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七色の……  作者: 四十水智美
三大剣士の旅
31/72

6 金額交渉

「ふん、どうしても金が欲しいというのなら、やらんでもないぞ」

 クリスが返答をしないでいると、にやけた顔でカーリーが言った。


 もう後悔しても遅い。言質を取ったクリスの勝ちである。

「先日、私に提示された金額は前金で十億ネイでした。期間は一ヶ月です。私の名前にはそれだけの価値があると判断した、と言っていましたが、お断りしました。参考になりますか?」

 ヴェンがアットの名でクリスに提示した、例の金額である。

 クリスとメイプルとヴェンを除くその場の全員が、一ヶ月で十億、いや事後にも十億と仮定して、二十億という金額に驚いていた。


 その中でカーリーだけがすぐに平常心に戻り、にやにやと笑い出した。

「いいだろう。十億で断るのなら、その倍を出そう。事後に同額だとして、計四十億だ。但し、今は手元にないので、事後四十億になるが。それでどうだ?」


「あ、そうそう。この二人は俺と一緒に旅をする仲間です。俺とは常に同等の立場にいます。つまり、彼等にもそれぞれ同額払ってもらわなくてはなりません。いや、男の方は同等じゃないな。半額でも構いません」


「おい、俺は……」

 半額は嫌だ。もとい。

 そんな男に雇われる気はない、と言おうとして、ヴェンはメイプルに止められた。


「クリスにも雇われる気は少しもないわよ」

 小声でヴェンに告げる。

「もし雇われるつもりなら、必ずあたしに確認するから」

 メイプルに言われて、ヴェンは思い出した。ヴェンがクリスをコムフィット王国の剣士として雇おうとした時、クリスがメイプルに確認したことを。


 カーリーの顔からは笑みが消えていた。調子に乗るな、と言いたげな表情でクリスを睨む。

 暫く考えた後、

「女は同額、男は半額だ」

 カーリーは折れた。


「これで金額面では折り合いが付いたな」

 満足そうな表情を見せるクリス。


 これで、もしカーリーがヴェンの太刀筋を見ていたとしても、半額の男はクリスの格下、というイメージがカーリーに定着したのは間違いない。見ていたとしても理解できるかは別なのだが。何にしても、カーリーはメイプルとヴェンをクリスの手下だと思い込んだ筈で、メイプルとヴェンを交渉相手と考えることはないだろう。


 対するカーリーの顔は再び険しくなった。

 金額面以外に、

「まだ何かあるのか?」


「合計百億ネイという、一流剣士でも縁のなさそうな大金は、たとえあなたが大富豪でもぽんと出せるような額ではないと思います。そこまでの金を出せる理由を教えていただきたい」


 カーリーは考え込んだ。

 クリスの言動から、クリスは金を貰うことしか考えていないように思える。特に、百億ネイと決まった時の嬉しそうな顔からは、それ以外の選択肢は考えられない。恐らく、残りの二人に与える金も、クリスがほとんどを取るのだろう。だが、クリスは剣聖とも呼ばれている。金より名誉を重んじる可能性も否定できない。


「理由を伏せることも含めての百億だ」

「ふん、金を払う保証がないのに誰が守るかよっ」

 クリスは舌打ちをする。


「百億あれば、結構良いところで城が買えるんじゃないか」

 二人の会話に割り込んで、ヴェンがぼそっとクリスに告げる。カーリーにも何とか聞こえる絶妙な声の大きさで。

 俺が金を欲しがる理由は城か、とクリスはヴェンの機転に笑いそうになる。

「わかってる、引っ込んでろ」


 ヴェンを退かせると、クリスは手入れを続けていた『紅葉』を鞘に仕舞い、メイプルを引き寄せた。その頭を胸に抱き、髪を撫でながら優しく尋ねる。

「どこに住みたい?」

「エルテックかウィラーンがいいな」


 はっとしてクリスはメイプルの頭を両手で抱え、その瞳を覗き込んだ。クリスはメイプルの答えが、メイプルの故国かクリスの故国と解釈できると思った。クリスはメイプルを見つめ続けたが、その瞳をどれだけ凝視しても、メイプルの心が見えるはずもない。


 エルテックやウィラーンにある城はいずれも要衝にあり、幾らお金を積んだところで城を譲り受けることなどできない。買えたとしてもすぐに攻め滅ぼされるのが落ちだ。だが、百億ネイがあれば、買収したり軍備を整えたり、城を手に入れて守り切る可能性もありそうな気がする。

 その二国を挙げたのは、百億ネイに最も適しているからと考えた方が自然かも知れない。


 ようやくカーリーを欺こうとしていることを思い出したクリスは、周囲が興味津々で二人を見ていることに気付く。

「てめえら何見てんだよ、どっか行けよ」


 カーリーの肩を持って反転させ、

「おまえも金を払う気がないんならさっさと行け」


 そしてメイプルの手を引いて、

「行くぞ」

 馬車に乗り込もうとした。


 メイプルは、クリスの顔が全然赤くないのを見て、もう恋愛タイムは続いていないのね、と残念がった。繋いだ手からクリスの想いは流れてこない。


「待てっ」

 馬車に足を掛けたクリスを、カーリーは慌てて止める。

「待ってください」

 走ってクリスの横に立ち、男剣士も止まるよう依頼する。


「儂が金を出せる理由を話そう」

 クリスの言動から、カーリーは、クリスは金の為なら何でもする、と判断した。


 クリスは再び『紅葉』を取り出し、手入れを再開した。そしてカーリーに話すよう促す。


「サリスの計画には一つ重大な欠点がある」

 カーリーが話し始めた内容は、悪夢のような計画だった。


今回はヴェンダード・リンの名前の由来です。

ヴェンダードは、ヴェンディダードのディを消して、ヴェンとダードをくっつけた名前です。


ヴェンディダードは、エメラルドドラゴンに出てくる、魔剣の名前です。

あまり一般的な名称でなく、エメラルドドラゴンを連想しやすいので、ディを取った名前にしました。


また、ヴェンディダードはゾロアスター教の経典の一部の名前のようです。

私はゾロアスター教をよく知らないので、そこで使われる名前を使うのを避ける意図もあります。


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