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七色の……  作者: 四十水智美
『伝説の剣』
21/72

2 思惑

 マーブルは、アットの狙いが、クリスを怒らせて怒りを向けさせ対戦すること、とわかっていたが、クリスにその気配はなく、だからと言って自分がアットと戦っても意味がないので、そのままの状態で待ち続ける。

 対するアットも同様で、マーブルと向き合って剣を構えたまま微動だにしない。


 アットは暫くクリスとメイプルの二人を見ていたが、あることに思い至り、マーブルに尋ねることにした。

「マーブル、さっき、奴はメイプルと言わなかったか」

 マーブルは答えない。

「まさか、あの女、メイプル・ウィリアムズか?」

 これにもマーブルは答えないが、それは肯定しているも同然だった。知らなければ、マーブルは知らないと答えるはずだからだ。


 アットは、メイプル・ウィリアムズが四、五十のおばちゃんでなく、十代後半の少女だと知って少なからず驚いた。そして、自分の行為を後悔した。もし運悪く斬ってしまっていたら、下らないことで、つまりクリスと戦うきっかけを作るだけの為に、史上最強の女剣士を失っているところだった。


 だが、アットの口から発せられたのは、思いとは裏腹の言葉だった。

「そうか、残念だった。もう少しで殺せたのになぁ。俺の名声も上がっただろうに」

 マーブルは、アットがそんなことを考える人間ではないことを知っている。だが、それは言い過ぎだ。マーブルは、クリスに代わってアットと戦うことを考え始めた。


 しかし、それには流石にクリスも反応していた。クリスは今すぐアットを殺したい衝動に駆られたが、逸ってはいけないと自分自身に言い聞かせ、心を落ち着かせるためにゆっくりとした動作で、立ち上がり、身体をアットの方へ向けた。


「貴様、何故裏切った?」

 アットは、視線をマーブルからクリスに移し、質問に答えようとした。だが、その前にクリスが続ける。

「そうか、やはり貴様がアテナンド・フィーニックなんだな」

 アットはマーブルを見た。マーブルが漏らしたのかと疑ったのだ。

 だが、すぐにその思いを打ち消した。マーブルの口の堅さは、アットの方がクリス以上によく知っている。

 アットは再びクリスに視線を移した。


 アットの一瞬の動揺を見逃さなかったクリスは、アットがアテナンド・フィーニックであるという確信を得た。

 そうなると、もう一つ確かめなくてはならない。アテナンド・フィーニックがヴェンダード・リンであるか否か、を。


「俺達のリーダーがネオレド王国のアテナンド・フィーニックでは、初めからコムフィット王国に勝ち目はなかった訳だ」

 コムフィット王国の七名の剣士達は、あまりのことに驚きざわめいた。ネオレド王国の方が、一人一人の剣士のレベルが高いのも、最初で最後の指令で大半の剣士が罠にはまって捕らえられたのも、何となく変だとは思っていたが、クリスが言ったことが正しければ説明が付く。


 ところが、それでは説明が出来ないことが一つだけある。何かというと、最初の段階で、どうしてクリスをコムフィット王国側に誘ったのかがわからない。クリスをネオレド王国側に誘う方が確実に勝利に近付くのに。


 クリスは続ける。

「俺としては、それならそれで良いかとも思っていた。だが、貴様は一つ許されない過ちを犯した。メイプルを斬ろうとしたことだ。俺はそれを断じて許さん。貴様に未来はないと思え」


 今度は、コムフィット王国側の剣士達だけでなく、ネオレド王国側の剣士達の間でもざわめきが起こった。

 最初にクリスがメイプルの名を叫んだ時は聞き流していたし、アットがメイプル・ウィリアムズと言っても誰も明確に肯定しなかったので半信半疑だったが、クリスがメイプルと明言したことで、本当にメイプル・ウィリアムズだと確信したのである。

 同じ時、同じ場所に、現代における男女それぞれの最高級の剣士が揃っているのである。戦いよりも気が昂ぶる。


 だが、当事者達は、周りの状況にはお構いなしだ。

「俺を斬るか?」

 挑発するアット。

「いや、名のない貴様などを斬っても剣が汚れるだけだ」


 クリスは、ヴェンダード・リンへ到達する筋道を整理しながら話す。

「そうだな、命令の続きを、暗殺未遂ではなく、暗殺をする。コムフィット王国とネオレド王国のリーダーが同一人物なのだから、対象は第三国の人物にするべきだな。あまり関係ない国も変だから、隣国あたりがちょうど良いか」


 ここまで話して、クリスの中で筋道がつながった。

「そう言えば、貴様、ロウディ・ヴィドゥニに対して暗殺を警告していたな。同じ手を使おうか」

 アットの表情が険しくなる。マーブルが教えるのはあり得ない。では何故それを知っているのだ?

