8 『竜の剣』の洞窟の番人
紹介が終わると、クリス達はすぐにフィレシティへ向かって動き出した。明日中にフィレシティに着きたい彼等の歩行スピードは速めである。
馬車を怪我人に占拠され、クリス、メイプル、ヴェンも歩く。この三人は普段から歩き慣れているので、多少速度が速くても苦にならない。それは同じく剣士のロイド夫妻にも言えた。
ロイド夫妻と一緒に歩けるのは、ヴェンには救いだった。クリス、メイプルとの三人では息が詰まる。
クリスはまたも『紅葉』を取り出して丁寧に手入れを始めた。自分の世界に入っているようである。それがヴェンには気に食わない。
ヴェンも人を斬ったので歩き出してから剣の手入れを始めたが、その場の雰囲気も大切である。自己紹介からの流れのまま、会話を続けた。
「ロイドさんは剣の収集家としても有名でね、以前『緑の剣』を持っていた」
メイプルはその言葉に驚喜した。だが、メイプル以上に驚いたのが、当のヴィヴィアンだった。伝説の剣を所有していたことを公言したことはないのに、何故知っているのだろう。
「ちなみに、それは『炎の剣』ですか?」
続けてヴェンが尋ねた時、ヴィヴィアンの驚きは極限を超えた。
話を聞いていないようでしっかりと聞いていたクリスも少なからず驚いた。
盗賊と剣を交えた時、ヴィヴィアンは盗賊の剣を受け止めるのではなくかわしていたし、その剣は確実に盗賊を捉えていた。そのため、クリスは金属音を聞いておらず、それが伝説の剣だとは判断できなかった。
「何故そう思う?」
尋ねたのがクリスだったことに、ヴェンはちょっと驚いた。話を聞いていたのか!
「昔、ヴィヴィアン・ロイドが『緑の剣』と『炎の剣』と『氷の剣』の三本を持っている、と聞いたことがある。だが、最近そのうちの二本、『緑の剣』と『氷の剣』を手放したと聞いた。と言うことは、一本残っているのかな、と思うだろ」
「どこでそんなことを聞いたんだ?」
「俺は、物心が着いた時から『伝説の剣』の存在を知っていた。だから、すべての『伝説の剣』を見たいと言うのが小さい頃からの夢だった。それで、数年前、このタンレリア大陸で最も『伝説の剣』が存在している可能性の高い場所へ行ったんだ」
「例の洞窟か?」
「ああ、『竜の剣の洞窟』だ」
「『竜の剣』はあったのか?」
「ある、と聞いた」
「聞いた?」
「俺は洞窟を最後まで進むことが出来なかった」
「何故?」
「番人ね」
メイプルが口を挟んだ。
「番人?」
「『竜の剣の洞窟』で『竜の剣』を護っていると言われているの」
「ふーん」
「ふーんって、知らないの、クリスだけだよ。知ってますよねえ」
メイプルがロイド夫妻に尋ねると、ええ、と夫妻は頷いた。
「『竜の剣の洞窟の番人』は謎の剣士最強って有名なのよ」
「謎の剣士、ねえ。そのフレーズは聞いたことがあるな」
「謎の剣士にも、二大剣士とか三大剣士とか、あるの。でも、『竜の剣の洞窟の番人』は別格なの。現代の二大剣士と戦わせても引けを取らないって言われているのよ」
「それは正しいよ」
後をヴェンが受ける。
「洞窟を歩く途中で番人に見付かり、前進を阻止された俺は、『竜の剣』を見る為に番人と戦うことになった」
クリス、メイプル、ヴィヴィアン、キャシーは、ヴェンの話に注意深く耳を傾けた。
「勝たなければ『竜の剣』を見られない俺、負けなければ洞窟を守れる番人。結果から判断すれば、『竜の剣』を見られなかった俺の負け。対戦だけを見れば、引き分けだ。メイプルの言葉を借りれば、『竜の剣の洞窟の番人』は、現代の二大剣士と言われている俺と実力が互角ってことだね」
この言葉はクリスに重くのし掛かった。つまり、クリスが『竜の剣』を手に入れるには、ヴェンと同じ強さのその番人を倒さねばならぬ、と言うことである。換言すれば、クリスが純粋に剣技でヴェンより強くなくてはならないと言うことだ。だが、もう一度ヴェンと対戦したとして、負けない自信はあっても、勝てる自信はない。
