2 メイプル
端整な顔立ちの青年が歩いてくるのが見えた。自分より三つ四つ年上に見える。ついつい見惚れていたら、青年もこちらに気が付いて、見つめ返してきた。とてもどきどきした。でも、知らない人である。声を掛けてくれたり……する訳ないわよね、と真横を擦れ違う。
擦れ違う時、青年の左腰に剣が差してあるのに気が付いた。見た所、かなり立派な剣だった。そう言えば、服装も随分と派手だ。強いのかも知れない。
擦れ違って少し歩いた所で、街道の反対側からクゥーンと鳴き声が聞こえて、そちらを見たら、草原の中に茶色い小犬が一匹いた。
その小犬が可愛かったので見ていたら、先程の青年が本当に声を掛けてきたので驚いた。
自分が今、派手な服装をしていることを思い出して、一瞬、勝負を申し込まれる、と言う思いが頭を過ぎる。
しかし、青年は、一緒に旅をしよう、と言うようなことを言ってきた。俺も剣士だからとか何だとか。
ちょっと安心した。
「俺ね……」
と、青年。
でも、続きを喋らない。
青年が話を続けるのを待つのだけど、中々喋ろうとしない。
そう言えば、一緒に旅をしよう、とか言っていたな、と思い出す。それも良いかも知れない。ぼんやりした頭で考えて、
「はい」
と返事をした。
自分で提案しておきながら少女の「はい」の意味がわからないクリスと、返事をして安心してしまった少女は、お互いに見つめ合ったまま、暫く沈黙の時を過ごした。
「あのね」
沈黙を破ったのは、少女の方だった。
「あたし、別に目的を持って旅をしてる訳じゃないから、あなたの目的地まで、一緒に行っても良いよ」
クリスは、すぐにはその意味を理解できず、ほんと!?と喜びの声を上げるまでに、また少し時間を要した。
さて、出会いの次は自己紹介である。
「俺はニコラス・インテグ」
本名を伝えたい衝動を抑えて、クリスは普段使用している偽名を名乗った。
本名のクリストファー・ストラティには想像を絶するほど大きな影響力がある。本名を聞けば少女の態度が激変するのは目に見えている。一介の剣士としてではなく、剣の妙手・クリスとして見られることになってしまう。この少女に偽名を伝えるのは気が進まないが、本当の自分を見てもらえなくなるのはもっと嫌だった。
「ニックと呼んでくれれば良いよ。派手な格好はしているが、これでも医者だ。君は?」
「メイプル・ウィリアムズ」
少女は、少し恥ずかしそうに言った。
「え……」
クリスは少しの間少女を見つめ、そして聞き返した。
「本当に?」
少女は小さく頷いた。
「君が、あの有名なメイプル・ウィリアムズなの?」
もう一度、少女は小さく頷く。
「そうかぁ、そうだったのか。へぇ、ふーん。やぁ。ふむふむ」
一人で頷きながら、クリスは心の底から喜んでいた。
メイプル・ウィリアムズの名は、史上最強の女剣士として名高いのである。クリスは、性別年齢を問わず、剣の強い人間が大好きなのだ。
「やっぱり、信じてないでしょ?」
クリスがいつまでもへえほお言っているから、メイプルにそんなことを言われる。
実は、史上最強の女剣士メイプル・ウィリアムズにはこんな噂がある。
『年の頃なら四、五十。絶対零度の心を持ち、身体もでかけりゃ態度もでかい。容貌だけは聞かないで、言えたもんじゃありません』
人に名を告げても、この噂のせいで、いつも信じてもらえないのかも知れない。
「あたしは、自分でも女剣士では史上最強と言われるくらい強いつもりだけど、十六才だし、身体もそんなに大きくない。噂と全然違うでしょ。容貌だって、良いとは言えないかも知れないけど、そこまで悪いつもりはないのに」
「全然、可愛いよ」
「え……?」
小さい声で聞き返すメイプル。
でもクリスは、聞こえなかったのか、聞こえない振りをしているのか、話を続ける。
「それに俺は、メイプル・ウィリアムズは二十歳前後の可愛い女の子だって信じてたんだけどね」
「嘘」
今度ははっきりした声で決め付けるメイプル。
「本当だって」
メイプルの疑心を否定するクリスは、実際に昔から、史上最強の女剣士は絶対に可愛くないと嫌だ、と考えていたのである。単なる願望とも言うけれど。
年齢の方はもう少し論理的な理由がある。メイプル・ウィリアムズの名前が世間で噂されるようになった時期が、クリス自身の噂が広がり始めた時期と近いのである。だから、二十歳のクリスと年齢が近い可能性は高いと思っていた。
今クリスの目の前にいるメイプルは、正にクリスの思い描いていた通りの、理想のメイプル・ウィリアムズだった。
史上最強の女剣士と知り合えたことだけでなく、史上最強の女剣士が可愛いと知ったことでも、心底嬉しいクリスだった。
「噂なんて当てにならないもんさ。誇張されるか正反対か。ほとんどこの二通りしかない。しかし、実際、よくもまあここまで実物と違う噂が出来たもんだと感心するよ」
クリスがそう言うと、メイプルは嬉しそうにはにかんだ。
サブタイトル命名理由:
当初は「自己紹介」にしようと(以下同文)