「コムフィット王国のアット、ネオレド王国のアテナンド・フィーニック、両名の名で、両国の隣国エルテック王国の国王暗殺を予告しよう。成功させれば貴様を破滅させられそうだ。そうと決まれば、準備だ」

 クリスは、メイプルの腕を引っ張り、引き上げようとする。


「待て。暗殺など成功するはずがないだろう。貴様の本当の狙いは何だ?」

 暗殺がクリスの本意とは思えない。

 無名のアット、エルテック王国国王の暗殺、と言うキーワードから、アットは、クリスに正体がヴェンダード・リンと知られている可能性を考えた。もしかして、アットが自分の口でそれを言うチャンスを与えたのではないか。しかし、その考えに確信は持てなかった。

 それで、申し訳程度に引き止めようとしたのだが、クリスはアットに一瞥をくれただけだった。


 クリスの眼光は鋭く、静かに、しかし猛烈に怒っていることが感じ取れた。ここで止めなければ、本気でエルテック王国の国王暗殺をしかねないのではないか。

「待て」

 今度は先程より重く響く声でクリスを呼び止めた。

 次はクリスも足を止め、アットをじっと見た。


「俺は今、ネオレド王国に力を貸しているが、出身はエルテック王国だ。断じて貴様の国王暗殺を認める訳にはいかない。エルテック王国の一剣士として、貴様を止める」

 アットはクリスの進路に立ち、剣を構えた。

 クリスはアットの発言に満足した。ロウディの推察の裏付けには、証拠は一つで十分だ。


 クリスはアットには答えず、話し相手をマーブルに変える。その伝えた言葉にアットは驚愕する。

「マーブル、俺達はコムフィット王国側で戦うという立場を貫くと言う約束を果たしたよな。もうこれ以上荷担する必要はないだろう。そろそろ手を引こう」

 約束とは、ロウディ・ヴィドゥニ暗殺未遂の為にスレッドシティへ向かう途中に交わした約束のことである。

 マーブルは、ロウディの協力を得て、ネオレド王国との関係修復に動き出している。もう敵対し続ける理由はない。

 クリスは、メイプルを守ってくれた礼も兼ねて、マーブルに抜ける切っ掛けを提供したのだ。

 そして、マーブルはそれを受けた。


 アットにとっての問題は、クリスが手を引くと公言したことである。これでアットにはクリスとの対決の口実がなくなってしまった。

「なぜ今手を引く」

 アットは率直に尋ねた。これはそのままの意味ではなく、メイプルを殺されそうになった仕返しをしないのは何故か、と言う意味だ。


 クリスは素知らぬ振りで答える。

「戦う意味がなくなったからさ。俺をコムフィット王国に引き込んだ男は敵側の人間だったんだ。そんな状態で、俺は何の為に戦えば良い?」


 アットには、クリスがどうしてそこまで戦いの切っ掛けを作ることを避けようとしているのかわからなかった。今の質問も、話の流れからは文字通りでないことは明白なのに。

「言い方を変える。女を殺されかけたのに、何故俺と戦わない?」


 すると、クリスは即答する。別に答えたくないのではなく、単に嫌がらせをしているだけなのだ。

「名のない貴様を斬っても剣が汚れる。彼女に怪我がなかったのに格下を相手にしても、剣聖としての俺の名が廃る。それに何よりも、貴様がマーブルの友だと言うことだ。メイプルを守ってくれたマーブルへの返礼に、俺は貴様を斬ることを我慢することにした」


 クリスはアットの横を抜けて、階段へ向かった。何事もないような動作だったが、クリスは全神経をアットに集中させていた。背後から斬られないとも限らないからだ。だが、その心配は無用だった。


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