「朝から日が暮れるまで対峙して勝つことを諦めた俺は、その後、番人と話した。その時、彼が三本の『伝説の剣』の所有者のことを教えてくれた。流石に『竜の剣』を護るだけあって、『伝説の剣』の情報収集には力を入れている。『大地の剣』と『天空の剣』のことも知っていた。ただ、残りの四本の所在だけはわからない、と言っていたが」
「私が今『炎の剣』しか持っていないことは、どう知ったのですか?」
ヴィヴィアンが尋ねた。
「最初に番人と戦って以来、俺は何度も彼と会っているんです。もう『竜の剣』を見るつもりはなかったのですけどね。それで、一ヶ月ほど前に会った時に、番人から聞いたんです」
「番人はなぜそんなに正確な情報を得られるのです?」
「彼は、俺が一ヶ月前に洞窟を尋ねた時も、来ることを事前に知っていました。つまり、あなたも俺も、番人には常に見られているんですよ」
「と言うことは、ヴェンダードと一緒にいる俺が『竜の剣』を探していることも知られているのか?」
「間違いなく知られているね。今頃クリス対策をしていると思うよ」
更に落ち込むクリス。杖を使った勝負も知られていると考えた方が良さそうだ。純粋な剣技による勝負で、ヴェンと同じ強さの番人に勝たなければならないようだ。
「済みません。最後、ちょっと話が見えないのですが。番人が私を見ているのはこの『炎の剣』の行方を監視する為ですよね。でもリンさんが監視されるのは何故ですか。『竜の剣』に興味があるから? でもそんな人は何人もいますよね」
「ああ」
いらないことを言ってしまった、とヴェンは悔やんだ。
「この剣ね、『大地の剣』なんです」
手入れの手を休めて、その刀身をヴィヴィアンの方へ向けた。
ロイド夫妻は目を見開いた。ヴェンが伝説の剣を持っていることは世間に知られていない。夫妻は今初めて知ったのだ。
「ところで、『緑の剣』ってどんな剣なんですか?」
ヴェンが自分の剣の話をしたくなさそうなのを察して、メイプルは話を最初に戻した。そもそも、ヴェンはメイプルの為にこの話を始めてくれたのだ。
「緑色の剣だよ」
答えたのは、『紅葉』を愛おしそうに眺めている、クリスだった。メイプルが他の男に話しかけることに、少し嫉妬している。
「緑色って……」
怪訝そうなメイプル。
しかし。
「その通りですよ」
ヴィヴィアンは肯定した。
「最初に見た時には驚きました。私の『炎の剣』も赤みがかっていて、炎のように見えることもあります。しかし、『緑の剣』はそう言うレベルではなく、本当に緑色なのです」
緑色をした剣と言われても、メイプルには想像が付かない。
『伝説の剣』に詳しいクリスが補足する。
「日の光の下で見ると、エメラルドに輝く神秘的な剣。『神秘の剣』だとか『エメラルドの剣』とも言われる。非常に美しい剣と聞いている」
「聞いている?」
ヴィヴィアンはクリスの言葉に首を傾げた。「実際にご覧になったことは?」
「ない」
「ないのに、お詳しいですね」
「伊達にクリストファー・ストラティを名乗っている訳ではないよ」
「なるほど」
ヴェンはクリスの話を複雑な表情で聞いていた。クリスがクリストファー・ストラティと名乗っていることに、まだ幾らかの抵抗感がある。
今回は、マーブル・スタンレーの名前の由来です。
ですけれど……。
実は、この小説は、何年も前に物語の大筋と登場人物の名前を考えていました。
ええ、そうです。
由来を忘れてしまいました。。。
当時、大理石、デザインのマーブル模様、お菓子のマーブルチョコレートがお気に入りでした。
たぶん由来は、この三つのいずれか、あるいは、三つとも、かも知れません。




