3 旅の始め
WE街道は、ウィラーン王国の都市リーティングからエルテック王国の首都エリーまで続く。
リーティングシティは、ウィラーン王国の中部と西部を繋ぐ主要都市で、海に面する漁業都市としても賑わっている。ウィラーン王国で最も栄えている都市で、タンレリア大陸でも三番目の規模を誇る。
この巨大都市と大陸第四の都市であるエルテック王国の首都とを結ぶWE街道であるが、この街道を利用する人が意外に少ないのは、両都市間を行き来する人があまりいないのではなくて、別のルートを利用しているからである。
エリーシティも海に面していて、リーティングシティとは海岸沿いでも大きな道で通じている。こちらは利用者が多い。直線的なWE街道に比べて、海岸に沿って道が曲がっているので多少遠回りになるが、途中ウィラーン王国の二つの大きな城下町を通るし、何より安全だからである。
言い換えると、WE街道はあまり安全ではない。
WE街道は、ウィラーン王国とエルテック王国との国境付近で、両国と隣接しているネオレド王国に接近する。国境付近には盗賊が多いと言う法則に漏れず、三ヶ国が隣接するその付近も盗賊が多い。
WE街道を通る人は、国務に携わっている人か、急用のある人か、護衛を付けている人か、集団か、明るいから大丈夫だろうと言う希望的観測の持ち主か、クリスやメイプルのように腕に自信のある人がほとんどだ。
特に名前を売りたい人達の場合、逆に盗賊に襲ってきてもらいたい、と思っているくらいである。クリスやメイプルもその一人だが、実際に盗賊が派手な服装の剣士を襲うことは少ない。
自他共に認める実力の持ち主であるクリスとメイプルは、WE街道を最初にクリスが向かっていた方向、エリーシティへと向かって歩いていた。
クリスは、メイプルに話したいこと、メイプルから聞きたいことが色々とあるのだが、剣の妙手・クリスであることを隠している為に、会話の内容が制限されていた。
例えば、メイプルが腰に差している剣。その鞘が非常に立派で大変気になるのだが、その話になれば当然クリスも剣の話をすることになる。しかし、それは出来ない。
クリスの持っている剣の名は『紅葉』と言う。クリスが名付けた訳ではなくて、元々そう言う名の剣だった。あまり剣の名前らしくないような気もするけれど、クリス自身はその名を気に入っている。
それは兎も角、『紅葉』は非常に有名な剣で、更にクリストファー・ストラティの剣であることまで世間に浸透している。だから、剣の名が『紅葉』であることを教えれば、メイプルがクリスの名を思い浮かべるのは間違いない。
だからと言って嘘は吐きたくない。ニコラス・インテグと言う名前も偽名だが、それは通称でもある。嘘ではない、と自分を納得させられる。だが『紅葉』は『紅葉』でしかない。
クリスを連想しそうな話題にならないように気を付けながら、クリスは会話を続けた。
「メイプル・ウィリアムズの名前を聞くようになってから、うーん、もう二年くらいになるかなぁ。ってことは、十四才で史上最強って言われ始めたんだよね。凄いね。旅を始めたのはいつからなの?」
「えっとね、十二才の誕生日から」
「十二!? まさかその時から一人旅?」
「ううん、流石にそれは許してもらえなかったの。一人旅は十四才の誕生日からね。それまではお父さん、お母さん、親戚の叔父さん、近所のお兄さんやお姉さん、他にも何人か、代わり番こで一緒に旅をしたよ」
「それでも十四才からは一人旅か。その二年で、一人旅でも大丈夫ってお父さんやお母さんが判断したってことなんだよね?」
女流史上最強のメイプル・ウィリアムズの名をよく聞くようになったのは二年ほど前。メイプルが一人旅をするようになってからすぐだ。生半可な強さではないな、とクリスは思う。
「お父さんはね、もう旅はお仕舞いだって言ったの。でも、お母さんがね、良いよって。それまでは旅と言っても国から出たことはなかったの。だから、大陸を一周してきなさいって言われた時は本当に嬉しかった」
メイプルは本当に嬉しそうな顔をする。その顔を見て、クリスはどきどきした。一人になってから二年以上、こんなに可愛い顔でよく無事に旅を続けられたなぁと感動する。襲われたことも少なからずあったはずだ。だが、逆に無事にいられたからこそ、女流史上最強や、はたまた人様に言えない容貌などという噂が、瞬く間に広がったのかも知れない。
「国はどこ?」
「エルテック王国」
「ここ?」
「うん」
二人はちょうどウィラーン王国とエルテック王国の国境にいた。
ちなみに、国境に検問はない。看板が立っているだけである。だから、国から国への移動は自由である。あ、勿論、国内での移動も自由。え、これは言うまでもない? 但し、国家間の移住は自由ではない。国内での移住は国による。
「じゃあ、お隣さんだ」
「え、ニックは?」
「ウィラーン王国」
「ここ?」
「うん」
同じフレーズを繰り返して、二人は笑った。
「次はニックのこと、話してよ。まず、年齢は?」
「二十才」
「あたしの四つ上ですか。お兄さんなんですね。お兄さんはいつから旅をしているんですか?」
「口調が変わってる」
「それはお兄様ですから」
メイプルは悪戯っぽく笑った。
「それで、いつからなの?」
クリスが膨れっ面をして黙ったままなので、メイプルは言い直した。するとクリスはにこっと笑って即答する。
「うん、今のメイプルの年に始めた」
前が怒った表情だった分、笑顔が鮮やかで、メイプルはどきっとする。でもそのどきどきを隠してメイプルは続ける。
「じゃあ、あたしが旅を始めた頃と同じ頃だったんだ」
二人とも四年前からである。
「そうなるね。でも俺の場合、親から強制されたんだけどね」
「強制?」
「ああ。でも別に旅をしたくなかった訳ではないんだよ。旅もして剣の修行もして医者の腕も磨きたかったのも確かなんだけど、別れたくない親友もいたんだ」
「……」
「それで見るに見かねた父親に、最低一ヶ月戻ってくるなって言われた。で、結局一年以上戻らなかったな」
クリスが戻った三年前。それは、剣神クリストファー・ストラティよりも剣の妙手・クリスの方が有名になり始めた頃、である。
「そうそう、この脚、気になる?」
クリスは曲げられない左脚について話すことにした。クリスから話さなければ、メイプルの方から尋ねてくるかも知れないし、遠慮して尋ねてこないかも知れない。いずれにしても気になっているであろう。もし気になっていないとしても、一緒にいればいずれは気になるはずだ。
尋ねられれば気にならないはずもなく、メイプルは頷いた。
しかし、話を振っておきながら、クリスは不親切なことこの上なく、
「これはね、雑魚を相手にする時に便利なんだ。弱い連中はここばかり狙ってくるから、逆に楽に倒せるんだよね」
本当は曲げられる、と言っているのだろうか。ただ、この言い方では、実際にメイプルがクリスの脚のことを気にしていようが、今後気になることになろうが、そんなことを言われたら、脚のことは話したくないんだ、と解釈するしかない。いや、クリスの言うことを信じた、と言う選択肢もあるが。
とりあえず、クリスの脚の話題にはもう触れられないと判断して、メイプルは次の話題を探した。
サブタイトル命名理由:
クリスとメイプルの二人旅の始めであり、メイプル自身、クリス自身の旅の始めにも触れます。




