の噂と関係あるんですか?」

 クリスとヴェンの会話に入って、キャシーが尋ねた。ヴィヴィアンが、キャシーの深入りに心配そうな顔をする。

 例の噂というのは、勿論、クリスとヴェンが国を背負って戦って、クリスが勝ったという噂のことだ。

「あの噂はたぶんコムフィット王国が流したんだ。個人的な勝負を国家的な戦いにされて迷惑している。あの噂で合っているのは、俺とヴェンダードが剣を交えたことくらいかな」

「噂通り、クリスさんが勝ったんですか?」

「それは言いたくありません」

 強い口調でクリスはこの話題を打ち切る。


 すぐにメイプルが違う話題を切り出して、悪くなりそうな雰囲気を一掃した。その後、楽しい会話は夜遅くまで続いた。

 ほんとに良く出来た子だ、とヴェンはメイプルに感心する。以前軽口で、クリスのどこに惚れたのか、メイプルに尋ねたことがあるが、冗談でなく気になり始めていた。


 夜も更けて、クリスはメイプルと、ヴィヴィアンはキャシーと寄り添って眠った。ヴェンはその場を離れ、馬車の荷台が見える木の上に登って、眠った。


今回は、マーブル・スタンレーの名字の由来です。

スタンレーも人名や地名などで使われる、一般的と言って良い名前ですね。

でも、あんまり馴染みがないから、何となく付ける名前ではないですよね。


スタンレーは、アメリカの金融機関モルガン・スタンレーから採りました。

今では、モルガン・スタンレーが世界的な企業であることを知っていますが、命名当時は、何の会社かわからないけど格好良い名前だな、くらいしか思っていませんでした。

知っていたら、有名企業から名前を拝借するなんてことはしなかったと思います。


スタンレーという名前は他でも使われるし、モルガン・スタンレーを連想することもそんなにないと思い、そのまま採用しました。

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